1 栄枯盛衰、男は失ってみて、はじめて男になる。
栄枯盛衰、男は失ってみて、はじめて男になる。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
8月の真っ昼間。直射日光が照りつける路地裏。アスファルトが真っ白に光って見える。
その中で光を失いぼんやりとくすんだネオン看板の「男のやる気クリニック」の文字。平日昼間の日光に負けながら、薄暗く輝く看板を見つめる男。
人生は一本道。さらに言えば一方通行である。ネオンに引き寄せられるのはいつも人生に迷い、人生を途中下車しようする中年男性である。
ネオンの前に佇む男。男前である。スポーツブランドのTシャツと短パンを着こなしている。体格もよく背筋も伸びていて、見栄えのする男だ。肌も黒く焼けている。スポーツを好んでいるのだろう。パーマがかった黒髪と大型のサングラス。この雑居ビルには不釣り合いな男。
しかし、吸い込まれるように薄汚い階段へと入る。ベニアの壁に覆われた簡素な階段は、薄暗いが蒸し暑く屋外以上に気持ち悪い空気だった。階段をのぼり、廊下を突き当たりまで歩くと左手にドアがある。
ドアを開けて中に入るとそこはキンキンに冷えた異世界だった。
「えらっしゃいませ、エアコンが壊れてて。もし寒くてもよければ勝手にどうぞ」
院内には一人の男の医者が、真夏だが白衣の上からダウンジャケットを着て受付カウンターの中にうずくまっていた。このアザラシのような小太りの医者は、セクシー女優のグラビア雑誌を眺めている。
「ナンバーワンセクシー女優SAEKOが結婚かー。うらやましい話だねーまったく」医者はぼそぼそ何かつぶやいている。
「寒いね。この病院」
「なんだい?うちはあんたみたいなイケオジのくるクリニックじゃないよ。帰ってくれ、運気が下がる」そんな医者の態度でも、男は怒り出すことはなく苦笑いに留まる。
「噂通りのひどいクリニックだ」医者は眉間にしわを寄せる。
「ん?噂通りってことは、もしかしてうちの病院の事だれかに聞いたの?」
男は寒さで腕をさすりながら答える。
「繁華街外れに、中年男性の悩みを何でも解決できるクリニックがあるっていう噂を聞いてね」
「このクリニックは普通の人はたどりつけない狭間にあるからね。玄関を見つけられたってことね」医者は、ブツブツいいながら仕方がないという感じで立ち上がってカウンターについた。
「仕方がない。君の悩みを聞いてやろう」
医者は、カウンターの下からごそごそと何かガラス製の大きな玉のような物を取り出した。
「もしかして水晶玉?本格的だね」男はカウンターに身を乗り出して医者の手元をのぞき込む。
「いや違うよ。ただ寒いからこんなのが似合うかなって。最愛の彼女にプレゼントしようとしてあげられなかったクリスマスのスノードーム。まだ持ってるんだ。もう十年以上もってる」
たしかに水晶玉の中には、丸太小屋とサンタ、それからトナカイとそこに降る雪が見える。
男は苦笑い。「あ〜。たしかに寒いね」
「たぶん今、十五度くらいしか無いと思う」医者はスノードームを優しくなで回しながら、愛しげに見つめる。
「僕の愛は永遠だよ」
「そっか」
男はさすがに、背中がゾクッとした。
「で、何なの?君は何しに来たわけ?」
「ここに来れば、中年男の願いなら、何でも願いが叶うって聞いて」男はカウンターに肘を突いて医者に近寄る。
「叶うよ。基本的にすべての願いは叶う」医者も顔を近づける。カウンターの上で二人はもうぶつかるかというくらいに顔を近づけ合っている。
「どんな願いでも?」
「君が本気で願っている事なら、なんでも結局は叶ってしまう」
男は一度うつむいた。
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