そう云う事も時にはある……よな?
厄介事なんてのは、大概の場合誰かの怠慢によって発生する物だ。
誰かが何かを怠ったから、そのつけは貧乏クジを引いた誰かに降り注ぐ。
今回俺に降り注いだ厄介事の責任がどこにあるのかと言えばそうだな……前の厄介事を弘昭に押し付けた俺にあるのかも知れないな。
「待ってましたよ。勇者様。」
山下美郷と云う神勇者――と言う名の面倒事を弘昭に押し付け、さっさと『瞬間移動』で逃げ出した俺の前に現れたのは清楚な雰囲気を放つ一人の美しい女性であった。
――いや、雰囲気に誤魔化されそうになるが、どちらかと言えばまだ少女と云った風体だろうか?
薄手のワンピースに麦藁帽子というお嬢様然とした格好で、実際にどこぞの令嬢なのだと言われても全く疑わないその容姿に加え、おっとりとしたその雰囲気はまるで野に咲く一輪のスミレの花の様――なんて、そんな詩的な表現がピタリと当て嵌まってしまう、そんな少女である。
面倒から逃げ出す事ばかり考えていたせいで何処に逃げようとか全く考えていなかったため、現状自分がどこにいるのは俺は全く理解していないが、周りの風景を見回してみるに、ここはどこかの雑木林の中のようだ。
そんな中に、ポツンと一人の少女とは、一体いかなる状況なのか、混乱していた俺は先の発言を完全に聞き逃していた。
「ほら、私の言った通りでした。」
少女はそう言って朗らかに笑う。
あまりにもそうする事が自然であるかのようで、俺は彼女の発言に関する違和感には気付けずにいた。
「ゲームのシステムとして相手が誰だか分からないとしても、こうして因果律に干渉する様に技を配置すれば、このように向こうから会いに来てくれると言うわけですよ。」
まだ混乱覚めやらぬ俺には彼女の発言が、誰を対象にどんな意味を持っているのか考えている余裕はなかった。
「ところで貴方、お名前は?」
その言葉が自分に向けられた物である事に気付くには暫くかかった。
「あ、ええと、神林修弘……です。」
「あら、照れちゃって可愛い。」
良い噤んだのは別に照れたわけではないんだけどな。照れたわけではないんだけどな。大事な事なので二回言いました!
「私は美由紀。『中瀬谷美由紀』です。よろしくお願いします。」
名乗りながら少女は丁寧な仕草でぺこりと一礼した。
「あっと、こちらこそよろしくお願いします。」
とりあえず俺もそれに倣って一礼。
「あらあら、ご親切にどうも。」
なんて、朗らかなやり取りが交わされる。って、そんな場合じゃねぇし!
「(えと……どういう状況?)」
「面白いわ。これだから、やめられないわよね♪」
「(何が?ってか、何を?)」
「う~ん、そうねぇ……ノブヒロで遊ぶ事?♪」
「(せめて『ノブヒロと』って言って貰えませんかねぇ!?)」
とか何とか、シェアリーと無駄話している場合ではない。
今どういう状況なのか、さっさと確認しなくては!
「あんた誰だよ!」
思わず俺は何も考えずにそう言葉を発してしまった。
「?……美由紀と名乗りましたよ?」
そりゃそうだ!
「そうじゃなくて……え〜と、なんだ!そう!じゃあここは何処だよ!」
自分で適当に人目の無い所と想定して飛んだのに、全くおかしな質問をしてしまったもんだ……我ながら呆れるぜ。
「あ、この雑木林はですね、我が家の私有地です。」
そんな事は一々語るまでもない当たり前の事であるかのような一定のトーンだった。
いや私有地って、そりゃ一般的な家庭において通常言葉にする事はあんまり無い言葉なんだぜ?そりゃ一戸建ての庭とかも私有地と言うけども、なんか規模が全然違うぞ。
そりゃ令嬢と言われても疑わないような雰囲気を放っているけども、それは言葉上の物であって実際に令嬢なんて存在がそこらに生息している筈は……って、ちょっと待てよ?
「待て……中瀬谷……だったっけ?」
「それが何か?」
「父親の名前は、もしかして、『中瀬谷神道』だったりする?」
「良くご存じですね。もっとも、それは私の祖父の名前ですが。」
嫌な汗が一筋俺の額を流れた。
「あのさ、俺、中瀬谷カンパニー製のPCとか売ってるの見た事あるんだけど……」
「ああ、それは私の祖父が立ち上げた企業ですね。不勉強な私にはいまいち分かりませんが、IT関連のお仕事だと聞き及んでおります。」
中瀬谷カンパニー――それは日本でも有数な大手事業団体……中瀬谷神道と言う名の男が一代で築き上げた最早生きる伝説と化していると言っても過言ではない企業名だ。
――ってそんな事はどうでも良い!!大企業の孫娘って、ガチな令嬢じゃねぇかぁぁあああ!!!
「え?じゃあここって……」
「そうですね。我が家の庭です。」
ニコッなんて擬音が隣に装飾されそうな笑顔だった。
それじゃあ雑木林なんて表現はもしかして相当失礼だったんじゃ……ってか、俺普通に不法侵入――もしかして、俺、ヤバい?
どうしよう……強面のお兄さんに囲まれちゃったりするのだろうか……明日には東京湾の底なのだろうか……
「無敵の勇者が何を怖がっているのよ♪」
「(いやそこはさっ!やっぱり流れって大事だと思う!)」
「良く分からないわ♪」
「(でしょうねー)」
所詮シェアリーにこの手のお約束を拾えと言う方が無理なのである。シェアリーは弘昭とは違うのだ。
「いやいや、そうじゃなくて、庭とかそんな事はどうでも良い!なんで俺、こんなとこに来てんの?」
確かにほとんど無意識みたいな感じであの場からは逃げ出してきたけど、だからと言って人様の庭に逃げ込むほど俺は間抜けではないつもりだ。
「フフ。だから因果律に干渉する技ですよ。」
今度こそ、俺は彼女の言わんとしている事の意味を察したのだった。
「まさか……」
「この度、死神魔王に選ばれました不肖中瀬谷美由紀と申します。お手数かと存じますが勇者様、どうか一手、手合わせ願えますでしょうか?」
どうやら彼女も愉快に素敵な勘違いをなさっているようだ。
俺は確かに神勇者だが、俺の対戦相手が弘昭で確定している以上、彼女の相手は俺ではない。
「えーと……」
「まあ、この場に誘い込んだ時点で、返事など聞く気も無いのですけどね。」
人当たりのいい笑顔を浮かべた彼女――美由紀はその笑顔のままに何やら黒い事を言い出した。
その瞬間、俺の周囲に生えていた雑草が凄まじい速度で伸び始め、見る見るうちに俺に絡みついてきた。俺は呆気にとられてしまい逃げ遅れ、気付けば全身を地面から伸びた雑草に絡め取られていた。
――って、いきなりバトルパート突入ですか!?もう少し、謎解きパートやりません!?まだ因果律に干渉する技の説明とか受けてないんですけど!?
「あら、これくらいは避けて欲しかったのですが……」
そう嘯きながら彼女はゆっくりと俺に向かって歩を進めて来る。
急いで脱出しないともうすぐにでも二メートル圏内まで近付かれてしまいそうだ――けど、それ何か問題あるか?
「あるわよ♪」
「(あるのかシェアリー?どんな問題?)」
「私が面白くないわ♪」
「(シェアリーはそうでしょうねぇ!)」
駄目だこの女神様。本格的に役に立たねぇ。
仕方ない……こうなったら時間稼ぎだ。
「おいあんた!」
「『あんた』ではありませんよ。私の名前は美由紀です。
父から頂いたこの名前には誇りを持っているので、是非下の名前で呼んだくださいね?」
目論見通りと云う訳でもないが、美由紀は俺に向けていた足を止めた。
「じゃ、じゃあ美由紀……さん!」
「クス。」
思わず付けてしまった敬称を笑われた!?
「失礼。どうぞ、続けてください。」
非常に続け難いが仕方ないか……
「因果律に干渉ってどういう事だよ!?」
「そうですねー、貴方は漫画とかアニメとか、そう言った文化には精通しています?」
「ま、まあ一応。」
美由紀の返事が予想の斜め上を行く質問で、俺は思わず曖昧な返事をしてしまった。
むしろ深窓の令嬢と云ったの雰囲気の美由紀からそんなワードが出る方が違和感MAXなのだが、それはわざわざ口にする事ではないな。
「冒険活劇物などで顕著ですが、所謂『主人公補正』というものですね。」
あれか?身近な女の子からは無条件の好意を受け(一部例外あり)、同等か少し上の力を持つライバルがいて(一部例外あり)、自分の力不足によってピンチに陥るが都合良く目覚めた力によって危機を脱する(一部例外あり)、そんな人間の事か?
「いくつかありますが、その中の一つ、ライバルに関する物です。」
「???」
全くわけが分からない。
「主人公とライバルは出会うべくして出会うと云う物ですね。」
まあ主人公とライバルは出会わなきゃ物語が進まないからね。
「神の力で対戦相手を直接見つける事は出来なくても、“私がいずれ私のライバルとなりえる神勇者と出会う”という因果には干渉できるのですよ。」
……つまりどういう事だ?
「頭が悪いわね♪」
「(うっさいわ!)」
まあ何となくは分かるよ。
でもそれだと、本来の美由紀の対戦相手である神勇者じゃなくて、俺が彼女の前に現れた事に説明が付かないだろ?
「いずれ私が神勇者と云う存在に出会う事を確定事項であると仮定して、その時期を極端に縮めたという言い方をしても良いかも知れませんね。」
なるほど、分かりやすい。
「いずれにせよ、今日今この瞬間に私にとって意味ある出会いが訪れると言う結果に向かって過程を調節する技ということですね。」
なるほどね。だからややアンコントーラブルな部分もあるわけか。
本来の対戦相手じゃなくて俺が呼ばれちゃう事もあるよね。
――それにしても、彼女にとって意味のある出会いね……やれやれ、考えない方がいいのか?
「さて、それでは続けましょうか。」
そう言えば俺って美由紀の何らかの技によって拘束されてるんだよねー
何だろう……推察するに植物を操る技って感じだけど、それだけかな?
「クス……『死絡みの草』」
彼女がその強そうな技名を口にした瞬間、俺の全身に絡みついている雑草の拘束が強まった。このまま俺を絞め殺そうと云うのなら、それはもう全然大した技ではないと言う事になるが……果たしてどうかな?
「こんなもん……」
俺は俺の手足に絡みついた雑草を引き千切ろうと力を込める――込めようとしたが、全く力が入らない事に気付く。
「なにっ!?」
「クス……対勇者様用に、魔王らしい技を考えてみました。どうでしょうか?『死絡みの草』の感触は。」
あれ?もしかして俺ピンチ?
残念ながら修弘君はそんなに格好良くありません!
修「うぉーい!」
ま、頑張ってくれ。僕から言えるのはこれだけだよ。
修「おいコラ待てや!」
待たない。
じゃあ僕は忙しいからこれで。
修「このまま放置するんじゃねぇぇえええ!!!」