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第16話:証拠を掴むために配送ギルドへ行ったら、ラウルが本性を現して誘拐しようとしてきました。駆けつけた夫が『僕の女神に触れるな』とブチ切れて、王都の天候が変わりました

 王都の商業区、その一角にある「王都配送ギルド」の倉庫街。

 人通りも少なくなり始めた夕暮れ時、私は数名の護衛だけを連れて、ギルドの事務所を訪れていた。


(⋯⋯怖くない、怖くないわ)


 私はドレスの裾を強く握りしめた。

 これは賭けだ。

 ラウルの悪事を暴き、合法的に彼を失脚させるための危険な囮作戦。


 ギルバートには「絶対に後から来てください。私が呼ぶまでは、気配を消して隠れていて」と厳命してある。


 彼が最初から一緒にいたら、ラウルも警戒して姿を現さないだろうし、ギルドマスターも恐怖で失神してしまい、口を割らせるどころではなくなってしまう。


 私が「無防備な状態」で証拠を掴む瞬間にこそ勝機がある。


「⋯⋯公爵夫人、何の御用でしょうか」


 奥の応接室に通された私を前に、ギルドマスターは額に脂汗を浮かべていた。


 小太りの男は私の背後に控える護衛の騎士たちをチラチラと見て、明らかに挙動不審だ。


「単刀直入に伺います」


 私はテーブルの上に一枚の書類を叩きつけた。

 それは先日屋敷で押収した横領の記録の一部だった。


「我が家から発送された手紙、および我が家宛ての荷物。⋯⋯これらが正規のルートを通らず、別の場所へ運ばれていた形跡があります」


 私は彼を射抜くように見据えた。


「ラウル子爵の指示ですね?」


「ひっ⋯⋯!」


「正直に話せば公爵家として減刑を嘆願します。でも、もし隠し立てするなら⋯⋯私の夫が直接、あなたから『氷漬けの自白』を聞き出すことになりますが」


 脅し文句の効果は絶大だった。


 ギルバートの悪名は伊達ではない。ギルドマスターは顔面蒼白になり、震える手で金庫を開けた。


「こ、これです⋯⋯。これが『裏帳簿』です⋯⋯!」


 差し出された分厚い帳簿。

 私は震える手でそれを開いた。


 そこには膨大な数の記録が残されていた。


 ギルバートから私への手紙――日付は婚約期間中の毎日。

 私からギルバートへの手紙。

 誕生日の贈り物。記念日の花束。


 そして――。


「⋯⋯北の別邸への保存用支援物資、廃棄処分」


 その一行を見つけた瞬間、私の視界が怒りで赤く染まった。

 前世のあの日々――寒さと飢えに震え「夫に見捨てられた」と絶望して死んだ私。


 その原因は夫の冷酷さではなかった。

 十分な物資は送られていたのだ。それをこのギルドがラウルの指示ですべて闇に葬っていたのだ。


(⋯⋯これで私の前世の死因が確定したわ)


 私は唇を噛み締めた。


(殺人犯はラウル。あなたよ)


 決定的な証拠を手に入れた。

 これでラウルを追い詰めることができる。

 そう確信した、その時だった。


 パチ、パチ、パチ。


 乾いた拍手の音が、部屋の入り口から響いた。


「素晴らしい。⋯⋯まさかリリア、君がそこまで聡明だとは思わなかったよ」


 現れたのはラウル子爵だった。

 彼は十数名の私兵を引き連れ、優雅な笑みを浮かべて部屋に入ってきた。


 その目は獲物を追い詰めた猛獣のようにギラギラと輝いている。


「ラウル様⋯⋯」


「呪われた公爵のためにそこまでするなんて、健気だね。⋯⋯でも、残念だ」


 ラウルが合図をすると私兵たちが一斉に抜刀し、私の護衛たちを取り囲んだ。


 多勢に無勢⋯⋯護衛たちが剣を構えるが分が悪い。


「その帳簿を持っていかれると困るんだよ。僕の『公爵家乗っ取り計画』が台無しになってしまう」


 ラウルは悪びれもせず、ペラペラと語り始めた。

 自分が勝利したと確信している犯人の典型的なムーブだ。


「あの化け物はもうすぐ終わりだ。長年の精神的負荷で、魔力暴走寸前まで追い込んである。あとは君を使って最後の一押しをすれば、奴は自滅する」


 彼は私の顎に手を伸ばし、舐め回すような視線を送った。


「あいつが処刑されたら僕が次の公爵になる。⋯⋯そうしたら、君を僕の妻に迎えてあげるよ」


「⋯⋯お断りします」


「拒否権はないさ。君はただの飾り物として、僕の横で微笑んでいればいいんだ」


 彼はニヤリと笑った。


「いや⋯⋯君にはそうだな、北の別邸にでも押し込めて誰にも知られず飼い殺されるのがお似合いかな? それでも化け物の屋敷よりマシだろう」


 ゾクリとした。

 彼は「前世」とは言わなかったが、私のトラウマを的確に刺激してきた。


 こいつは相手がどうすれば一番傷つくか、どうすれば壊れるか、自然と理解しているようだった。


「諦めなよ、リリア。ギルバートは君を愛してなんかいない。君はただの『お飾り』なんだから」


 しかしその言葉には怒りを通り越して、呆れてしまった。

 この男は何もわかっていない。

 ギルバートの不器用さも、その奥にある深すぎる愛情も。


 私はラウルの手をバシッと払いのけた。


「お飾り? ⋯⋯ふざけないでください」


 私は帳簿を胸に抱き、彼を睨みつけた。


「あの人は確かに不器用です。言葉足らずで、誤解されやすくて、無表情で⋯⋯」


 そして何より、心の中がうるさい。

 妄想が激しいしすぐパニックになるし私のことを神格化しすぎる変態だ。


「でも! 彼は私を愛してくれています! 不器用なりに必死に私を守ろうとしてくれています!」


 私の脳裏に湯気を上げて照れる夫の顔が浮かんだ。

 冷たい手で不器用に私の手を温めようとしてくれた彼の姿が。


「私は彼を信じています。貴方なんかの言葉には、もう二度と惑わされません!」


 私の言葉にラウルは一瞬キョトンとし、すぐに腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、あはははは! 傑作だ! 完全に洗脳されているな! あの氷の化け物を愛しているだって? イかれてる!」


 彼の目が冷酷な光を帯びた。


「可哀想に。⋯⋯狂った女は再教育が必要だな。連れて行け」


 ラウルの号令と共に私兵たちが私に向かって手を伸ばした。

 護衛たちが必死に抵抗するが数で押し切られる。

 男の汚い手が私の腕を掴もうとした――その瞬間。


「今よ、ギルバート様!!」


 私が叫んだ。


 ドガァァァァァァァァァン!!!!!


 爆音が轟いた。

 入り口のドアではない。

 部屋の「壁」そのものが、内側から爆発したかのように粉砕されたのだ。


 舞い上がる粉塵、飛び散る瓦礫。

 そしてその白煙の中から銀色の髪をなびかせた「魔王」が姿を現した。


 ギルバート・フォン・アイゼンシュタイン。

 彼がそこに立っていた。


 しかし、その表情はいつもの「無表情」ではなかった。

 完全なる「無」――感情の揺らぎすら凍りついた、極限の殺意だけがそこに在った。


「⋯⋯ギ、ギルバート⋯⋯!?」


 ラウルが裏返った声を上げた。


 ギルバートは一歩、また一歩と部屋に入ってくる。


 彼が足を踏み出すたびに、床の木材が悲鳴を上げて凍結し、部屋中の水分が氷の結晶へと変わっていく。


 私兵たちが恐怖で動けない中、ギルバートの青い瞳だけが、怪しく光っていた。


「⋯⋯ラウル」


 言葉ではない。

 それは死の宣告だった。


「貴様、死にたいようだな」


 口から出る言葉は静かだ。

 しかし、私の頭の中に響いてきた彼の「心の声」は、かつてないほどの怒りで荒れ狂っていた。


『よくも触れたな。その汚い手で』


 ゴゴゴゴゴ⋯⋯と、大気が震える。


『リリアは僕の魂だ。僕の女神だ。僕の命だ。⋯⋯貴様ごときが、触れていい存在ではない』


 もはや「デレ」はない。

 あるのは、愛するものを傷つけようとした敵に対する、容赦のない殲滅せんめつの意志のみ。


『後悔する時間も与えない。細胞の一つ一つまで凍らせて、神経を焼き切り、永遠の苦しみを与えてやる。地獄の底で、リリアに手を出したことを悔いながら砕け散れ!!』


 ギルバートが手をかざすと、無数の氷の槍が空中に具現化した。

 その切っ先はすべて、ラウルと私兵たちに向けられている。


「ひっ⋯⋯!?」


 ラウルが後ずさった。

 彼の顔から余裕が消え失せ、初めて「恐怖」の色が浮かんだ。


 これまで「手を出せない」と高をくくっていたギルバートが、リリアのためなら躊躇なく自分を殺しに来ていることを悟ったのだ。


「ま、待て! 僕は子爵だぞ! こんなことをしてタダで済むと⋯⋯」


「黙れ」


 ギルバートが一喝した。

 その瞬間、ラウルの足元が凍りつき彼をその場に縫い止めた。


「私の妻を『お飾り』と呼んだな。⋯⋯その口、二度と開けぬようにしてやる」


 ドォォォォォン⋯⋯!


 ギルバートの体から、膨大な魔力が解放された。

 屋根が吹き飛び、夕暮れの空が露わになる。

 しかし、そこにあったのは茜色の空ではなかった。


 いつの間にか王都の上空に分厚い暗雲が立ち込め、太陽を覆い隠していたのだ。

 

 そして――ハラリ、ハラリ。


 白いものが落ちてきた。

 雪だ⋯⋯王都に雪が降り始めたのだ。


「な⋯⋯雪⋯⋯!?」


「馬鹿な、さっきまで晴れていたぞ!?」


 街の人々の悲鳴が聞こえる。

 ギルバートの怒りは局地的な気象すら書き換えてしまったのだ。


『許さない。許さない許さない許さない。リリアを泣かせた。リリアを奪おうとした。リリアの過去を冒涜した。⋯⋯世界を凍らせてでも、貴様だけは絶対に消去する』


 ギルバートの瞳が蒼く発光する。

 それはまさに「氷の魔神」の顕現だった。


(ちょっと待った! ⋯⋯やりすぎよ、あなた!)


 私は吹きすさぶ吹雪の中でスカートを押さえながら思った。

 これはもう親族喧嘩の加勢とかいうレベルではない。


 天災だ。

 このままでは王都が氷河期になってしまう。


 けれど不思議と怖くはなかった。

 彼の怒りのすべてが「私への愛」から来ていることを知っているから。


 私は一歩前に出た。

 暴走する魔王を止めることができるのは、世界でたった一人。

 この「お飾り」の妻だけなのだから。


「ギルバート様! そこまでになさってください!」

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