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第13話:夜会に乗り込みましたが周囲の視線が冷たすぎます。夫が『全員凍らせるか?』と物騒なことを言うので、見せつけるように腕を組んでイチャイチャしました

 王都の中心部にある豪奢な別邸、今宵ラウル子爵が主催する夜会の会場には、きらびやかな衣装を纏った貴族たちが集っていた。


 会場の前で漆黒の馬車が止まる。

 アイゼンシュタイン公爵家の紋章が入った重厚な扉が開かれると、ざわめいていた会場周辺が一瞬で静まり返った。


「⋯⋯行くぞ、リリア」


「はい、あなた」


 ギルバートのエスコートで私は馬車から降り立った。


 私が身に纏っているのは彼の瞳の色と同じ、深いサファイアブルーのドレス。


 肌の露出は控えめだがその分、体のラインが美しく見えるように仕立てられた国宝級の一着だ。


 私たちが会場の入り口に足を踏み入れると、演奏されていた優雅なワルツがピタリと止まった。


 数百人の視線が一斉に私たちに突き刺さる。


 シン⋯⋯。


 まるで時が止まったかのような静寂。

 そして、さざ波のようにヒソヒソ話が広がり始めた。


「見ろ⋯⋯氷の公爵だ」


「本当に来たのか。相変わらず、そこにいるだけで空気が凍るようだ」


「隣にいるのが噂の奥方か?」


「可哀想に⋯⋯。顔色が真っ青じゃないか」


「きっと酷い扱いを受けているに違いない。無理やり連れてこられたんだろう」


 好奇の目。侮蔑の色。そして憐れみ。


 それらの視線は容赦なく私たちに降り注いでいる。

 特にラウル子爵と親しい派閥の貴族たち――ギルバートを疎ましく思っている連中――の視線は冷ややかだった。


(⋯⋯顔色が悪いのは、この人が緊張して冷気を垂れ流しているせいなんだけど)


 私は隣を歩く夫を見上げた。


 ギルバートは鉄仮面のような無表情で前だけを見据えて歩いている。

 一見すると周囲の雑音など意に介さない冷徹な支配者に見える。


 しかし、私の「夫限定・読心スキル」は、彼の内面のパニックを鮮明に拾っていた。


 パキッ、パキパキ⋯⋯


 ギルバートが一歩踏み出すたびに、真紅の絨毯の上に白い霜が降りていく。

 通路脇に飾られた大輪の百合の花が、彼が横を通った瞬間にカチンコチンに凍りつき、ガラス細工のように輝きだした。


『視線が痛い! 多い! 見すぎだ! 僕のリリアを見るな! 減る! リリアが視線で削り取られてしまう! 不敬だぞ愚民ども!』


 ギルバートの心の中は怒りと焦りで大荒れだった。


『あそこの男、今リリアの胸元を見たな? 眼球をくり抜いてやろうか。いや、あっちの夫人はリリアのドレスを値踏みした! 許さん、この世で一番美しいのはリリアだ! 僕以外の人間がリリアを認識すること自体が罪だ!』


(⋯⋯相変わらず思考が過激ね)


『ああ、それにしても寒い! 僕自身の魔力が暴走している! リリア、寒いだろう? ごめんよ、僕が緊張しているせいで会場が冷凍倉庫みたいになってしまった! どうしよう、リリアが風邪をひいたら国を焼いて暖めるしかない!』


 彼の自己嫌悪と殺意が入り混じり、魔力の制御が乱れている。

 このままではダンスを踊るどころか、会場全体を氷河期にしてしまう。


 そうなれば「やはり公爵は化け物だ」「夫人は不幸だ」という噂が決定的になってしまうだろう。


(そんなこと、させるもんですか)


 私はグッと拳を握った。

 私は今日、証明しに来たのだ。


 私が「不幸な生贄」ではなく「愛されている幸せな妻」であることを。

 そして、この不器用な夫がただの冷血漢ではないことを。


「ギルバート様」


 私は小声で呼んだ。

 彼は張り詰めた顔のまま、わずかにこちらを向く。


『なんだろう? 「帰りたい」かな? そうだよね、こんな針のむしろなんて嫌だよね。よし、今すぐ全員凍らせて氷像の博物館にしてから帰ろう。それがいい!』


 彼が物理的な殲滅行動に出る前に私は動いた。


 ギュッ!


 私はギルバートの腕に自分の体を強く押し付けた。

 遠慮がちな腕組みではない。もはや「抱きつき」に近い密着度だ。

 私の胸が彼の二の腕に当たり、体重を預けるように寄り添う。


「ッ!?」


 ギルバートが息を呑んで硬直した。

 私は会場中に聞こえるように、少し高めの甘い声で言った。


「まあ、ギルバート様! 今日のエスコートも素敵ですわ!」


 私は上目遣いで彼を見つめ、とろけるような笑顔を作った。


「ふふ、手が少し冷たくて気持ちいいですの。私、あなたと一緒にいられるのが嬉しくて、体が火照ってしまって⋯⋯。あなたの冷たさが、ちょうどいいくらいですわ」


 それは嘘ではない。

 この会場の敵意に晒されて私は武者震いで体温が上がっているし、同時に彼に触れていないと寒くて凍えそうだったから。


 さあ、いつものように私を温めてあ・な・た。


 その瞬間――ギルバートの思考回路がショートした。


『ひゃあああああああああああっ!?』


 脳髄を揺さぶる絶叫。


『公衆の面前で!? 腕に! リリアの柔らかいのが! 当たってる! 温かい! いや熱い! 「火照ってる」って何!? 誘ってるの!? ここで!? ダンスホールで!? 理性が! 理性のダムが決壊する!!』


 ボォッ!!


 物理的な音が聞こえた気がした。

 ギルバートの全身から目に見えない蒸気が噴き出したのだ。

 先ほどまで絶対零度だった彼の体温が、核融合炉のように急上昇していく。


『好き! 大好き! 可愛い! 世界中の人間に見せつけたいけど見せたくない! どっちだ!? ああもう、リリアが可愛すぎて心臓が爆発四散する! うぉおおお持ってくれよ僕の身体だぁ!!!』


 効果は劇的だった。


 床を覆っていた霜が一瞬にして溶けて消えさり、凍りついていた百合の花が解凍され、瑞々しい雫を滴らせて生き返る。


 会場の空気が「真冬」から「春の陽気」へと劇的に変化したのだ。


「えっ⋯⋯?」


 周囲の貴族たちがざわめき始めた。


「おい、見ろ。氷の公爵が⋯⋯」


「顔が⋯⋯赤い? のか⋯⋯?」


「なんだあの甘い雰囲気は。噂と全然違うじゃないか」


「奥方様、あんなに幸せそうに笑って⋯⋯」


 ギルバートの顔は緊張による青白さから一転、茹でダコのように真っ赤(周囲には僅かな変化)になっていた。


 その表情は、もはや「冷血公爵」ではない。愛妻のスキンシップにデレデレに溶かされた、ただの「愛妻家(チョロい夫)」である。


「⋯⋯あ、あ、ああ⋯⋯」


 ギルバートは言葉にならない声を漏らしながら、震える手で私の手を握り返してきた。


 その手は、カイロのようにポカポカと温かかった。


「⋯⋯リリア。⋯⋯今日も可愛い」


 絞り出すような一言――私は勝った。会場の空気(と夫の体温)を支配したのだ。


 ◇


 会場の空気が和らぎ、人々が戸惑いながらも好意的な視線を向け始めた頃。


 人垣が割れて一人の男が現れた。


「やあ、リリア。⋯⋯よく来てくれたね」


 金髪碧眼――白馬の王子様のような白い正装に身を包んだ美青年。

 この夜会の主催者であり私の「元・味方」だったラウル子爵のご登場。


 彼は爽やかな笑顔を浮かべているが、その目は笑っていなかった。

 ギルバートの腕にへばりついている私を見て、一瞬だけ不快そうに眉をひそめたのを、私は見逃さなかった。


「久しぶりだね。⋯⋯でも、少し顔色が悪いようだが?」


 ラウルは大げさに心配そうな顔を作った。


「やはり、無理をしているんじゃないかい? そんな氷のような男のそばにいたら、君のような繊細な花は枯れてしまうよ」


 彼は周囲に聞こえるように、わざと大きな声で言った。

 「公爵夫人は不幸だ」という既成事実を作りたいのだろう。


「おいで、リリア。こっちへ」


 ラウルは優雅に手を差し出した。


「僕が温めてあげるよ。君を救い出してあげる」


 甘い言葉――前世の私なら、この言葉にすがっていたことだろう。

 「助けて」と手を取っていたかもしれない。


 ラウルの手が、私の肩に触れようと伸びてきた。


 バシッ!!!


 鋭い音が響く――ラウルの手は私の肩に届く前に弾かれた。

 ギルバートの手によって。


「⋯⋯ッ!」


 ラウルが驚いて手を引っ込める。

 前回の遭遇時はギルバートの冷気によって弾かれたが、今回は違う。

 物理的な手で、力強く払いのけられたのだ。


「⋯⋯痛いじゃないか。乱暴だね、公爵閣下は」


 ラウルが皮肉な笑みを浮かべて、払われた手をさすった。


「凍傷になるかと思ったよ。⋯⋯おや?」


 彼は怪訝な顔をした。

 そう、凍傷になんてなっていないはずだ。


 今のギルバートの手は私の「公開イチャイチャ」によって、熱いくらいに温まっているのだから。


「⋯⋯私の妻だ」


 ギルバートが一歩前に出た。

 私を背中に隠すように。


「気安く触れるな」


 低い声――しかし、そこには以前のような「空気を凍らせる魔力」は漏れていなかった。


 魔力は完全に制御され、体内に収束している。

 ただ純粋な、男としての「殺気」だけが、鋭い刃となってラウルに向けられていた。


『触るな。その汚い手で』


 心の声は静かだった。

 叫び声ではない。底冷えするような、絶対的な宣告。


『リリアは僕の命だ。僕の光だ。誰にも触れさせない。もし奪おうとするなら⋯⋯ラウル、貴様であろうと容赦はしない。この国の地図から、貴様の領地ごと消し去ってやる』


 ギルバートの青い瞳が蒼い炎のように燃えている。

 ラウルの笑顔が初めて引きつった。


「⋯⋯怖い怖い。冗談だよ」


 ラウルは肩をすくめて一歩下がった。

 しかし、その目には明確な敵意が宿っていた。


 公衆の面前での宣戦布告。

 周囲の貴族たちもこの異様な緊張感に息を呑んでいる。

 もはや「噂話」レベルではない。公爵家と子爵家の、全面戦争の幕開けだ。

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