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心ひらく鍵のありか  作者: 朝野とき
零れ落ちる時のありか
15/23

Thursday 4

 強く握りすぎて血の気をうしない白くなっている真雪の拳を見て思った。


 ――……変わってない……。身体はこんなに大きくなったのに、この姿、出会った頃の小学生の真雪のまんま。融通きかなくて、ごまかせなくて、袋小路に陥ってしまうところ。

 

 真雪は出会った当時、小学生の頃から器用になんでもこなし、友達も多くて元気で明るい子だった。

 でも一緒に暮らし始めて数週間経つと、案外と融通の効かない頑固な面が見えてきた。

 ごまかすことを極端に嫌い、口から出まかせということができない。それなら、なんでもオープンにしてしまう天真爛漫タイプでもない。

 嘘や出まかせを言うくらいなら、黙って心に秘めてしまう。しかも、心の中に悩みを抱えていても、表面はうまく対応してひととおり生活を送れてしまう器用さが、すでに11歳のころからあったから、周囲も気づくのが遅くなるみたいだった。

 たまたま先生や親が何か異変に気付いて、真雪に問うと、真雪は嘘をついて隠し通すということができないものだから、結局後々になって打ち明けるはめになるパターンになった。悪戯にしても、自分が傷ついたことに対しても。

 『なんで今さら……』

 そう先生や親に言われて、悔しそうに唇を噛む真雪の横顔は心に残っている。


 私への想いだって……隠して隠し通そうとして……できなくって、決着をつけに私のところに来たと言っていた。

 ただ今までと違ったのは、真雪は自分が片思いだと思っていたけれど、私も真雪が好きだったということだ。

 想いが通じた。ハッピーエンドのはず、だった……。なのに……。

 想いは通じ合ったはずなのに、二人で幸せを満喫するどころか、こうやって傷つけあってしまっている。


「……私も泣いてるけど、真雪だって、すごく辛そうな顔してる。私たち、せっかく想いが通じたはずなのに。周囲のこと気にしすぎて、私たちが潰れてどうするのよ」

「でも、二人きりで世界は回らないって、俺達は親の背中見てて知ってるだろ。はやく、認めてもらわないと……」


 真雪の呟きに、私は真雪の焦りが見えた気がした。私は真雪にたずねる。

 

「真雪は……はやく、みんなに私たちのこと認めてもらいたいの?」

「……」

「真雪? 答えてよ」

「……そうだよ。……本当はもう、ほんの少しでも『姉と弟』なんて見られたくない、言われたくない……美幸の隣に立つ”男”だとちゃんと見られたい」


 心の内を打ち明けるように答えると、真雪は私の肩に顔を伏せるようにした。そして、そっと抱き寄せてきた。自然と私は真雪の腕に包まれるかたちになる。

 じんわりと真雪の熱が私に伝わってくる。私の中で真雪に対しての苛立ちが静まる。

 真雪の怯えも弱さも、そして融通がきかないけれど、その代わりに一生懸命なところも、丸ごと全部受け止めようって気になる。

 それくらい好きじゃなきゃ、世の中にはたくさん男がいるのに、わざわざ真雪を選んだりしない。

 しばらくそうして寄りそっていたとき、真雪が小さな声で言った。


「……あの想いが通じた時、俺が……勢いでそのまま抱けたら……抱いてたら、二人きりで堕ちて……世界にふたりぼっちでも、せめて美幸は幸せにできたのかなって考えてしまうんだ。俺が臆病だったのかなって……」

「真雪……」

「皆に黙って、俺達だけの秘密にして、美幸と想いあって交わりあったら、二人と会うときだけの二人の世界を作り続けたら……バレなきゃ、父さん母さんも悲しませることなくって、すくなくとも今、美幸は泣いてなかった?」


 真雪の言葉に私は苦笑した。

 真雪の言うような世界、私だって夢想しないわけじゃない。

 表向きは義姉弟の顔して、内実は二人きり秘密で愛しあって――……という、夢。

 でも、それは私と真雪ではきっと無理だ。

 私の肩に伏せるようにしてる真雪の顔。至近距離の真雪に囁くように言った。


「そんなの私は望んでない。そういうのは、私と真雪にとって”幸せ”じゃないって……お互いわかってるでしょう」

 

 私はそう言って、スーツを掴んでいた手を離し、真雪の身体にぐっと腕を回した。

 

 私と真雪には、ひとり親時代には必死に子育てと仕事を両立してくらしていたそれぞれの親の姿が痛烈に記憶にのこってる。そして、子連れ再婚を踏み切るまでの両親の悩み、互いの連れ子に対する遠慮とそれを乗り越えてもっと親しくなっていくまでの道のり、それぞれの親戚からの冷ややかな態度、そういったものを一つ一つクリアしていく両親の背中も。

 だから、私も真雪も、これだけはわかってる。「私たちだけ」で幸せになれるわけじゃないって。

 

 もちろん物語なら、ロマンティックにうまくいくんだろう。

 二人っきりの世界で暮らせて……ただ、互いに貪り合って、与えあって、ときめきあって。

 でも現実は、私が朝になれば通勤服を着るように、真雪が就職活動をするように、私たちはこの世界で働いて食べて生きていかなくちゃならない。いろんな人と関わって生きていかなくちゃならない。

  

 他人は、そこまで考えて恋をするなよって笑うかもしれない。

 だけど、私も真雪も、両親の出会いや恋が何を招いたか、実体験で知っている。

 そして、そのとき両親が努力したから……涙も忍耐ものりこえたから、今穏やかに家族であれることも。

 今、私と真雪がそれぞれの親を、父と母の出会いや恋を恨まずにいられるのも――……両親が現実から……はっきり言ってしまえば、互いに「子連れ」だったということ、一から家族を築きあげるということから逃げなかったからだって、知ってる。

 

「真雪……私、さっきも言ったけど、お父さんとお母さん、それから周囲にだってごまかそうとしてたわけじゃないよ。ただ周囲に話すのは、私と真雪がまだお互いのことわかりあえてからって思ってた。まわりに話すのって、怖いし……不安だし、どんな感じで話すのかも真雪と相談しあえたらって……今日、それを話せたらいいなって思って、帰ってきたんだよ」


 私がそう言うと、真雪は返事はしなかった。でも、真雪の腕にギュっと力が入り私と真雪の隙間がなくなった。

 私は真雪の背中をそっと撫でた。どうか気持ちが伝わるようにと願いながら。

 

 真雪。

 私の大事な真雪。

 ――……もう男ってば、ほんと、人目を気にする生きものなんだから――……。

 呆れる気持ちも含めて、それでも、私はそういう真雪も好きだと思う。


「真雪が勝手にお父さんとお母さんに話してしまったのは……ちょっと焦りすぎだよって思うけど。言っちゃたものは仕方ないし、あの人達が旅行から戻ったら、二人で説明しにいこう」

「美幸……」

「もちろん、私も、真雪への気持ちをお父さんお母さんに告げるよ。悲しませるけれど、逃げるつもりはないよ」


 真雪がぐっと私を抱きしめた。


「本当、馬鹿な真雪。”何が自分だけの想いにすればいい”なのよ。よくないでしょ。一人で焦りすぎ」

「……ん」


 私がぽんぽんと背中を叩くと、真雪が私の肩で緊張を解いたように息をついた。

 そのときふと私は良いことを思いついた。

 私は真雪の腕の中でみじろぎして、ちょっと真雪の間とに隙間をつくり、顔を真雪の方に向けた。

 至近距離で真雪の黒い瞳を見つめる。 


「そうだ、真雪。二人きりで堂々巡りしてるから、こんなに煮詰まっちゃったんだよね。……いいこと思いついた。真雪を私の知り合いに紹介する」

「え?」


 唐突な私の提案に、真雪の目が見開いた。

 その驚くような表情を間近で見れることを、私はとても嬉しいと思う。

 私は真雪の上体に腕をうつし、ぐっと真雪を自分の方に引きよせ、顔を寄せた。


「あほぅな真雪に、私の本気を見せてあげるって言ってるの」


 そう言った私は、自分から真雪の唇に触れるだけのキスをした。

 それから真雪の耳元で囁いた。


「父さんと母さんには、旅行から帰ってきたら――きちんと二人で話しに行こう。その前に、一緒に扉を開けてみよう――姉と弟じゃない形で」

「美幸……」

「周囲に伝えるの、もっと真雪のこと知ってからだとか、私の気持ち真雪に話してから……とか思ってた。そもそも皆の理解を得て行けるのか怖かったし、不安だったけど……真雪のその焦りからくる無茶な言動見てたら、悠長なことできないなって思ったもの。ほんと、真雪、子どもの時のまんま」


 私がそう言うと、ちょっと真雪は眉を寄せて傷ついたような表情になった。

 その表情に、私は笑みを向けて、頬に口づける。


「子どもの時のまんまだけど、私、子どもの真雪も大好きだったんだから、いいじゃない」

「……」

「だから安心して真雪、もし……誰の理解も得られなくて、お父さんとお母さんを悲しませて、他からも奇異な目で見られたとしても、それでも私は真雪と歩みたいと思ってる。信じてよ。私の気持ちを軽く扱わないで。みくびられたら……哀しいし、すごく腹が立つんだから」

「うん……ごめん」


 真雪がぽつんとあやまった。

 ――結局、私は真雪に弱い。


「……許してあげるけど。でも、ごめんで済むなら、世の中もっと平和なんでしょ?」

 

 私がそう揶揄するように言うと、真雪の目が軽く瞬いた。真雪の記憶の中に、高二の私は……膝をかかえてリビングのソファに座りこんでいた私はいるんだろうか。そう一瞬思って、でもすぐに、過去の記憶の中に私がいてもいなくてもどっちでも構わないな、と思った。

 いつから私のことを好きでいてくれたのか……気になるっていったらそうだけど、それは、極論でいえば、未来のピロートークでいい。


 私は、今、たった今、砂時計の零れ落ちる、この今の砂粒をかきあつめる。

 だって、あんな追い詰められた真雪をそのままにしておけない。


「真雪、ちょっと出かける準備してて。私、電話で確認するから。たぶん、木曜日はけっこうあのバーにいると思うんだけど……」

「美幸?」


 戸惑ったようにこちらを見た真雪に、私は笑いかけた。もう涙なんか、どこにもない。

 完全に、ふっきれた。

 

「枕営業」

「え?」

「真雪が枕営業してるって疑った、あの電話の相手さんに、紹介するの……斎藤真雪、私の恋人です、ってね」


 私の宣言に真雪は今まで以上に目を見開いた。


 その表情を見て、真雪の「……姉さんって、悩んでるときは人生の崖っぷちにいますって顔で座りこんでるのに、心が決まったら行動はやいよな」って言葉は、あながち間違いじゃないなって思ったのだった。

 




 

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