神様は俺と共に
真夏日。
それは茹だる様な暑さと云う奴か、それとも、もっと分かりやすく茹だる様な熱さと言い換えるべきだろうか。
燦然と照りつける太陽は最早一種の凶器と化し、大地を焼く灼熱の光線はまるでそれが楽しいかの様に俺達を苦しめる。
とてもではないが清涼とは言い難い生暖かい風は、吐き気を催す周りの人間の汗の臭いを巻き込んで窓の外から吹き込み、まるで嘲笑うかのように俺の頬を撫でながら充満してゆく。
セミの鳴き声が聞こえる。耳を劈くそれが何故だかやけにけたたましく感じる。
言うなれば、ここは地獄の三丁目。通称『学校の教室』としたところか。
「真っ白ね♪」
「(五月蠅い。)」
俺の名前は『神林修弘』。年齢は十五歳。体格は中肉中背でこれといった特徴は無し。容姿、学力、運動神経はどれも素晴らしく中の中。
他に言えば『神勇者』なんてビックリするような肩書を持っているが、とりあえずは気にしないでおいて貰えるとありがたい。
ここでは特徴の無いその他大勢と名乗らしていただこう。
「あ、酷いわ。こんな美しい女神を捕まえて五月蠅いだなんて!私、傷付いちゃう♪」
「(じゃあもっと傷付いているかの様な表情で言って貰えませんかねぇ、そういうことは!)」
楽しげな笑顔を崩さないこいつの名前は『シェアリー』。天真爛漫で天衣無縫の女神。
ここでいう女神とは比喩や誇示誇張などではなく、そのままの意味である。
神様、というやつなのだ。
ちなみにこれらは痛々しい俺の妄想とかではない事を留意して頂きたい。
「で、真っ白なのね♪」
「(分からないんだよ!)」
その姿は俺しか見る―正確には『視る』だそうだが―事は出来ず、その声は俺以外には聞こえ―これも『聴こえる』が正確らしいが―ず、俺だけが彼女に触れる事が出来る。一部例外はあるのだが、それについてはここでは触れない事にしよう。
何の因果なのだろう、どうして俺なのだろうと何度も思いながら、俺はもう一年以上シェアリーと共に過ごして来ている。在り得ないほどにくだらないシェアリーの“ある目的”の為に。
「じゃあ教えてあげる。ここはこうでね、こうしたら出来るわ♪」
「(……なるほど。)」
まあそのシェアリーの目的に付き合う事で俺にもかなり大きなメリットもあることだし、特段急ぐような目的でもないのだから、こうして俺はシェアリーと共に日々を生きている。
「はーい、では試験終了。解答用紙を集めるのでその場から動かないように。」
俺は回収に来た教師に満点確実の答案用紙を手渡した。
☆
う~ん、と俺は思い切り背伸びをして座席から立ち上がる。
開放感――試験最終日を終え、後顧の憂いも無い晴れ晴れした気分は学生ならば誰もが通る道だろう。
「修弘君、試験どうだった?」
「ん?ああ、好美か。」
不意に声を掛けられたので振り返る。声で既に分かっていたが、あえて気付かぬ風で振り返り確認した。予想通り、そこにいたのは『三浦好美』その人であった。
可憐で清楚、性格は温厚で物静か、人当たりも良く友人は多い、とまるで大方の男性の描く理想の女性像を体現したかのような少女である。
ちなみに相当に頭も良く、学校の試験程度はほぼ全て満点、全国模試の成績でも常にトップ5を競う程だと云う屈指の秀才―天才でないところがミソ―少女である。
「そうだな。ま、いつも通りって奴さ。」
「そうなんだ。やっぱり修弘君は凄いね。」
手をひらひらと振りながら何の気無しに答える俺に、何の邪気も無く破顔して俺を褒める好美。
むず痒くなる様なシチュエーションだが、俺の心境はそれほど穏やかではない。
言うまでも無く、この学校の中で好美の存在はクラスのマドンナ(古)なんていう些細な存在ではない。
この学年……いやいや学校全体の全ての女子の中で、好美の人気は断トツにナンバーワン。むしろ、これこそがオンリーワンなのだと言わんばかりの異常な人気を誇っている女子なのだ。
そんな彼女と親しげに喋っていれば……まあ、語るまでも無い。周囲の妬み嫉みの視線はナイフよりも鋭く俺の背中を抉るのだ。
幼馴染と云う理由だけで彼女とこうして話しているには、少々敷居が高い少女なのである。
「あ、じゃあ俺、この後用事あるし、帰るわ。お疲れさん。」
「うん。お疲れ様。」
ピッと片手を上げて好美に別れの挨拶を告げ、即座に翻して俺は教室を後にする。
好美のどこか寂しげな表情が印象的だった。
☆
「チキンね♪♪」
「五月蠅ぇ!!」
シェアリーの歯に衣着せぬ物言いに、俺は周囲に誰もいない事を確認してから言い返す。
実は教室内で好美と話していた時もシェアリーは散々俺をからかってくれていたのだが、敢えて意識せずに放置しておいたのだ。その鬱憤を晴らす意味もあってか、シェアリーの表情はいつもの三割増しに良い笑顔である。
「やれやれ……」
嘆息して首を振る。一息つく時の俺のいつものジェスチャーである。
ここは近所の公園だ。
試験日であったために学校は早く終わり、今の時刻はまだ昼前。そのせいか公園内には未だ人影は見えない。
「ま、理由はそれだけじゃないんだがな。」
「来たか。」
用事があると言うのは嘘じゃない。
そんな誰にともない言い訳を心の中で口にしながら、俺は背後を振り返る。
「よう修弘。試験はどうだった?ま、聞くまでも無かろうが。」
「よう弘昭。試験はどうだった?ま、聞くまでも無かろうが。」
試験終了の今日今この瞬間、俺とこいつはこの『いつもの公園』で待ち合わせをしていた。
そいつが先に言葉を発した。だから俺は皮肉を込めて同じ言葉を返してやる。
「それを俺に聞くか?言うまでも無いね。俺にはジェダーが憑いてんだぜ。」
「知ってるさ。だがそちらこそ愚問だ。俺にだってシェアリーが憑いているんだぜ。」
俺の無二の親友にして最大の宿敵参上と云う所だ。
名を『寺門弘昭』。やや筋肉質な体系だが特段何か―まあ、それなりに得意なようではあるが―スポーツをしているというわけではない。
性格はお調子者の一言に尽きる。放置しておけばきっとこいつは一日中冗談を言い続ける事だろう。
だが、人の心の機微には実は敏感で、相手が気にいる話題を提供できる機転の利く男であったりもする。
そして、先に言ってあるシェアリーの事が視える例外の一人。
肩書は『死神魔王』。厨二病患者もビックリの邪気眼っぷりだ。
しかし、これは妄想なんかじゃない。どういうことなのかは……おいおい説明していくとしよう。
「ふむ。」
その一言を呟いただけでニュッと現れたこいつがジェダー。
黒いボロボロのローブを頭からスッポリと被り、骨ばった顔はまるで髑髏。ローブの裾から少しだけ見える手足は骨と皮以外の全てが削げ落ちたかのように細々としている。
まるで死神の様な有り様で、そしてジェダーは実際に死神だ。
「相変わらずだなジェダー。フランクに行こうぜ、フランクにさ。」
「むぅ。我は……雄弁な方では無き故……」
見た目は怖いがジェダーは恥ずかしがり屋さんなのだ。そこに萌えるぜ……見た目は怖いけど(大切な事なので二回言いました)。
「さて、余興はこの辺にして、そろそろ始めっか。」
「『人払い』の結界を刻んだからな。邪魔は入らないさ。」
やっぱりな。時間が時間とはいえ、この広い公園に誰もいないとはおかしいと思ったぜ。
「構えなクソ魔王。今日こそ蹴散らしてやる。」
「受けて立つよ雑魚勇者。長年の戦いにけりを付けようじゃないか。」
戦いの前口上を述べる俺達。
長年って、まだ一年程度だけどな―とはつっこまない。
「行くぞシェアリー!」
「ハァイ♪」
「やったろうぜジェダー!」
「うむ!」
ここに神勇者と死神魔王の戦いが始まる。
「俺から行くぜ!『横薙ぐ閃光』!!」
突き出された俺の右掌から弘昭に向けて一筋の雷光が迸る。
シェアリーから与えられる神の力を使って放つ俺の技。
無論、常人が喰らえば消し炭になる程度の威力はある。
「その技はもう見たさ。『全てを遮る結界』!」
弘昭も俺の技に対してジェダーの死神の力を使う技で対抗してくる。
俺の放った雷撃は弘昭を貫く数センチ手前で見えない壁に阻まれて霧散した。
「防ぐのもお見通しだ!」
「後ろに回るのもお見通しなんだよね。」
俺は攻撃を阻まれる事は分かっていた。だから『横薙ぐ閃光』の発動と同時に目にも止まらぬ速さで弘昭の後ろに回り込んだのだが、どうやらこちらの動きも読まれていたらしい。
だからどうという事は無いのだが。
「関係ねぇな!『神の鉄槌』!!」
「上等!『死神の鎌』!!」
一撃で街一つ吹き飛ばす威力を持つ俺の拳が、一薙ぎで街に住む全ての人間の意識を刈り取る弘昭の手刀が、両者同じタイミングで激突した。
荒れ狂う衝撃波。吹き荒ぶ暴風。抉り上がる地面。
人の造り得る威力を超えた人外の衝突が、俺と弘昭を中心に甚大なる被害を巻き起こす。
「クク……ハ~ッハッハッハァ!!!」
「ハハ……アハハハハハハ!!!」
狂ってしまったかのように互いに高らかに笑い上げる。
俺の繰り出す必殺の技も、弘昭の繰り出す必勝の技も、どれほど手数を増やそうと、どちらもクリーンヒットしない。
そもそも簡単にクリーンヒットするようなら俺達はこうして戦っていない。
「よし、次で終わりにしよう。最強の一撃をもってぶっ飛ばしてやる!」
「そうだな。最強の一撃をもって受けたってやるぜ!」
互いに腰を低くして構える。
同時に息を吸い込む。
カッと全身に力を込めて……両者同時に叫んだ。
「『最終戦争』!!!」
「『崩天の一撃』!!!」
自身を砲弾と化し、莫大な威力をもって的に突っ込む突撃技。俺が最後に選んだ技はそれだった。
対して弘昭の方に傍目に見える変化は無い。しかし俺には分かる。弘昭が後ろへ構えた右腕に絶大なまでに力が一点集中している事が。
「ラァァッシャァァアアア!!!」
「ハァァァアアアアア!!!」
両者同時に咆哮。
一撃で日本列島だって吹き飛ばす威力を持たせた俺のタックルが、目にも止まらぬ速さで弘昭へ迫る。
弘昭はその場から動かず、突っ込んでくる俺に合わせる様に振り被った右腕を掌底の形で突き出した。
「吹っ飛べやぁぁあああ!!!」
「テメェがなぁぁあああ!!!」
互いの技がぶつかり合う。
その瞬間、その刹那、世界から全ての音が消失した。
☆
結果は、
「ま、引き分けか。」
「仕方ねぇって。」
同時K.O.
俺と弘昭は互いに相手の技の威力に負けて吹き飛ばされ、無様に地べたに寝転がっていた。
「よっこいせっと。やれやれ疲れた。」
「同感。あ~疲れた~でも楽しかったぜ~」
「確かにな。」
ゆっくりと体を起こす。
互いの技は相殺されたが、その際に発生した余波までは消し切れておらず、公園の中は見るも無残な様相を呈していた。
「あ~……シェアリー?」
「何?♪」
「頼んだ。」
「ハァイ♪」
少々罪悪感にかられた俺はシェアリーに頼み、公園内の修復を行った。
一秒と経たず、公園内は俺と弘昭が戦い始める前の綺麗な状態に戻っていた。
「『人払い』も解除っと、頼むぜジェダー。」
「御意。」
これで数秒の後には今まで通り普通にこの公園に人が集まってくるだろう。
少し前まで人外の戦いがここで行われていたとも知らずに。
「……帰るか。」
「そうすっか。あ、ゲーセン寄ってかね?格ゲーやりたい。」
「好きにしろ。」
「じゃあ決定。」
試験終了日にその足でゲームセンターへ行く。
何とも分かりやすい青春の構図に俺の口元は若干ながら緩んでいたのだった。
「シェアリー、良いだろ?」
「良いに決まってるわ♪」
「ジェダーはどうだ?」
「異論は無い。」
神と死神の了承も取れた所で行くとしよう。
「もう一勝負、な。」
「望む所だぜ。」
俺と弘昭はこうして事あるごとに何かしらを競い合う。
今回の様に分かりやすい直接対決だったり、ゲームであったり、スポーツだったりetc……
何故そんな事をしているのか、それを語るには一年前まで時間を戻さなければならない。
――そう、俺がシェアリーと出会い、同時に弘昭がジェダーと出会ったあの時へ。
というわけで『神勇者と死神魔王』のリメイク版です。
以前より面白く、そして読み応えがあるよう作って行きたいと心がけますのでどうぞよろしくお願いします。
修「そう!俺達は帰って来たのだ!」
弘「まあ何でも良いけど、とりあえずカラオケに行くのはやめておこうな。」
シェ「いきなり自虐は良くないわ♪」
ジェ「自嘲せず、自重せよ。」
既に読まれた方は分かると思いますが、少しずつ設定が以前と異なっております。
好美が修弘の幼馴染であったりなど、細かい所ですが差異があります。
以前と矛盾する箇所があったりするかも知れませんが、どうかお気にせず読んでいただけたらと存じます。
修「もうナレーターとは呼ばせないぜ。」
弘「まだ引き摺ってんのかよ修弘。」
シェ「根に持つわね♪」
ジェ「器の小さい男である。」
修「五月蠅ぇ……」
以前の『神勇者と死神魔王』でのお気に入りだったキャラやストーリーは、リメイク版でも使いたいと思っています。
もし、前の作品をお読みになっていて、好きだったキャラやまたやって欲しいストーリーなどありましたら、是非お教えください。
可能な限り、取り入れて行きたいと思います。
あ、でも、カラオケの話とか言いませんように。今度は僕が消されてしまいます故(笑
では、『神勇者と死神魔王』を
修「どうぞ。」
弘「よろしく。」
シェ「お願い♪」
ジェ「……します。」
仲良いね君達……