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第15話:帰りの馬車で「なぜ婚約中に手紙をくれなかったの?」と聞いたら、夫が『毎日書いた! 鳩も飛ばした! 全部撃ち落とされた!』と供述し、全ての黒幕がラウルだと確定しました

 灼熱のワルツと勝利宣言によって幕を閉じた夜会。

 私たちは今、帰路につく馬車の中にいた。


 ガタゴトと車輪が石畳を叩く音が静かな車内に響いている。

 行きは「要塞馬車」だったが帰りは護衛を少し減らし、窓から外がよく見える普通の(といっても最高級の)馬車だ。


「⋯⋯暑い」


 私はハンカチで首元の汗を拭った。

 隣に座るギルバートは、まだポカポカ――いや、カンカンに熱い。


 夜会での興奮と私への愛が臨界点を突破したままで、人間暖房器具として絶賛稼働中である。


「すまない、リリア。⋯⋯まだ制御が効かないようだ」


 ギルバートは申し訳なさそうに言ったが、その顔は緩みっぱなしだ。

 しかし、私の心には先ほどのラウルとの対峙で感じた違和感が棘のように刺さっていた。


「ギルバート様」


「なんだ?」


『どうしたんだいリリア! あっ喉が渇いたのかな? それとも氷を出そうか? 今すぐにでも北極へ行って巨大な氷を砕いてかき氷にしなくちゃ!』


(いちいち、スケールが大きい⋯⋯)


 彼はすぐに私の世話を焼こうとする。

 私は首を横に振り、真剣な眼差しで彼を見つめた。


「ラウル様のことです」


「⋯⋯ッ」


 その名を出した瞬間、ギルバートの体温がスッと下がった。

 先ほどまでの常夏のような熱気が消え、車内に冷たい緊張感が漂う。


「ギルバート様は昔からラウル様と仲が悪かったのですか? ⋯⋯ただ『私を奪おうとしたから』という理由だけではないような気がして」


 夜会でのラウルへの反応⋯⋯それから漏れ聞こえる声。それは単なる恋敵への嫉妬を超えた根深い憎悪と警戒心に思えた。簡単に触れられる内容じゃなさそうだと黙っていたが、聞くなら今しかない。


 ギルバートはしばし沈黙し、窓の外へ視線をやった。


「⋯⋯あいつは、昔からそうだ」


 低く、押し殺したような声。


「表面上は人当たりの良い好青年を演じているが。⋯⋯裏では常に私の足を引っ張り、評判を落とすような真似ばかりしていた」


『十歳の時だ。僕が感情を抑えきれず魔力暴走を起こして部屋を凍らせた時、あいつは部下に命じてわざと窓を開け放って冷気を外に漏らした。そのせいで通りかかった使用人が凍傷になり、僕は「危険な子供」として隔離されることになった』


 心の声が苦々しい記憶を語り始める。


『十五歳の社交界デビューの日。僕の飲み物に興奮剤を混ぜたのもあいつだ。おかげで僕は会場の噴水を凍らせ「氷の化け物」という二つ名を決定的なものにした』


(⋯⋯なんて陰湿な)


 私は眉をひそめた。

 ギルバートが「冷酷な化け物」として孤立した背景には、ラウルの悪意ある演出があったのだ。


「なら、なぜもっと早く彼を告発しなかったのですか? 貴方の力なら⋯⋯」


「証拠がない」


 ギルバートは首を横に振った。


「あいつは自分の手は汚さない。常に誰かをそそのかし、事故に見せかける。⋯⋯それに」


『僕が直接手を下せばそれこそ思う壺だ。強大な魔力を持つ僕が人当たりの良いラウルを攻撃すればどうなる? 僕は「頭のおかしい加害者」になり、あいつは「可哀想な被害者」になる。世論はあいつに味方し、僕は公爵位を剥奪されるだろう』


 彼は拳を握りしめた。


『公爵家を守るためには耐えるしかなかった。合法的な手段で尻尾を掴むまでは、あいつを野放しにするしかなかったんだ⋯⋯!』


 彼の苦悩が痛いほど伝わってくる。


 強すぎる力を持つがゆえに彼は「正義」の側には立てず、常に「怪物」として監視される立場だったのだ。ラウルはそれを知っていて彼を精神的に追い詰めていた。


 ラウルの本性はわかった。

 だが私にはまだ一つ、どうしても確認しなければならないことがあった。


「では、ギルバート様。⋯⋯私たちの婚約期間中のことです」


 私は彼に向き直った。


「どうして、一度もお手紙をくださらなかったのですか?」


 政略結婚とはいえ婚約期間は一年あった。

 その間、私は彼から一通の手紙も贈り物も受け取っていない。


 前世の私は、それを「私に関心がないからだ」と思っていた。ラウルも以前「彼は君のことなんてどうでもいいんだよ」「ただの虫除けとしか思っていない」と言っていた。


 ギルバートが驚いたように目を見開いた。


「手紙⋯⋯だと?」


 彼は困惑したように瞬きをした。


「何を言っている。私は書いたぞ」


「え?」


「毎日だ。朝と晩、一日二通」


『⋯⋯いや、多い時は五通くらい⋯⋯十通だったかもしれない。でもそれはリリアが可愛いから仕方がないことなんだ。書いても書いてもリリアへの溢れ出る想いは尽きない! ああ、今すぐにでも返ってリリアにお手紙を書かなければ!』


 ⋯⋯はい?


 私は耳を疑った(心の声は無視する)

 一日二通? 一年間で七百通以上?


「だが⋯⋯一度も返事は来なかった」


 ギルバートは悲しげに目を伏せた。


『それどころかリリアの従者を通じて「迷惑だから送りつけてくるな」「字を見るのも不快だ」って言われたんだ。ラウルが君とよく会っているのは知っていたから、きっと僕の悪口を吹き込んだせいだって⋯⋯』


「⋯⋯だから私はお前に嫌われているのだと思っていた」


(なるほど⋯⋯洗脳がどうとか言ってたのはそのことだったのね)


『辛かった! 死ぬほど辛かった! 「今日の月は綺麗ですね、君の瞳のようだ」って書いたのに! 「道端に咲くスミレを見つけました、君に捧げたい」って押し花も入れたのに! 全部「キモい」って一蹴されたんだ!』


(⋯⋯内容はさておき、本当に送っていたのね)


「私はそれでも送った。郵便事故の可能性も考慮して、途中から伝書鳩も飛ばした」


「は、鳩?」


「ああ、訓練された白い鳩だ。私の謝罪と想いを乗せてお前の実家へ⋯⋯」


『でも、鳩も帰ってこなかった! 後で調べたら、あいつの私兵に撃ち落とされて焼き鳥にされていたんだ! 僕の純愛が! 鳩ごと炭火焼きにされたんだ!!』


 私は絶句した。

 焼き鳥。

 いや、笑い事ではない。


「それでも⋯⋯私は諦めきれなかった。嫌われてもいい。冷たい態度を取られてもいい。どうしても、リリアと結婚したかったんだ⋯⋯」


 彼は震える声で言った。

 その言葉に嘘はない。心の声も当時の絶望と執着を叫んでいる。


『嫌われたって構わなかった! 僕のそばに置いておけるなら、愛のない関係でもいいと思った! 他の誰かに取られるなんて我慢できない、だから無理やり結婚を強行したんだ!』


 全ての点と点が繋がった。

 パズルのピースが埋まるように、残酷な真実が浮かび上がってくる。


(やっぱり⋯⋯)


 私は拳を握りしめた。

 手紙も。贈り物も。

 そしておそらく前世で私が北の別邸で餓死寸前、病死寸前だった時に送られてくるはずだった支援物資も人員も。


 全部、ラウルが途中で握りつぶしていたのだ。


(ギルバート様は「嫌われている」と思い込まされ、私は「愛されていない」と思い込まされた。⋯⋯典型的な分断工作だわ)


 ラウルの狙いは明白――ギルバートを精神的に孤立させること。


 愛する妻(私)からも拒絶されたと思わせ、絶望させ、魔力を暴走させること。


 そして彼が「制御不能な化け物」として処刑された後、公爵家の地位と財産を乗っ取ること。


(前世の私は、その計画の巻き添えで死んだんだわ)


 ラウルにとって私はギルバートを追い詰めるための「道具」でしかなかった。


 「可哀想なリリア」を演出し、ギルバートの非道さを際立たせるための生贄。


 だから彼は私に優しくしつつも、決して助けようとはしなかったのだ。


 怒りがフツフツと湧き上がってきた。

 前世の私の孤独と絶望。

 ギルバートの長年の苦しみ。

 それら全てを嘲笑うかのように、ラウルは裏で糸を引いていたのだ。


「⋯⋯許せない」


 私は小さく呟いた。


「リリア?」


「ギルバート様」


 私は顔を上げ彼の目を見た。

 もう迷いはない。私たちは二人とも被害者だったのだ。

 そして今は共犯者になる時だ。


「ギルバート様。⋯⋯私、貴方からの手紙なんて、一通も読んでいません」


 私ははっきりと告げた。


「『迷惑だ』なんて伝言も、一度も頼んでいません。実家には、貴方からの手紙は一通も届いていなかったのですから」


「⋯⋯なんだと?」


 ギルバートが固まった。

 状況を理解するのに、数秒かかったようだった。


「届いていない? ⋯⋯では、私の手紙はどこへ行った?」


「決まっていますわ。⋯⋯犯人はラウルです。彼が公爵家に息のかかった者を置いて全て盗んでいたのです」


 私は断言した。


「彼は私たちを仲違いさせるために手紙を処分し、嘘の伝言を伝えていた⋯⋯。ギルバート様の送った鳩も彼の手の者に撃ち落とされたのでしょう」


 シン⋯⋯と車内の空気が凍りついた。

 ギルバートの顔から表情が消える。

 そして、ゆっくりと恐ろしいほどの殺気が膨れ上がっていった。


『盗んだ⋯⋯?』


 地獄の底から響くような怨嗟の声。


『あいつが? 僕の手紙を? ⋯⋯あの一世一代の愛のポエムを?』


(⋯⋯そこ?)


『「君は僕の太陽、僕は回る惑星」とか書いた、あのリリアにしか見せられない恥ずかしいポエムを!? あいつが読んだのか!? 僕が夜なべして書いた、魂の叫び(ラブレター)を、あいつが読んで笑っていたのか!?』


 ギルバートの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まり、そしてまた青ざめていく。


『許さん⋯⋯! 絶対に許さんぞラウル!! 僕の恋路を邪魔しただけでなく、僕の黒歴史ポエムを盗み見ただと!? プライバシーの侵害だ! 著作権法違反だ! いや、尊厳の破壊だ!!』


 窓ガラスにビキビキとヒビが入る。


「リリア⋯⋯!」


 ギルバートは私の両肩をガシッと掴んだ。

 その目は血走っていた。


「私の手紙を読んだなら、あいつは生かしておけん! その眼球ごと焼却処分だ! 脳みそを取り出して記憶野を洗浄してやる!」


「え、ええ⋯⋯やりましょう」


 私は戸惑いつつも深く頷いた。

 怒るポイントが少しズレている気もするが、彼の殺意は本物だ。そして私もラウルにはきっちり落とし前をつけさせるつもりだ。


「でも、暴力はいけません。⋯⋯合法的に、社会的に、完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう」


 私は悪役令嬢のような笑みを浮かべた。

 手元には横領の証拠(の端緒たんしょ)がある。


 そして隣には世界最強の魔力を持つ(そして今はやる気満々の)夫がいる。


「反撃開始です、あなた」


「ああ。⋯⋯覚悟しろ、ラウル」


 馬車は公爵邸へと滑り込む。

 そこはもう私の「監禁場所」ではない。

 悪を討つための「作戦本部」となるのだ。


 こうして私たちは真の敵を倒すために固い握手(高温)を交わした。

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