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第18話:裁判で従兄弟が「公爵は狂っている!」と訴えましたが、私が証拠を叩きつけたら夫が『僕の妻が優秀すぎて尊い』と法廷で惚気始めました

 数日後、王城にある「審問の間」は重苦しい静寂と異様な熱気に包まれていた。


 高い天井まで届くステンドグラスから差し込む光が、大理石の床を照らし出している。


 中央の玉座にはこの国の国王陛下が鎮座し、その周囲を宰相や高位貴族たちが取り囲んでいた。


 その視線の先にいるのは鎖に繋がれた一人の男――元・ラウル子爵。


 彼はやつれた顔で跪かされているが、その瞳にはまだギラギラとした野心と、諦めきれない執念が宿っていた。


「陛下! 私は無実です!」


 ラウルが叫んだ。

 その声はよく通り、悲劇の被害者を演じ切っていた。


「全ては我が従兄弟、ギルバート公爵の狂乱による被害なのです! 先日の騒ぎも彼が街中で突然魔力を暴走させ、私を殺そうとしたのが原因です!」


 会場がざわつく。

 先日の「王都一時的氷河期事件」は多くの目撃者がいる。ギルバートが強大な魔力を振るい、天候を変えてしまったことは否定しようのない事実だ。


「私は彼を止めようとしただけなのです! 狂っているのは彼だ! あんな危険な化け物を野放しにしておけば、いずれ王都ごと凍らされてしまいますぞ!」


 ラウルは涙ながらに訴えた。

 その演技力は大したものだ。事情を知らない貴族たちの中には「確かに氷の公爵は恐ろしい」「ラウル殿の言うことにも一理ある」と頷く者もいる。


 私は証言台の脇で、冷ややかな目でその様子を眺めていた。


 (⋯⋯往生際が悪いわね)


 まだ自分が助かる道があると思っているのだろうか。ギルバートを悪者に仕立て上げ、自分は「可哀想な被害者」として同情を買う作戦か。


 隣に立つギルバートを見上げる。


 彼は漆黒の正装に身を包み、氷像のようにピクリとも動かずに立っていた。


 その表情は完全なる無。ラウルの喚き声など路傍の石ころの音程度にしか感じていないような冷徹さだ。


 しかし、私の頭の中に響いてくる彼の「心の声」は、予想外の方向に平和ボケしていた。


『⋯⋯退屈だ。早く終わらないかな。リリアのドレス姿、今日も可愛いな。うなじのラインが至高だ。帰ったら膝枕してもらおう。いや、僕が膝枕をしてあげるべきか? リリアの頭の重みを感じながら太ももの筋肉を硬直させるトレーニング⋯⋯アリだな』


(⋯⋯緊張感ゼロか!)


 私は心の中でツッコミを入れた。

 どうやら先日のキス以来、彼のメンタルは鋼⋯⋯いや、オリハルコン並みに強化されたらしい。


「静粛に!」


 裁判官が木槌を叩いた。

 ざわめきが収まると、裁判官はギルバートに向き直った。


「ギルバート・フォン・アイゼンシュタイン公爵。被告人の主張に対し、反論はあるか?」


 ギルバートが一歩進み出た。

 その動作だけで場の空気が一気に張り詰め威圧感が漂う。


「⋯⋯反論など必要ありません」


 低く、よく通る声。


「私は妻を守るために力を行使したまでです。彼が私の妻を害そうとした。だから排除した。⋯⋯それだけのこと」


『本当はあの場でミンチにしてカラスの餌にしたかったけど、リリアのキスのおかげで理性を取り戻したからね! 今の僕は賢者モードだ。ラウルの戯言ていど遠くで鳴いている小鳥のさえずりにしか聞こえないよ』


 ギルバートの心は凪のように静かだった。

 しかし、それが逆にラウルの神経を逆撫でしたらしい。


「嘘だ! お前は昔から感情制御ができない欠陥品じゃないか!」


 ラウルが鎖をジャラジャラと鳴らして叫んだ。


「十歳の時の暴走! 十五歳の社交界での凍結事件! お前は気に入らないことがあるとすぐに周りを凍らせる! 今回だって私の忠告に逆上して襲いかかってきたんじゃないか! 陛下、騙されてはいけません! この男は正気じゃない!」


 ラウルは必死に過去の事例を持ち出した。

 ギルバートの「悪評」を利用して、陪審員たちの恐怖心を煽ろうとしているのだ。


 実際、貴族たちの中には不安げな顔をする者も多い。「火のない所に煙は立たない」と言うし、ギルバートの魔力が強すぎるのは事実だからだ。


 ギルバートが小さく眉をひそめた。


『⋯⋯うるさいな。過去の古傷をペラペラと。⋯⋯確かに僕は不完全だったかもしれない。でも今は違う。僕にはリリアがいる。リリアという絶対的な「熱源」がある限り、僕はもう二度と暴走なんてしない』


 彼の横顔に揺るぎない自信が浮かんでいた。

 もう、ラウルの言葉ごときで傷つく彼ではない。


「⋯⋯議論が平行線だな」


 国王陛下が顎を撫でた。


 このままでは決定的な証拠がない限り、ラウルの罪を問うのは難しいかもしれない――という空気が流れ始めた。


 今だ。

 私の出番ね。


「発言をお許しください、陛下」


 私は一歩前に進み出た。

 会場中の視線が集まる。

 「お飾り」だと思われていた公爵夫人が、何を言い出すのかと。


「公爵夫人、リリアです。⋯⋯夫の無実とラウル子爵の大罪を証明する証拠を持参いたしました」


「証拠だと?」


 ラウルが鼻で笑った。


「ハッ、何を出してくる気だ? どうせデッチ上げの⋯⋯」


「こちらです」


 私は合図を送った。

 控えていた従者たちが、ワゴンを押して入ってくる。


 その上には山のように積まれた書類の束と、いくつかの木箱が載っていた。


 ドンッ!


 私は一番上の分厚い帳簿を手に取り、証言台の上に叩きつけた。


「これはラウル子爵が裏で経営に関わっていた配送ギルドから押収した『裏帳簿』です」


 私はページを開き、国王陛下に見えるように掲げた。


「ここには公爵家の資産が不正に横領され、ラウル子爵の隠し口座や闇市場へ流された記録が詳細に記されています」


 会場がどよめいた。


「総額およそ三十億ゴールド。⋯⋯公爵領の年間予算に匹敵する金額です」


「さ、三十億!?」


「なんと⋯⋯!」


「な、な⋯⋯!?」


 ラウルの顔から血の気が引いた。


「さらに」


 私は攻撃の手を緩めない。次は木箱を開けた。

 中には封を切られていない手紙がぎっしりと詰まっていた。


「ここにあるのは過去一年間にわたり公爵様から私へ、そして私から公爵様へと送られたはずの『信書』です。⋯⋯その数、合計千通以上」


 私は冷ややかにラウルを見下ろした。


「これらは全て宛先に届くことなく、ラウル子爵の屋敷の隠し倉庫から発見されました。⋯⋯彼は配送ギルドを買収し、私たちの手紙を組織的に盗んでいたのです」


 ざわめきが大きくなる。

 信書の窃盗は重罪だ。しかも貴族間の、それも公爵家の通信を妨害するなど国家反逆罪に問われてもおかしくない。


「彼は意図的に情報を遮断し、公爵夫妻を不仲に見せかけ、ギルバート様を精神的に孤立させる計画を立てていました。⋯⋯すべては公爵家を乗っ取るために」


 私はラウルの目の前に彼がギルドマスターに送った指示書(署名入り)を突きつけた。


「これが動かぬ証拠です。⋯⋯まだ、言い逃れをなさいますか? ラウル様」


「あ⋯⋯あ、あ⋯⋯」


 ラウルはパクパクと口を開閉させた。

 脂汗が滝のように流れ落ち、膝がガクガクと震えている。

 言い逃れようがない。あまりにも完璧な証拠だ。


「な、なぜ⋯⋯なぜそれを⋯⋯!? あの隠し倉庫は完璧に隠蔽していたはずだ! お前ごときに嗅ぎつけられるはずが⋯⋯!」


 彼は信じられないという顔で私を見た。

 そうね。前世の私なら気づけなかったでしょう。


 私の「お金への執着」を甘く見たこと。

 逃亡資金のために帳簿の隅々までチェックする「悪徳妻」の目を侮ったことが敗因よ。


「勝負ありだな」


 国王陛下が静かに告げた。

 もはや誰もラウルを擁護する者はいない。彼の罪は明白だった。


 ギルバートがゆっくりとラウルに近づいた。

 彼は冷徹な瞳で、地面にへたり込んだ従兄弟を見下ろした。


「⋯⋯金の横領や私への嫌がらせだけなら、まだ情状酌量の余地もあったかもしれん」


 ギルバートの声は氷のように冷たく、重かった。


「だが、貴様は私の妻を『お飾り』と呼び、彼女の心を傷つけた。⋯⋯そして何より、私から彼女への愛の手紙ポエムを盗み見た」


(⋯⋯そこは黙っててほしかったけど)


「万死に値するが⋯⋯ここで私が手を下せば、リリアが悲しむ。⋯⋯法に従い、裁きを受け入れろ」


 完璧な公爵としての振る舞い。

 しかし、その内面はデレデレのお祭り状態だった。


『リリア⋯⋯! なんて凛々しいんだ! かっこいい! あの書類の束でラウルの顔を叩いてやりたいくらいだ! 好きだ! 最高だ! 僕の妻が優秀すぎて尊い!』


 彼の心の中では、私への賛美歌が流れている。


『僕がラウルの嘘に反論する手間さえ省いてくれた。彼女は僕の剣であり盾だ。⋯⋯ああ、裁判が終わったらまたキスしてくれないかな!? 今度はもっと長く! 舌を入れてもいいか!? いやまだ早いか!? でも我慢できない!!』


(⋯⋯思考が暴走してるわよ、あなた⋯⋯)


 ギルバートの顔は無表情のままだが、耳の先が真っ赤になっているのを私は見逃さなかった。


「判決を言い渡す!」


 裁判官の声が響き渡った。


「元・ラウル子爵。其の方の爵位を剥奪し、全財産を没収する。さらに国家への反逆と巨額横領の罪により⋯⋯」


 一拍置いて、残酷な宣告が下された。


「北の最果てにある『凍てつきの鉱山』にて、懲役六十年の強制労働に処す!」


「北⋯⋯!? 鉱山だと!?」


 ラウルが絶叫した。

 そこはこの国で最も寒く過酷な場所だ。


 一年中吹雪が吹き荒れ、一度入れば二度と生きては出られないと言われる、生きた地獄。


 そう、前世で私が送られた「北の別邸」よりもさらに北。

 私が味わった寒さと孤独を今度は彼が一生かけて味わうことになるのだ。


「嫌だ! 嫌だあああ! 寒いのは嫌だ! 私は子爵だぞ! こんな扱い許されるか! ギルバート、助けてくれ! リリア、慈悲を!」


 ラウルは泣き叫びながら、衛兵たちに引きずられていった。

 その無様な姿に同情する者は誰もいなかった。

 彼が消えた後、法廷には静寂が戻った。


 ギルバートがそっと私の手を取った。

 その手は温かかった。


「⋯⋯終わったな」


「ええ、終わりましたわ」


 私は彼を見上げて微笑んだ。

 これで私の前世の因縁は完全に断ち切られた。


 ラウルは消え、横領された資産(の一部)も戻ってくるだろう。私の報奨金も増えるはずだ。


『リリアの手、柔らかい⋯⋯。早く帰りたい。帰ってイチャイチャしたい。あ、その前に押収した手紙を取り返して焼却しないと。ポエムが公開されたら僕が社会的に死ぬ』


 ギルバートの平和すぎる悩みに、私は思わず吹き出しそうになった。 

 こうして泥沼の裁判劇は悪党の無様な退場と私たちの勝利によって幕を閉じたのだった。

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