神様の有効利用
「『悪いけど何々良い?』って言い方は、結局良いのかしら?悪いのかしら?♪」
「(いや、知らねーよ。)」
現代アートの様な髪型の不良三人衆を撃退した俺は、シェアリーとそんな他愛もない話をしながら登校していた。
「でもでも、解釈すると『これは悪い事だけど、でも良いよね?』って聞こえるわよね♪」
「(いやそれって『こんな事を頼むのは相手に悪いけど、それでも自分ではどうにもならないからやってもらっても良いか?』という質問系だろ?
ここで言う『悪い』って『申し訳ありませんが』って意味だろ。)」
「申し訳がないなら言わなきゃ良いわ♪」
「(そんな身も蓋もない事言うな!)」
一つ分かった事だが、シェアリーは―見た目通りと言えば見た目通りで―話をするのが大好きらしい。
さっきからずっと喋りっ放しである。
「人間の言葉は難しいわね♪」
「(それに関しては心の底から同意だが、しかし現在進行形でペラペラ喋りまくりの神様とやらの台詞じゃねぇな。)」
「勉強したもん♪」
「(まじで!?)」
神様って勉強するんだ!?
「嘘だけどね♪」
「(ぅおいっ!)」
素直に騙されてしまった。
「(で、実際のとこ、どうなん?言葉って、シェアリーにとって難しいものなわけ?)」
特に知りたいわけではない。
単に騙されたのが癪だったから、少し意趣返し程度に問い返しただけだ。
「神様に知らない事なんてないのよ♪」
帰ってきた答えは非常にシンプルだった。
「あ、学校じゃない?♪」
「到着だ。」
あえて―小さな声でだが―声に出して告げた。
☆
二年二組の教室。
朝のHR数分前のそこにはもう殆どの生徒が集まっている。彼らは教師がやってくるまでの僅かな時間を友達と談笑したり、本を読んだりしながら好きに過ごしている。
来年には誰も彼もが受験勉強と云う牢獄に囚われ、この教室の中も勉強する奴ばかりで寂しくなってしまうのだろうか――とかそんな風に思った。
「(あれ?)」
「ん?どうかした?♪」
そんな中ある違和感に気付く。
気付いてみれば当然の事。
今日は語るまでもない真夏日――梅雨を明けたばかりの蒸し暑い空気と灼熱の太陽がこれでもかと云う程に地上の気温を上げている。
冷房施設などまるでこの世に存在しないかのように振舞うアナクロな教室の、その中に詰め込まれる羽目になっている生徒達は皆例外無く額から汗を垂らしている。
どれほど気遣っても決して誤魔化しきれないほどの量の汗が男女の差も無く平等に流されている。
「(俺、汗掻いてない?)」
「ああ、その事♪」
ここ数日間続いた猛暑――それは当然今日にも続いているはずだ。
朝起きて差しこんだ日差しの強さと蒸す様な熱い空気――それを俺は当然感じていて、無意識の内に今日も昨日と同じ猛暑だと思ったはずだった。
俺は暑さを知覚していたが、自覚していなかった……?
「地味だけど、これも『技』よ。人間の頭ってね、不快な感覚を得ると自然と快適だった状態をイメージするようにできてるの♪」
「(つまり、俺が快適な気温をイメージしてるから、その通りになるようシェアリーが調節してくれているってことか?)」
「正確には、ノブヒロの中に流され続けている私の力が、貴方のイメージに反応して勝手に事象を書き換えているのよ♪」
「(ビックリするくらい便利だな、神の力って……)」
特に困るわけでもないが、人間便利な力に頼り過ぎるとダメになるしな。
「開閉も強弱も自在だから好きに設定すれば良いわ♪」
まあ俺のイメージによって神の力は使われるなら、そりゃ当然開閉も強弱も俺のイメージ次第だろうさ。
「(こんな言葉がある。)」
「へぇ、どんなの?♪」
俺のやや脈絡のない言葉にもシェアリーは楽しげな表情で返してくれる。
「(便利な道具は使うためにあるんだよ。)」
☆
朝のHRもその後の授業も俺にとって快適の一言だった。
くだらない担任のお話も、つまらない授業の板書も、皆が汗と闘いながら苦労している様子を尻目に掛けて涼しい表情で俺はこなしていける。
学校がこんなにも楽しかったのは初めてかも知れない。
「そういえば、技名を決めましょ♪」
「(技名?)」
シェアリーは授業中暇らしく―最初の方こそ興味深げに授業の様子を見学していたがすぐに飽きた様だ―こうやってちょいちょい俺にちょっかいを掛け――もとい、俺に話し掛けてくる。
「そうよ。名前をつけるとイメージがスムーズになるし、『技』の発動がより円滑に行えるわ♪」
「(名前ねぇ……)」
考える。
授業そっちのけで考える。
『スムーズ』と『円滑』って意味一緒じゃね?――というツッコミを呑み込んで考える。
――そして、閃いた。
「(『神の鉄槌』ってのはどうだ?)」
少々、いやかなり厨二染みてはいるが、分かり易さという点ではぴか一だろう。
「あら、良いんじゃないかしら。素敵よ♪」
女神様からお褒めの言葉を頂いてしまった現在絶賛中学二年生の自分である。
「…………み……し君。」
そんな風にシェアリーとの会話に夢中になっていた時だった。
ふいに教室が静かになっている事に気付く。
周りの生徒の視線が自分に集中している。その原因は――
「神林君。授業に集中しなさい。」
いつの間にか目の間にいた数学教師―45歳男性未婚―が、その禿げかかった頭をテカらせながら、憤怒の形相で俺の事を睨んでいた。
どうやらシェアリーとの会話に集中し過ぎて無視しまくっていたようだ。
この世に鬼がいるとしたらきっとこんな表情をしているのではないか――と思わせる程に怒り狂った教師の表情は、俺を萎縮させるのに十分な迫力を秘めていた。
「あ、すいません。」
大人しく頭を下げる。
反抗して良い事などないのだから、こう云う時は素直に謝るが一番なはずだ。
「ふぅ。やれやれ……仕方ありませんね。」
これで怒りを呑み込む辺りこの数学教師は流石に大人である。
「授業を聞かなくても分かると言う賢い神林君に、私の代わりに授業をして貰いましょう。」
前言撤回。
随分と嫌味ったらしい罰をいただいてしまった。
「はい?」
「『はい?』ではありません。分かるのでしょう?だから授業を聞いていなかったのでしょう?ならば、授業くらい簡単にして貰わなければ困りますねぇ。」
陰湿だ……いや、陰険だ……
どうやらこの数学教師、相当に性格が悪いらしい。
一年ちょい授業を受けていて初めて知ったよ。
「正面に立って呼びかけてたのに無視してればどんな人格者だって怒るわよ♪」
「(いや、そもそもシェアリーとの話に夢中だったから結果的に無視しちゃったわけで……まあ確かに授業を聞いていなかった事に関して言えば俺が悪いんだけど……って、そうじゃなくて、なんでシェアリー教えてくれなかったのさ?)」
「だって聞かれなかったんだもん♪」
「(現代っ子かっ!)」
そもそも俺が周りの状況をシェアリーに確認するくらい冷静だったらこんな事態にはなっていないと思われる。
「すいませんでした。ちゃんと授業を聞きます。」
仕方なく、俺は可能な限り誠意を込めて頭を下げた。
届け!俺の想い!!
「……フゥ。まあ、良いでしょう。」
溜息を吐かれたがどうやら許してくれた様だ。
「はい、では神林君、この問題を答えてください。」
そして教師は授業を再開すべく、もともと俺に問うつもりだったであろう問題に戻り、俺に回答を求めた。
俺は満を持してそれに答える。
「分かりません。」
教師が思いっ切りずっこけたのを見るのは初めてだった。
☆
まさか一発脳天に拳骨を貰うとは思わなかった。
教育委員会やらモンスターペアレントやら恐ろしい生物が生息しているこの現代社会で、教師が生徒を―障害や後遺症などが絶対に生じない程度の威力でとはいえ―殴るとは相当である。
「痛い……」
とりあえずそうぼやいてみた。誰も反応はしない。
「まあ良いか。とりあえずは飯だメシ。」
昼食の時間。
当然ながら我が中学校は世間一般の多分に洩れず給食制度を導入しているので、現状俺の目の前には献立によって決められている昼食が所狭しと並べられている。
今日のメニューはポークソテー(の名を借りた5センチカット程度の小さな肉が二つ)とキャベツの千切り(山盛り)、そして(驚くほどに濃い味な)コンソメスープに(何故かやたらと美味い)白米である。
まあ、どこの学校でもそれほど大差のない至極一般的なメニューであると言えるだろう。
「さて、いただきます、と。」
我が中学校には昼食時に席を立ってはならず、机を動かしてはならないという謎ルールが存在する。
その存在は即ち、自由に動いて仲の良い友達と向かい合い、仲良く駄弁りながら昼食を取ると言う行動が禁止されているのだ。
――何を以てそんなルールが存在するのかと、とある女子生徒が問い合わせたところ、食事はマナーを守って静かに食べる物であるという教育方針故だそうだ。
「ノブヒロはそれで良いのかしら?♪」
さて俺も空腹をこいつらで満たしてやろうと云うその段階になって、いきなりシェアリーが俺にそんな事を問いかけて来た。
「(何の事だ?)」
仕方なく―とりあえず白米を一口分箸で運びながら―シェアリーに問い返してやった。
「ノブヒロはそんなので満足できるの?♪」
「(だから何の話だよ?)」
やたら楽しげなシェアリーの表情が気になって俺の右手の動きが止まる。
「神の力の出番じゃないの♪」
「(それはつまりなんだ?神の力で大して上手くも無い給食をとびきりな味に変えてしまおうっつー算段か?)」
「そうよ♪」
「(よしやろう。)」
即断即決だった。
「(となると、美味しいイメージだな。よーし……)」
俺の中にある味のイメージから最高の物を呼び出そうと試みる。
あれはそう……以前、旅行先のホテルで出たディナー……――なんてことを思い描きながらポークソテーを一口齧る。
瞬間、俺の口の中に広がったのは溢れんばかりの肉汁と確かな肉質を噛み締める感触、そして素材の味が生かされた深みのある味わいだった。
「(なんだこれ!うまっ!?)」
「でしょ♪」
シェアリーのしてやったり顔は気に喰わなかったが、そんな事が気にならなくなるほどに給食が美味しかったので腹を立てる事は無かった。
後で分かった事だが、この時幸せそうな顔をして給食を食べる俺の顔を見て、クラスの皆の食欲も30パーセント増しだったとか――誤解無き様言っておくが、美味そうな顔をしているから「そんなに美味しいのか?だったら俺も……」的な食欲増進であって、俺の顔に癒し効果があるのではない。あったら怖い。
☆
放課後――それはすなわち下校時間。
折角帰宅できると云うのにわざわざ青春を部活動などと言う訳の分からぬ物に費やす人間の気持ちが欠片も理解できない素晴らしき純正の帰宅部である所の俺―そこ、ボッチとか言わないのっ!友達いるから!!―にとって、放課後とは只管に友達と遊ぶ時間である。
が、今回は毛色が違う。
「(そういえばさ、魔王ってどうやって探すわけ?地球のどこかにいるとか無理ゲーじゃね?)」
「とは言っても只管に地味な作業の連続よ?とりあえず二メートル以内に近付けば相手の神、この場合は死神だけど、が見えるからそれで相手が魔王かどうか分かるわ♪」
「めんどくさっ」と一言で斬って捨てた。
「(それは何か?地球にいる人間一人一人に近づいて魔王かどうか確認すんの!?)」
「そうなるわね♪」
「(何人いると思ってんだよ!!)」
「ざっと67億人かしら。正確な人数が欲しい?♪」
「(いらねーよ!)」
兎にも角にもこのゲーム―シェアリーが言う所の『勇者魔王ゲーム』―を少しでも進めてやろう、とそう思っての疑問だったのだが、まさかそんなにも面倒臭い事を強いられるとは思ってもみなかった。
「(俺が死ぬまでにゲームが終わらねー……)」
「あ、それは大丈夫よ。ノブヒロは神の力で不老不死だから♪」
そんな自称宇宙最強の冷房や一帝国を築いた皇帝の悲願をこんな形で手に入れてしまって良いのだろうか――いや、良いんだろうけどさ。
「ヤッホー、修弘元気ー?」
そんなお先真っ暗な勇者家業にウンザリしていた気分とは裏腹な能天気でハイテンションな声が俺の後ろから聞こえて来た。
これはそう、俺の唯一無二と言っても差し支え無き親友『寺門弘昭』の声だ。
「俺は元気ー。元気過ぎて逆に元気じゃない位元気だぜ~!」
「どっちだよ。」
弘昭はこんな調子で訳の分からない事を言うのが大好きなのだ。
クラスは違うが、こうして放課後には校門前で鉢合わせになる事も多いので―其れは幼馴染な女の子のポジションじゃないのか?とツッコミながら―よく一緒に下校する。
――まあ、俺の幼馴染と言えば、アレだけどね。また今度詳しく紹介しよう。
兎に角、下校途中のその間も只管にツッコミ待ちであろうボケをかまし捲るこいつは、一緒にいると鬱陶しいがどこか憎めない奴なのである。
「ゲーセン行こーぜ~。なんか新しい格ゲー入ったらしいし。」
「またかよ……」
ついでに言っておこう。
弘昭はゲームセンター大好きにして格闘ゲーム大好きなのだ。
さらにはカラオケ大好きでボーリングも大好き。
さらにさらに活字中毒と呼ばれるほどに小説―純文学からライトノベルまでノージャンルで―大好き男であり、仕上げにマンガやアニメまでノージャンル大好きな節操無しである。
「え?」
「む?」
「は?」
「……っ!?」
ふいにシェアリーが素っ頓狂な声を上げると同時、どこか陰鬱さを孕んだような嗄れ声が聴こえた。
さらに弘昭までもが驚愕の声を洩らす。
俺は驚きのあまり声を洩らす事も出来なかった。
「……ふむ。」
いつの間にか、弘昭の背後には真っ黒でボロボロのローブを纏った髑髏と見紛う程に痩身な男が浮かんでいた。
絶句という状況を直に経験する事になるとは夢にも思わなかったが、今まさに俺が体験しているのはそう表現するに相応しいと言えるだろう。
「魔王よ!♪」
俺の疑問全てに対する解答を総括して述べた様なシェアリーの声は、まさしくどこか遠くから聞こえてくるようだった。
さあ勇者と魔王が出会いました。
次回はもしかしたらバトル展開に入るのかも知れません。
まあ基本何でも有りな設定の上に、主人公二人が駄弁りキャラなので、次回が一話丸々会話パートになってしまう可能性も無きにしも非ず……
でも前作はそれで失敗もしてるしなーとか思うので、何とかサクサク進めて行くよう心掛けて行きます^^