工事中です。迂回してください
「(は~あ……今日も残業……。転職しようかな……。でも残業代はちゃんと出るんだよな~。金を取るか健康を取るか……)」
そんな事を考えながら絵里(えり)は疲れきった足取りで家までの道を歩く。いつもの事だ。そして角を曲がろうとした時。
「ん?」
絵里は立ち止まった。道の真ん中に看板があったからだ。
その看板は頭を下げた作業員の上に赤い大きな文字で「工事中です。迂回してください」と書いてあった。街灯に照らされてよく見える。
「朝はこんなの無かったのに……。工事するとも聞いてないし……」
けれど実際看板がある。仕方ないので絵里は早く帰りたいと思いつつ回り道をした。
「……」
別の道を行った絵里だったが、そこにも同じ看板があった。
「(そんな大規模な工事してるの? ならなおさら知らされると思うけど……)」
絵里は疑問に思いながらもまた回り道をする。
しかし……。
「同じ……看板……」
相も変わらず作業員が頭を下げている。絵里は何か薄ら寒いものを感じた。おかしい。何かおかしい。いくらなんでもこんなに通行止めをするものか。春なのに首筋が妙にひんやりする。
絵里は、逃げる様にその場を立ち去る。
だが、その先にも同じ看板。絵里は……恐れを通り越してだんだんイライラしてきた。
残業で疲れているのにいつまで経っても家に帰れない。足が疲れた。早くご飯を食べたい、お風呂に入りたい。
そんな思いを抱え苛立ちながら回り道をする。
やはりというか、同じ看板。絵里はぶちギレた。
「いい加減にしろっ!!」
ヒールで看板を蹴飛ばす。と……。
「痛いっ!」
「……?」
声が聞こえた。聞き違いで無ければ看板から聞こえた様に思える。もう一度看板を蹴ってみた。
「痛いぽこっ!」
「……」
なんだかわからないけど、とりあえず看板を蹴り続けてみた。すると……。
「痛い! 痛い! 痛い! 止めるぽこ~!」
ぽんっという音と煙が出てきて、煙が晴れると……。
「……狸?」
確かに狸がそこにいた。普通の狸と違うところは頭に緑の木の葉を乗せている事だろうか。
「も、もう蹴らないでほしいぽこ……」
狸は身を縮こませる。絵里は呆気に取られた。看板が喋ったと思ったら狸が出てきて……。展開についていけない。
「あなた……何?」
やっと絞り出せた言葉はそれ。狸はしおらしく喋り始める。
「ボクは年月を経て妖怪になった化け狸ぽこ……」
「妖怪……」
にわかには信じがたいが、実際こうして現実にいるのだから信じるしかない。
「も、もうキミにはいたずらしないから見逃してほしいぽこ……」
「はあ……」
絵里が生返事をすると狸は顔を輝かせて礼を言う。
「ありがとうぽこ! じゃあボクはこれで!」
狸はそう告げるとたたたっと去っていった。その場に取り残された絵里は呆然としながら考えた。
「(……定時で帰れる仕事に転職しよ)」
もうこんな事に巻き込まれない様に。絵里は今度こそ帰路に着いた。
「あれ? 朝はこんなの無かったんだけどなぁ」
男は立ち止まる。暗がりに街灯が看板を照らす。そこには頭を下げる作業員の上に赤い大きな文字でこう書いてあった。
「工事中です。迂回してください」




