転生者疑惑のある従妹の正体を暴こうとしたら、溺愛されることになりました
このミスガルド王国には、当代随一の天才と称される娘がいる。
残念ながら、それはこの国の貴族の娘である私、ミーティア・ミスティのことではない。
「お聞きになって? またミスティ家のアーチェ様が、新たな事業を成功させたそうですわよ」
「まだ成人を迎える前でしたわよね。大人顔負けのあの広い視野、いったいどのようにして培われたのかしら」
「今から婚約者として囲い込もうとする家も多いのだとか。ミスティのご当主様も、素晴らしいお嬢さんを養子に迎えられましたね」
そう。社交界における話題の中心を独占するのはいつだって、私の二歳年下の従妹――アーチェ・ミスティだった。
主だった貴族を招いたパーティが開かれれば、彼女を囲むようにして常に厚い人の輪が出来上がる。
ミスティ家特有の桜を彷彿とさせる色彩の髪と、人目を引くぱっちりとした二重の愛らしい顔立ち。時折見せる妖艶な微笑みに童貞子息は骨抜きとなり、ウィットに富んだ小粋なジョークまで飛ばして周囲は和やかな笑いに溢れている。
そんな彼女の眩しさから逃れるように、私は会場の壁際で甘ったるい果実水を無表情で啜っていた。
「……ミーティア。お前はまたそんなところに一人でいるのか」
「一通りの挨拶は済ませましたもの。文句を言われる筋合いはありませんわ。お父様こそ、あの子の面倒を見なくてよろしいのですか?」
「見る必要もないだろう。あれは出来の悪いお前と違ってよくできた娘だ」
そう言ってアーチェを一瞥したお父様は、どこか呆れた顔で私を見下ろしていた。
*
(絶対にあいつも転生者だわ……!)
そう確信したのは、私自身が前世の記憶を保持したままこの異世界に生を受けた、いわゆる転生者というやつだからだ。
……とはいっても、前世はデータ入力に追われるだけの日々を送っていた事務職員。特別な医学の知識もなければ、内政を改革できるような経済学の知識もない。これといった専門知識も技能も持たない身なのだから、この世界へ転生したからといって劇的に有能になれるはずもなかった。
それならそれで構わない。貴族の娘としての新たな人生を気楽に謳歌すればいいだけの話だから。
そう割り切ってスタートを切ったはずなのに。前世で生きた時間のアドバンテージを活かせたのは、七歳までだった。
「ミーティア。今度、我がミスティ家に新たな家族を迎え入れることになった。……従妹のアーチェのことは覚えているか?」
「アーチェ……。叔父さまのお嬢さんですよね。幼い頃に一度だけ会ったことは覚えています」
「そうか。実は愚弟が馬車の事故に巻き込まれて死んだと連絡が入ってな。残されたアーチェと、母……お前にとっては祖母にあたる女を引き取ることになったのだ」
「まぁ……」
そう朝食の時間に切り出したのは、桜色の髪が全く似合わない顔立ちで渋面を浮かべた父だ。悲しむでもなくそんな態度を見せてくるのは、父と叔父の折り合いが悪くて没交渉だったせいだろう。出来が悪いとされた叔父ばかりを溺愛していた祖母のことも嫌っている様子だったから、二人を引き取ると決めたのは父にとって苦渋の決断だったのかもしれない。
「アーチェの母親も後を追うように死んだらしい。……全く、まさかこんなことになるとはな」
「不幸が続きますね……」
私のこの世界での母親も先日風邪を拗らせて亡くなったばかり。どこか偏屈な父と二人で生きていくことに不安はあったから、賑やかになるのなら悪い話ではないのかもしれない。
とはいえ、これまで親戚付き合いらしいものもない間柄だったから従妹の顔も祖母の顔も正直朧げだ。それでも一度だけ、アーチェがまだ二歳くらいの慶事で顔を合わせた時に舌足らずな口調で「ねぇね」と呼んでくれたことはよく覚えている。あの頃のアーチェはまだ擬態中だったのか、ただ愛らしいだけの存在だった。
「お父様はその、大丈夫なのですか。おばあ様のことがお嫌いなのでしょう?」
「嫌いだとも。自分のことしか考えぬ女だったからな。だがこうなってしまっては見捨てるわけにもいかんだろう」
そう吐き捨てた父は、心底面倒臭そうに溜息を吐いていた。
そうして我が家に引き取られたのが、息子夫婦を失って呆然自失状態の祖母と、やけに達観した様子で「これからお世話になりますわ、ご当主様」と頭を下げた、当時まだ五歳のアーチェだった。
最初こそ歓迎モードで出迎えたけれども、違和感にはすぐに気付いた。私が貴族の娘らしい振る舞いを身につけようと悪戦苦闘している一方で、アーチェはすでに人生のチュートリアルを終わらせていたからである。彼女は幼女であるにもかかわらず次々と規格外の功績を叩き出していった。
なにせ彼女は六歳で書庫の本を読破し、八歳で官吏の会計不正を見抜き、十歳の時には薬草を素にした化粧品を作り上げてみせたのだ。私がマナー講師に扇で指先を叩かれているのを尻目に、彼女は十二歳にして周囲から一目置かれていたのである。
いやいや、冗談じゃない。いくら異世界だからといってこれほど完璧な存在が天然物でいて良いわけがない。同じ転生者が知識やチートを駆使して、「転生幼女」をやっているのだと思わなければ到底やっていられなかった。
幼女からお嬢さんに育っても、アーチェ無双は止まらない。
社交界での気配りや存在感は凄まじく、彼女がひとたび笑顔を向ければ瞬く間に華やかな人の輪が出来上がる。相手の好む茶葉から家族の誕生日、果ては些細な悩み事までを完璧に把握し、最も心地よい言葉を最適なタイミングで投げかける。
貴族子息たちの熱烈な視線を一身に集めながらも、それでいて同性からの嫉妬すら買わない完璧な立ち回り。かつて社交界を席巻した祖母の再来と称されるほどで、もはや一つの完成された芸術作品のようでもあった。
さらには寝たきりになってしまった祖母の世話まで甲斐甲斐しく焼くものだから、「慈愛深い娘」としても持て囃されていた。私も一応は親族だから手伝おうと思ったのに。アーチェは使用人には最低限の雑務だけを許し、私のことは祖母の部屋に立ち入らせようとしなかった。
「おばあ様は正気を失い、他人を見ると激しく取り乱してしまうのです……。お世話になっているのですから、おばあ様の面倒くらいは私に見させてください」
実際に初めてこの屋敷に訪れた祖母は私のことを「ねぇね」と呼んでいた。部屋の前を通り過ぎれば、「ママ、ママに会いたい」とすすり泣く声も聞こえてきた。典型的なボケによる幼児退行が始まっていたのだ。
父も、いくら忌み嫌っていたとはいえ母親がそんな状態になってしまったことへの衝撃があったのか、それとも純粋に関わりたくなかったのか。アーチェの好きにさせるだけで関与しようとはしなかった。
幸いだったのは、父がアーチェを溺愛する素振りは見せなかったことだろうか。どこか一線を引く姿に思うところがあったのか、アーチェも父に積極的に絡みに行くようなことはしなかった。むしろどちらかというと私に甘えるような態度を見せてくる。
「ミーティアお姉さま。アーチェはお姉さまとずっと一緒にいられたらいいなって思ってるんですよ」
よもや百合展開かと思えばそういうわけでもなく。彼女は子息たちを侍らせて満更でもなさそうにしている。
一方の私は、十六歳にもなればそれなりに縁談も舞い込むものなのに、ことごとく破談になっていた。私が挨拶を交わす前にアーチェが相手を魅了してしまったり、あるいはようやく婚約にこぎつけてもいつの間にかアーチェに籠絡されてしまったり。……うん。ある意味想定内である。
「私はそんなつもりはなかったのに……ごめんなさい、ミーティアお姉さま。でもミーティアお姉さまにはもっと相応しい御方が現れるはずですから……!」
そう涙ながらに語るアーチェ。父は淡々と破談の手続きを進めるだけで、アーチェに対して何もしてくれなかった。
(……踏み台。まさに私は、あの子を引き立てるための悪役令嬢役ってわけね)
それなりの年月を一緒に過ごしても彼女が何を企んでいるのか分からなくて、私はこれといった対処もできないでいた。
そんな状態で家族揃って夜会に参加すれば、嫌が応にも注目を集めるわけで――。
「嫌ですわ、ミーティア様ったら。またアーチェ様を睨みつけていらっしゃる」
睨んでないわよ! 父親譲りで目つきが悪いだけなんだから、勘違いしないでちょうだい!
「なんでも王太子様がアーチェ様を気にかけてらっしゃるそうですよ。姉として、立場が無いと焦ってらっしゃるのではありませんか?」
焦ってないわよ! 別に王族に嫁ぎたいなんて思ってないし、そんな面倒なことはこっちからお断りなんだから!
「アーチェ様のお母様は教養のない踊り子だったそうですわね。それでも結婚を許したお祖母様は、先見の明があったに違いありませんわ」
漏れ聞こえてくる嘲笑に、父も苛々とした様子だ。「お前がもっとしっかりしていれば……」と言わんばかりの目で睨みつけてくる。
私だってパッとしないならパッとしないなりに静かに生きていたかっただけなのに。彼女が社交界で注目を集めるたびに、焦燥感と劣等感で心が掻き乱されるのだ。
「まあ、アーチェ様。また新しい慈善事業を計画されているとか?」
「ええ。ほんの小さな試みですわ。困っている方々を放っておくことなど、私にはできませんもの」
凛とした声でアーチェが答える。
その完璧な礼儀作法、淀みのない言葉選び。十四歳とは思えないあまりにも成熟した所作を前にして、周囲の貴族たちは彼女に惜しみない賞賛を捧げている。
(……くっ、眩しい。眩しすぎて目が潰れそう!)
それに引き換え私はどうだ。
貴族令嬢として最低限の教養をなんとか身に付けはしたものの、魔力適性がまさかの「呪術」だったせいで周囲からも白い目で見られる日々。これではどちらが物語のヒロインでどちらが悪役かなんて、一目瞭然ではないか。
――このままでは、きっと私は彼女の物語の踏み台にされる。
それだけならまだいい。問題はこの世界が何かの物語だったとしたら、私が原作を知らないことだ。
もしも私が、婚約破棄だの横恋慕だのしょうもない理由で断罪される悪役令嬢ポジションだったらどうするのか。
しかも相手も転生者。女神から便利なチート能力でも授かっていた日には、こちらに勝ち目などあるはずもない。
だからって、「あなたも転生者よね?」なんて確認するにはリスクが高すぎる。
思い悩んだ末、私は一つの賭けに出ることにした。
「いいえ。何でもないわ、アーチェ。ただ少し退屈していただけだから」
私は扇で口元を隠し、淑女らしい笑みを貼り付けた。
手の中には、密かに構築した小さな術式。
相手の本音を漏らさせる程度の、ほんの些細な悪戯めいた呪いだ。
彼女が私を陥れる気が無いのなら、私は大人しく彼女の物語の端役として生きることにしよう。
もしも断罪する気満々だったら――。うん、その時は持てるだけのお金を持って逃げよう。
そう決意を固めて挑んだ今日という日。私は「お先に失礼するわね」と、彼女の小さな肩に軽く触れた。
指先から、ほんのりと冷たい魔力がアーチェへと流れ込む。
私が仕込んでいたのは、隠している本音を吐露させる「真実吐き」の呪い。転生者としての化けの皮を剥ぐための、ささやかな牽制のはずだった。
そのはず、だったのに。
「あ……あ、あああああああッ!」
突然、アーチェが喉を掻きむしりながら甲高い悲鳴を上げる。
周囲の貴族たちがぎょっとして足を止め、彼女の肩に触れていた私の指先に焼けるような痛みが走った。
(な、何……!? 術式が、弾かれた?)
いや、違う――!
私の呪術は彼女の体に触れた途端、底なしの沼に飲み込まれるように吸い込まれていって――。
「いや、いやよ! 私の、私の若さが! 私の美しい顔がぁぁぁッ!」
アーチェが顔を覆って蹲る。
指の間から溢れ出したのは桜色の美しい髪ではなく、枯れ木のような白髪。喉からこぼれ落ちるのはしわがれた老婆の声。瑞々しかった肌はみるみるうちに水分を失って、茶褐色の皺に覆われていく。
「な、なんだこれは……!? 」
「アーチェ様が……老いていく!?」
悲鳴が会場に響き渡る。そりゃそうだ。十四歳のはずの少女がものの数秒で腰の曲がった老婆へと姿を変えてしまったのだから。
アーチェが、指の隙間から窪んだ瞳で私を睨みつけてくる。「よこせェ!」という金切り声に、私も小さな悲鳴を漏らした。
「近衛兵! ミーティア・ミスティを拘束せよ!」
鋭い誰かの叫び声とともに、数人の騎士が私を取り囲む。
当然だ。私の指先に触れたアーチェが瞬時に変貌したのをこの場にいた全員が目撃している。主犯はどう見ても私。言い訳をしようにも、喉が震えて声にならない。
私はされるがままに冷たい鉄の枷をはめられ、弁明の間も与えられぬ間に石造りの不気味な地下牢へと引き立てられていった。
*
暗く、湿った空気の漂う独房。藁が敷かれただけの冷たい床に座り込み、私は自分の手を見つめる。
平凡な転生者としてただ穏やかに生きたかっただけなのに。ささやかな嫌がらせのつもりで放った呪術が、まさかこんな大惨事を引き起こすなんて。
(処刑、されるのかな……)
そんな術式を組んだつもりはなかった。でも、結果的に私はアーチェを呪いで老いさらばせてしまったのだ。
『嫉妬に駆られた従姉の凶悪な犯行!』
『才女の奪われた人生! 愚かな女の生い立ちに迫る!』
そんな見出しが躍る新聞を想像してしまい、私は頭を抱える。
打開策も見つけられないまま時間だけが過ぎていく。
数刻が経ったのか、それとも数日か。
鉄格子の向こうから、聞き覚えのある重厚な足音が聞こえてきた。
「ミーティア」
顔を上げると、そこにはひどく疲れ切った顔をした父が立っていた。
「お父様! 私、こんなことになるなんて思わなくて……!」
「落ち着け。事の真相が判明した。……お手柄だ、ミーティア。お前が放った呪いによって、あの娘にかかっていた強固な『呪術』が解けたのだ」
……ん?
強固な呪術??
首を傾げる私に、父は腕を組んで事の顛末を語り始めた。
「あの娘はアーチェではなかった。あれは、私の実の母。……お前にとっての祖母だ」
「……え? あれが……おばあ様?」
「母は呪術でアーチェの寿命を奪い、自らがアーチェだと言いふらしていたのだ。……まさか母だと思っていた女がアーチェだったなんてな……」
「ど、どうしてそんなことに??」
父からその理由を説明されて、あまりの悍ましさに吐き気がこみ上げた。
呪術の素養に恵まれていた祖母は、叔父の死をきっかけにとある禁呪に手を出したのだという。
最初に犠牲になったのはアーチェの母親。彼女から吸い取っただけでは満足できず、祖母は幼いアーチェの寿命までも奪い取ったのだ。
つまり、私が「転生幼女」だと思い込んでいたあの完璧な少女は、嫁を手にかけ、孫娘の人生を食い荒らしながら社交界を闊歩していた祖母だったのだという。
「お、お父様は、実の母親の顔も覚えていなかったのですか?!」
「私は弟が産まれてすぐに本家に養子に出されたのだ。それから顔を合わせることもほとんどなかった。それに祖母と孫なら似ていてもおかしくないだろう」
「それはそうかもしれませんけれど……」
言外に「だから私は悪くない」と言いたげな空気を纏いながら、父は咳払いをした。
「お前の呪術も大したものではなかったようだが……呪術の重ね掛けは不可能。なんらかの相反作用が働いて、結果的にお前があの娘を救ったのだ。……いつから気付いていたのだ? まったく、お前には驚かされるよ」
何やら満足げに微笑む父の手によって、重い独房の扉が開かれる。
違うんですお父様。私はただ、アーチェが転生者に違いないと思い込んで嫌がらせしただけなんです。
救おうだなんて高尚な気持ち、一ミリも持ち合わせていませんでした。
まさかそんなことを言えるわけもなくて。
私は差し出された手を取り、取り繕うように笑うことしかできなかった。
*
馬車に揺られて屋敷に戻ると、家の中には重苦しい静寂が満ちていた。
父に促され、かつて「祖母の部屋」と呼ばれていた離れの寝室へと向かう。
「……アーチェ」
扉を開けると、そこには一人の少女がいた。
桜色の髪に、人目を惹く愛らしい顔立ち。夜会で皆を虜にしていたあの十四歳の姿を思い起こさせるけれど、その瞳にかつての知性はなく、どこか怯えた様子から年齢よりも幼く見える。
彼女はベッドの端に腰かけ、落ち着かない様子で自らの細い指先を弄んでいた。
牢獄に繋がれた祖母がアーチェの寿命を奪った理由は、ひどくくだらなく、そして救いようのないものだった。
気に入らぬ嫁への憎悪。溺愛していた息子の喪失。老いへの恐怖。胡蝶と呼ばれた過去への執着。その果てに、祖母はたった五歳の孫娘から未来を奪ったのだ。
「あ、の……」
アーチェがおずおずと顔を上げた。彼女は震える手で、私の服の裾をぎゅっと掴む。
「ねぇ、ね……?」
その声は才女と称された少女の凛としたものではなく、幼い子供が縋るような、か細い響きだった。
中身は幼女のまま、何も持たずに過酷な世界へ放り出された迷子。
私は胸を締め付けられるような思いで、その華奢な肩を引き寄せて力一杯抱きしめた。
「そうだよ、ねぇねだよ。……大丈夫、今日からあなたの人生を取り戻そう。私が全部、教えてあげるから」
こくこくと何度も頷くアーチェ。父は目を細め、腕を組んだまま大きく頷いた。
「安心しろ。ミスティ家の一員として、お前の保護を約束する」
「お父様は少し黙っていてくださいませ。あと、お顔が怖いのですから後ろに行ってください」
「…………」
アーチェは私たちのやり取りに少し戸惑っていたけれど、それでも、私の体をぎゅっと抱きしめ返してくれた。
実際に彼女の世話を始めてみて、私はその空白の残酷さに言葉を失った。十四歳の体を持っていても、彼女の中身は祖母の呪いを受けた五歳のまま止まっているのだ。
可哀想だと思った。
本当に、心からそう思った。
こんな波瀾万丈で悲惨な半生を送ることになるなんて。
――この子、間違いなく将来何かの物語の「真のヒロイン」になる素質があると、転生者の直感が告げている。
ならば、今のうちに恩を売っておくに越したことはない。
(そうよ。こんな壮絶な過去を背負ってるんだもの。将来とんでもない権力者に見初められるかもしれないし……よし、今のうちにしっかり手なずけておこう)
私は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、私に懐いてくれる妹の話にいつまでも耳を傾けていた。
*
それから、数年の月日が流れた。
アーチェはもともと地頭が良かったのか、かつての「神がかり的な天才」とまではいかずとも、極めて聡明な才女へと育った。社交界に出しても恥ずかしくない、むしろ今や我がミスティ家の誇りと言ってもいい。そんな彼女の周りには引く手あまたの求婚者が列をなしている。
その間に、獄中の祖母は死んだ。
死因は老衰。他人の寿命を奪ってまで執着した命だというのに、その最期は獄中死なのかと思うと世の無常さを痛感する。せめてあの世では自らが手にかけたアーチェの母に土下座して、深く悔い改めてほしいものだ。
一方の私はといえば――いまだに婚約者が見つからないでいた。
「はぁ。あの偽アーチェに私の縁談を片っ端から邪魔されてさえいなければ……とんびヒーローに見初められて、今頃は溺愛されていたはずなのに……」
「お前……」
呆れたような声が落ちてくる。振り返ると、独り言ちて毒づく私の背後に渋面の父が立っていた。
「まだそんなくだらないことを言っているのか。少しはアーチェを見習え。今や王太子の婚約者候補とされているのだぞ」
「私はあの子ほど優秀ではないのですから仕方ないではありませんか。それに今さら酷いですわ。そんなに言うのでしたら、おばあ様が私の縁談を邪魔した時にお父様がきちんと対応してくださっていれば良かったのに」
というか、祖母が私の縁談を邪魔した理由が「そのうち寿命を貰うために手元に置いておきたかった」からだというのだから恐ろしい話だ。まさに吐き気を催すほどの邪悪。溺愛していた叔父が死んで箍が外れたみたいだけれど、野放しにしないでほしかった。
「ふん。あのような偽物に篭絡され、ふらふらと惑わされるような男など最初から我がミスティ家には不要だ。……そういう意味では、あれは虫除けとしては非常に優秀だったと言えるかもしれないな」
無能キャラだと思っていた父が、事も無げに言ってのける。
……この人、もしかして意図的に私の縁談が壊されるのを眺めていたんじゃないでしょうね?
娘の将来を何だと思っているのかと呆れ顔の私をよそに、父はどこか遠くを見るような目で、ぽつりと呟いた。
「あの女の考えは最後まで理解できなかったが……。今になって、一つだけ分かったことがある」
「あらま。それは何ですの?」
「出来の悪い子ほど、可愛いということだ」
「……その出来の悪い娘と結婚してくれそうな方を見つけてきては下さいませんか?」
「今は時期が悪いだろう。……そのうちな」
そう父は嘯いてみせたけれども、当然、"そのうち"が来ることはなく――。
転生したばかりの頃に思い描いていた未来ではなくなっちゃったけれど。
恩を売りすぎて狂信的な「ねぇねっ娘」に育ったアーチェと、デレを隠さなくなった父に囲まれて、こうなったら優雅なニート生活を満喫するしかないと心に誓うのだった。




