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第23話:目覚めた夫と感動の再会を果たしましたが、呪いが解けても心の声は相変わらず⋯⋯いいえ、以前より音量が上がっていませんか?

「……リリア」


 ギルバートが掠れた声で私の名を呼んだ。

 その瞳は以前のような凍てついた湖ではない。

 春の陽光を浴びて煌めく、穏やかな海のような青色だった。


「……おはようございます、ギルバート様」


 私も微笑んで答えた。

 頬に触れる彼の手は、ポカポカと温かい。

 もう手袋もいらない。魔力暴走による冷気も感じない。

 そこにあるのは愛する人の確かな体温だけだ。


「……よかった……! 本当によかった……!」


「旦那様ぁぁ……奥様ぁぁ……!」


「あぁ⋯⋯! お待ちしておりました!」


 部屋の隅から鼻をすする音が聞こえた。

 見れば徹夜で見守っていた執事や侍医、そして筆頭宮廷魔術師たちが、ハンカチで目元を拭いながら号泣していた。


「奇跡だ……。魂の燃焼が止まり、お二人が生還されるなんて……」


「神のご加護だわ……!」


 私たちは顔を見合わせて少し照れくさそうに笑った。

 ギルバートは上体を起こすと私を宝物のように抱き寄せた。

 人前だというのに躊躇いはない。


「心配をかけたな。……もう、大丈夫だ」


 彼の低い声が私の耳元で優しく響く。

 ああ、本当に戻ってきたんだ。

 長い悪夢のような冬が終わって、私たちの春が始まったのだ。


 ……そう、思っていた。

 この時までは。


 感動の再会も束の間、すぐに宮廷魔術師による診察が始まった。

 ギルバートの体に残る魔力の流れや、魂の状態をチェックするためだ。


「……驚きました」


 魔術師は、水晶玉を覗き込みながら感嘆の声を漏らした。


「公爵様の魂の摩耗が、完全に止まっています。それどころか……」


「それどころか?」


「奥様との間に太い『魂のパス』が形成され、魔力が完全に同期・循環しています。公爵様の強大すぎる魔力が、奥様の魂を経由することで濾過ろかされ、安定しているのです」


 魔術師は興奮気味に説明を続けた。


「いわば、お二人の魂が『二人で一つ』の状態になったことで、器の容量が倍になり、暴走のリスクが消滅したのです。これならもう、感情が高ぶっても周囲を凍らせることはないでしょう」


「まあ……!」


 私は胸の前で手を組んだ。

 私の「魂の口移し」作戦は大成功だったようだ。


 これでギルバートは、普通の人間と同じように生活できる。

 誰かに触れることを恐れる必要も、感情を殺して生きる必要もないのだ。


「ただし……」


 魔術師が少し言い淀んだ。


「ただし、何ですか?」


「魂の繋がりが強固になりすぎたため……なにか副作用があるかもしれません」


「副作用?」


 私が首を傾げた、その瞬間だった。


 キィィィィィィィン……


 耳鳴りのような高周波音が、私の脳内を駆け巡った。

 え、何? またあのノイズ?


 いや、違う。

 ノイズじゃない。もっと鮮明な――。


『リリアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』


 ドォォォォォォォォン!!!!!


「ぐふっ!?」


 私は思わず頭を押さえて呻いた。


 う、うるさい!


 以前の「ノイズ混じりのラジオ」なんて生易しいものじゃない。


 まるで脳内に最新鋭の4K対応・映画館級の巨大スピーカーが埋め込まれたかのような、超・高音質の爆音だ!


『生きてる! リリアが生きてる! 僕の目の前にいる! 可愛い! まつ毛が長い! 肌が桃みたいだ! 吸いたい! 頬ずりしたい! いや食べてしまいたい!!』


『ていうか魂が繋がったってことは、実質「一体化」!? つまり今の僕はリリアであり、リリアは僕!? 僕の血の中にリリアが流れていて、リリアの心臓を僕が動かしている!?』


『最高か!? ここが天国か!? 神よ感謝します! いやリリアこそが神だ! 今すぐ祭壇を作ろう、素材は僕の骨でいいか!?』


(……ちょ、ちょっと待って……たんま⋯⋯ちょっとたんま)


 私はフラフラとめまいを起こしかけた。

 音質がクリアすぎる。


 彼の思考の一つ一つが立体音響サラウンドで脳髄に直接響いてくる。


『あああ愛おしい! 瞬きひとつが芸術だ! 世界遺産に登録申請してくるべきか!? いや、他の男の目に触れさせるわけにはいかない! やっぱり僕の網膜に永久保存して、僕が死んだら眼球を宝石箱に入れて宇宙に打ち上げよう!!』


 (うるさぁぁぁぁぁぁぁい!!!)


 私は心の中で絶叫した。

 魔術師が言っていた「副作用」とはこれか。


 魂の同調率が100%になったせいで、心の声の伝達効率も100%(当社比200%増量)になってしまったのだ!


 ギルバートは心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 その口は閉ざされているが、頭の中は大パニックだ。


『リリア? どうしたんだ? 頭が痛いのか? 顔色が悪いぞ! 僕の魔力が負担になっているのか!? 代われるものなら代わってあげたい! いや、君の頭痛そのものになって僕が消滅すればいいのか!?』


(……いえ、貴方の声がうるさいだけです……)


 私は引きつった笑顔で、そっと額を押さえた。

 どうやら、この「騒音公害」とは一生付き合っていくしかなさそうだ。


 ◇


 診察が終わり、使用人たちも気を利かせて下がっていった。

 広い寝室には私とギルバートの二人きり。


 ギルバートはベッドから降り窓辺に立った。

 朝日が彼の銀髪を照らし、神々しいほどの美貌が際立っている。

 彼は振り返り、真剣な表情で私の方へ歩み寄ってきた。


「……リリア」


 彼は私の手を取り、その場に片膝をついた。

 騎士が姫に忠誠を誓うような、美しい所作。

 その手は温かく、震えはもうない。


「ずっと、言えなくてすまなかった」


 彼の青い瞳が私を真っ直ぐに射抜く。


 かつては想いを口にすれば暴走してしまうと恐れ、言葉を飲み込んでいた彼、でも今は違う。


 呪いは解けた。

 彼はもう自分の言葉で、自分の声で、私に愛を伝えることができるのだ。


「愛している」


 深く、重みのある声だった。


「私の命が尽きるその時まで……いや、尽きた後も、魂が在る限り。……私は、君だけを愛し続ける」


 完璧な告白だった。

 涙が出そうになるほど誠実で情熱的な言葉。

 部屋の空気も彼の魔力に呼応して祝福するようにキラキラと輝いている。


 ……ただし。

 副音声(心の声)さえなければ。


『言えたああああああああああああああああ!!!!』


 ドッガァァァァァァァァン!!!!!(脳内花火)


『言えた! 言ったぞ僕! 噛まなかった! 声裏返らなかった! 今の僕、最高にカッコよかったんじゃないか!? 歴史に残る名シーンだったんじゃないか!?』


『見て! リリアが顔を赤らめてる! 恥じらってる! 可愛い! 無理! 尊い! その表情を版画にして国中の全世帯に配布したい! いやダメだ独り占めだ! 僕だけのものだ!』


『ああもう、好きすぎて心臓が痛い! 抱きしめたい! キスしたい! その先もしたい! ていうか今夜はもう寝かせない! 朝まで愛を囁き続けるコースだ覚悟しろおおおおおお!!!』


(……ふふっ)


 あまりの落差に私は涙を引っ込めて吹き出してしまった。


 相変わらずだ。呪いが解けても冷え切った体が温まっても、この人の本質――愛が重すぎて暴走しがちな「限界オタク」な部分は、何一つ変わっていない。


 でも、それが愛おしい。

 この騒がしい本音こそが彼の真実の愛なのだから。


「……リリア?」


 私が笑い出したので、ギルバートがキョトンとしている。

 私は彼の手を引き立たせた。


 そして彼の首に腕を回し、背伸びをして微笑んだ。


「ええ、覚悟しておきますわ、ギルバート様」


「え?」


「だって私たち、もう『一心同体』なんですものね? ……貴方の考えていることくらい、全部お見通しですわ」


 私がイタズラっぽくウィンクすると、ギルバートは一瞬ポカンとし――次の瞬間、顔を真っ赤にして沸騰した。


「そ、そうか……。聞こえて……」


『バレてる!? 「今夜は寝かせない」とか全部聞こえてた!? 恥ずかしい! 穴があったら入りたい! でもリリアが「覚悟しておきます」って言った! つまりOKってこと!? ヤッターーーーーーー!!!』


 ブーッ!!(鼻血の音)


「ぎ、ギルバート様!?」


 彼は喜びのあまり本当に鼻血を出して倒れそうになった。

 私は慌てて彼を支える。


 以前のような死にそうな冷たさはない。体温が高すぎてオーバーヒートしているだけだ。


「やれやれ……。この騒がしい幸せは、一生続きそうね」


 私は呆れつつもハンカチで彼の鼻血を拭ってあげた。

 ギルバートは情けない顔をしながらも、世界で一番幸せそうに笑っている。


 窓の外にはどこまでも澄み渡った青空が広がっていた。

 私たちの未来を祝福するかのような、雲ひとつない快晴だった。

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