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第四章

 学校の帰り道、嫌な光景に出くわしてしまった。

 ガラの悪そうな男子高校生に、同じ制服を着た気の弱そうな男子が代わる代わる小突かれていた。

 やだな……どこにでもああいうことするひとっているんだ。

 未成年のする他愛のないこと、で済まされてしまって、治安の悪さにはカウントされない。でも被害者たちにとっては災難以外の何物でもない理不尽なこと。

 なんとかしなくちゃ。でも身体が動ない。

 こうしてまた、わたしは自分の無力を言い訳にして全てを見過ごすつもりなのかしら。

 そうじゃない……だって本当は、力は……。

 どくん……心臓が大きく脈打つ。

「おい、何やってんだ?」

 突然、眼鏡におさげ髪の地味な感じの女の子が不良の肩を後ろからつかんでいた。

 こちらは制服を見るとうちの学校の生徒みたい。すごい……すごい勇気。私は感嘆すると同時に自分にできないことを平気でするその姿に嫉妬もしていた。

「なんだお前?」

「ケンカってのはさぁ、もっとガチンコでぶつかり合うもんだぜ?」

「なに言ってんだ?」

「ほら、そこのヒョロイの、立て、立ち上がって拳を握れ!」

「えっ! あのっ! 僕は……」

 強引に気の弱そうな方の腕を引っ張って立たせている。な、なにをする気なの?

「えーと、そっちの代表は……お前か、お前だな。ほら、ここに立て」

 不良の中心にいた男を暴行を受けていた子の前に引っ張る。

 ガラの悪い男子も乱入者の意味不明な行動に現状を理解できていないらしい。

「ほら、アタシが見届けてやるから、さあ! ファイッ!」

 彼女は、格闘技のレフェリーのように腕をクロスさせて両者を促している。

「ぼ、僕はそんなこと……」

「な、なんでてめぇの指図を受けなきゃいけないんだ」

 対峙する二人が異議を唱える。当然よね、わたしだって意味が分からない。

「やらないの? それじゃあ友達にはなれないなぁ」

「訳わかんねぇこと言いやがってこのアマ……泣かすぞ!」

「なるほど、それならばアタシが相手になろう。かかってきな」

「ふざけやがっ……ブヘッ!」

 不良が言い終わる前に、おさげ髪の女の子の拳が頬にめり込んでいた。

「ぬる過ぎ……やっぱり友達にはなれないわー」

 残念そうな顔でそう言い、もう一人の男の子を向いて、

「さあ、お前もかかって……あ」

「ひ、ひぇぇぇぇ~~~」

 男の子は振り返りもせずに走って逃げてしまった。

 不良たちもいつの間にか立ち去り、ひとり残されたおさげ髪の子はつまらなそうな、幻滅したような表情をしていた。

 いつか見た気がする光景、デジャヴを感じていた。忘れもしない、中学二年のとき、初めて雫君のケンカを見た時と同じだ。わたしは恐怖より先に、その暴力の美しさに心奪われていた。

 ス、スクープよね、これって。大角豆君が言ってたもう一人ってこの子のことで間違いない。

 でも……わたしは。



◆◆◆



 人狼は人間を超えた最強の種族。

 とは言っても現代社会でケンカが強いなどということが、どれだけ役に立つのであろうか? 裏社会のヒットマンか用心棒、あるいはプロ格闘家くらいだろう。目立つことはなるべく避けた方が良いのは当然なので、アスリートという選択肢は無しだ。

 すると才能、この体質に頼っただけでは鉄砲玉しか道がないということになる。

「……普通に就職しよう」

 ぶるっと震えながら俺は再認識する。

「とりあえずは、モラトリアムの延長をはかって大学進学だよなぁ」

 現時点での成績は可もなく不可もなく、あえて言うなら数学が苦手というくらいだ。一流大学とは言わないまでも、2.5流くらいの普通の大学なら普通に勉強すれば入れるだろう。

 参考書コーナーで足を止めて、本棚を見上げる。

 俺ってだいたい、買っただけで満足するタイプなんだよな。

 今は金もないし、まだまだ先のことだし、今日はいいかぁ。と本屋を出ると、

「ひ、ひええぇぇぇ~~~」

 ズボンをずり下げ、ボロボロの体で走っていく学生風の男が目の前を走り去った。

 イジメか? 俺が人生設計やら金欠やらで苦悩している最中に、そんなくだらないことをいまだにしてるなんて気楽なもんだぜ、全く。



◆◆◆



「おい、田中が原因不明の病気倒れてたんだってよ」

「どうも田中は見ちまったんだってよ、プールの亡霊」

「こりゃやっぱり祟りじゃねーの?」

 そんな話をしているのを耳にする。

「へぇ、新興住宅地でもああいう都市伝説がもう出来てるのか。こういうの記事にしないのか?」

「私はそういう怖い系の話はちょっと……もっと血沸き肉踊るようなネタがいいなぁ。たとえば、隣の高校との抗争とか?」

「俺にどんなキャラを期待してるんだよ。つーか抗争とか全然明るい話じゃないだろ」

「だって、昨日もうちの学校の生徒が隣の不良をやっつけたって話、聞いたよ?」

「マジか?」

 剣呑な話である。いるのか、この辺にも……遠からず俺のヤンキー吸引電波が寄せ付けてしまうかもしれない。ああ、くわばらくわばら。

「マジマジ。友達の彼氏の従兄のツレが見たって」

「情報ソース遠すぎだろ、それ……」

 出所不明の都市伝説だなこりゃ。

「些細ないざこざから広がる抗争、一人づつ倒れていく仲間たち、ケリをつけるべく互いの番長同士によるタイマン勝負で決着! みたいな」

 なぜそこで瞳をキラキラ輝かせて乙女背景になる!?

「不良漫画の読みすぎだっつーの」

「いいよね、男同士の友情! 萌える!」

「そんな殴りあって解決するような物わかりのいい奴だけなら世話無いよ」

「おお? 何か体験談っぽいの出てきましたね」

「そういうんじゃないけどさ、ねちねち嫌がらせしてくる奴も多いんだよ。大勢集めてきたり、ロッカーの荷物全部ゴミ箱に捨てたり、自転車のタイヤパンクさせたり」

「タイヤをパンク……」

「中学ん時にもよくやられたぜ。きっちり犯人見つけ出して損害徴収したけど……ん!?」

 そういえば、あの時確か……。

「くすっ……思い出した?」

「そっか! あのときの子が信太っちだったんだ!」

「うん。やっと思い出してくれたんだ」

「いや、ごめんごめん」

「私は、忘れたことなんてなかったよ?」

「え……」

「最後の言葉も覚えてる──困ったことがあったらいつでも呼んでくれ!」

「うわわわ、俺、そんな恥ずかしいこと言った?」

「うん、ポーズ付きで」

 ぐはっ……中学生にもなってなんというガキっぽさ! 黒歴史だ、うわあ、過去を抹消したい!

「こ、このことはご内密に……」

「そうだなぁ、ネタが無くなったら使っちゃうかもな~」

「そこを何とか!」

「ねぇ、銀さん……今でもその気持ち、変わらない?」

「その気持ち?」

「……困ったことがあったら、呼んでいい?」

 そういえばこの前の公園でも同じようなこと言われたっけ。

 そうか。俺が変わってないって、このことだったんだな。

「あ、ああ、もちろんだとも任しとけ……って、何かあったのか?」

 公園での出来事が頭をよぎる。

「ううん、もしも、もしもの場合よ」



◆◆◆



 職員室に呼び出されて──もちろん中学時代のように問題を起こして呼び出されたわけではない。副委員長として担任にちょいと用事を言いつけられただけだ──教室に戻る道すがら、ばたんという不審な音が聞こえたので振り返ってみると、女装した相撲取りが倒れていた。

 いや違った。力士のような見事な体格の女生徒が倒れていた。どことなく朝青龍に似ている。

「あの、もしもし、大丈夫ですか?」

 返事がない……ただのしかばねのようだ。

 いやいやいや、近くに寄ってみると息はしているようだ。見れば見るほど朝青龍に似ている。世の中ワンダーにあふれている。

 まさか噂になっている亡霊の祟りでもあるまい。こんな強そうなの見たら逆に亡霊が逃げ出すわ。

 どうするか。とりあえずセオリー的には保健室に運ぶわけだが、こういう場合お約束のパターンとして、目撃者が現れて俺が犯人にされたりするんだよなぁ。

「キミが犯人かな?」

 ほら、こんな感じで。

「ち、違う! 俺はここで倒れる音がしたから……って、あんたは」

 資料室の脱ぎ女が立っていた。

「ああ、雫銀四郎、キミか……なるほど、そういうことか」

 うむうむ、とひとりで何かを納得したようだ。こういう場合、ネガティブな方向に納得しているのが定番だよなぁ。

「あのぅ、俺じゃないですからね、断じて、天に誓って」

「ふむ、悪党は誰でもそう言うものだな」

 やはりこれは完全に俺が容疑者、を通り越して犯人だと思われてる展開ですわ。

「そ、そうだ! この子に聞いてみようじゃないか……」

 しかし、脂肪の塊は精気を失った顔色のまま目覚める様子が無い。マズい。万事休すか……否。

「ちょっと待て。例え犯人が俺だとしても、まずは被害者救助、この子を保健室に届けるのが先じゃないか?」

「ふむ、一理あるな。視界に入っている以上仕損じることもあるまい。さあ、運びたまえ」

 今仕損じるとか言ってなかったか? あの竹刀袋、まさか本物が入ってるなんてわけじゃ……。

 とりあえずは無実の証明より人命救助だ。俺は倒れている女の子に似た物体をひょいとお姫様だっこの体勢で抱きかかえる。当然重い。普通は無理だが発見したのが俺で幸いだったな、あとで色紙に手形でも貰うか。

 ひょこひょこと歩き、首筋に刺さるチクチクとした視線に耐えつつ、保健室にたどり着いた俺はドアを足で開く。てゆーか背後の脱ぎ女、なんもしてないならドアくらい開けてくれてもいいんじゃね? めちゃ重いんですけど!

「先生! 大変です!」

「ん?どうした」

 初老の保険医がびっくりした目で立ち上がる。

 普通、学園モノの保健室っていえば、お色気ムンムン、フェロモン全開の美女が出迎えてくれるものだろうに……担任といい保険医といい何故この学校はこんなむさいジジイばかりなのだ。夢が砕かれました。失望と理不尽を感じつつ、

「体育館の横で倒れてたんです」

「そうか、じゃ、そこのベッドに寝かせて」

「ウッス」

 ベッドの上に女子生徒らしき生命体を寝かす。ふう、物理的にも重かったが、精神的に疲れたぜ。他の生徒に見つかってありもしない誤解を招いたら事だからな。まぁ、目つきの悪い脱ぎ女には見つかったが、噂をまき散らすような輩には見えない。

「ああキミ、私がいかがわしいことなどしていないという証人として、見ていてくれないか」

 と、先生は俺の背後に立つ竹刀袋を手にした少女に言う。

 ナンギなものである。女の先生なら診察のために胸をはだけたところで何も問題はないが、男ではそうもいかない、ジジイはジジイなりに苦労してるんだな。

「お断りします」

 ナンデェ!?

「この男はひとの着替えを覗く性癖がありまして、私は見張っていなければならないのです」

「ないわ!」

「仕方ない、じゃあキミ」

 納得するな! そして俺、余計なところで罪状が増えてしまうんじゃなかろうか。

「じゃ、この角度で、ここなら見えませんから」

 白衣を羽織ったジジイの背中側に回り、ベッドに横たわる朝青龍の超巨乳──いささか巨乳というジャンルとは違う気もするが──が見えない位置にポジショニングする。よし、これなら大丈夫だろう。さらに俺は背後から監視されているわけだし。

「見えなかったら困るのだけれど……まあよろし。では失礼」

 聴診器を耳にはめ、ペタペタとやりはじめた。自分にできることなど特にないにもかかわらずジジイの背中を監視するというのは実に退屈なものであるよな。

「あのさぁ」

 手持ち無沙汰なので振り返って監視者に話しかけると、

「ちゃんと前を向いていたまえ」

 なんなんだこの女は。

「ふむ、ただの貧血じゃな。じきに気がつくだろう」

 服を直し、冷蔵庫から冷やしたおしぼりを取り出して女生徒の額にのっけながらジジイ。

「ホントなんスか?」

 貧血ってなったことないからどういう症状なのかよくわからない。

「君は私の腕を疑っているのかね? 若い頃は六本木ギロッポンのブラックジャックとまで呼ばれた男じゃぞ」

「へぇ、先生東京にいたのか」

「うんにゃ、ずっと地元だけど。ほら、駅の東口にあるじゃろ、スナック六本木」

「単なる行きつけの店じゃねーか!」

「アル中の面倒だけは自信があるぞい」

「なにがブラックジャックだよ、ったく」

「まぁキミ、彼女が心配なのはわからなくもないが信用せい」

「彼女じゃねぇ! 名前すら知らねぇ!」

「なるほど、彼女を手にかけたのか」

 監視者が会話の一部分だけを切り取って勝手な解釈をする。

「いやお前もいつまで引きずってんのよ。貧血でしょ、傷害じゃないでしょ! 俺は無実、ただの通りすがりの救助者なの」

 まったく、難儀なことに巻き込まれたもんだ。俺は平穏に暮らしたいだけなのに、どうしてこうトラブルに巻き込まれるんだろ。



◆◆◆



 放課後、こうやって委員長と明日の資料制作など細々とした仕事の手伝いをしていると、平穏で真面目で、実に心が癒される。正直めんどくさいけれども。

 その日はそんな平穏を揺るがす一つの電話があった。

 ぴろりろ~ん。

「電話が鳴っておるぞ」

「そうだな」

「出なくて良いのか?」

「出るべきだろうか?」

「出た方が良いじゃろ」

「それじゃ、失礼して」

 ぽちっとな。スマートフォンをポケットから取り出して電話に出る。知らない番号だったから、きっと間違い電話か無差別営業電話かと思うのだが、

「はいもしもし」

「もしもし銀さん? 私……」

「あー、信太っちか。な、なにか用かな?」

 あれ? 萌葱に電話番号言ったことあるっけ? そういえば俺、アドレスも電話番号も交換してなかったよな。どうしてそういうところの詰めが甘いのだろうか。コミュニケーション能力向上のイロハはまずはその辺からだろう。

 などとのんびり構えていると、

「銀さん……助け……て」

 助けて? どうにも様子がおかしい。嫌な予感が胸をよぎる。

「え? なんだって!? おい、萌葱!」

「……聞いたか、雫ちゃんよ」

 受話器からは萌葱に変わって聞き慣れない男の声が聞こえた。

「おい、どういうことだ」

「わかんないかなぁ、雫ちゃん。人質だよ人質」

「はぁ?」

「ボコられに来いっつってんだよ」

「何で俺が……」

「よく見ると可愛い顔してるよなぁ、お宅の彼女。もしかしたらてめぇをボコるより楽しいかもなあ、ヒッヒッヒ。陵辱シーンをビデオに撮ってバラ撒くって手もあるぜぇ」

「…………わかった」

 もしかしたら、夜の公園で突っかかってきた奴らの仲間か。

 唇を噛む。俺のせいで余計なことに巻き込んじまった。ああいう連中とは関わらないようにしてたのに……昔の悪行のツケは場所を変え高校生になってまでついて回るのか。

「駅の裏の廃工場だ。十五分以内に来い、でないと……」

「ダメよっ! こいつら全員武器持って……きゃっ」

「萌葱!」

「早くしろよ、ククク」

 ぴっ。通話が切れる。

 なんてこった……。

 いつかはこんなことが起こるんじゃないかと思っていなかったわけではない。でも。

「クソッ!」

「ただ事ではないようじゃな」

 緊迫した状況を察した柑子。

「すまん委員長、ちょっと俺先に……」

「よくわからんが、おぬしのそんな真剣な顔は初めて見たぞ。吾輩で何か力になれるようなことは無いか?」

「いや、これは俺の問題だし、俺が片づけなくちゃいけない」

 これ以上別の人間を巻き込むのは絶対に避けなくちゃならない。

「ふむ……あまり信用されてないようじゃ」

「そんなことは……ただ、委員長にまで迷惑かけらんないよ」

「吾輩は一向に構わんのじゃが、まあ、頼っておぬしが負い目を感じることを強要することもできん」

 妙な気の回し方をする。委員長らしいな。

 鞄をひっつかみ、教室を出ていこうとすると、

「雫銀四郎、なんでも独りで背負うでないぞ」

 と、念を押された。

「ああ……」


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