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第12話:「呪われた公爵の妻お披露目会」という悪意満載の招待状が届きました。夫が『行くな、監禁する』とゴネるので、物理的に温めて説得します

 朝食の時間、ダイニングルームには今日も平和な空気が流れていた⋯⋯はずだった。


「旦那様、手紙が届いております」


 執事が銀の盆に乗せて持ってきたのは一通の黒い封筒だった。

 封蝋――シーリングワックスには見覚えのある紋章。

 従兄弟のラウル子爵のものだ。


 ギルバートは優雅にナプキンで口元を拭い、封筒を手に取り ペーパーナイフで封を切る。


「⋯⋯なんだ、これは」


 中から出てきた招待状に目を通した瞬間、部屋の空気が一変した。


 ピキッ、パキパキパキ⋯⋯!


 ギルバートの手の中で手紙が一瞬にして凍りつき、さらに微細な氷の粒子となって粉々に砕け散ったのだ。


「ギルバート様!?」


 私が驚いて声を上げると彼は能面のような無表情で、しかし目は笑っていない状態で私を見た。


「⋯⋯ラウルからだ。『リリアの公爵夫人としてのお披露目パーティー』への招待状だそうだ」


 声は絶対零度――しかし、砕け散った紙片の周りには彼の激情を表すかのような冷気が渦巻いている。


『ラウル⋯⋯ッ! あの害虫め! またしてもリリアに近づこうとしているのか! 許せない!』


 脳内に響く絶叫。


『「お披露目」だと? ふざけるな! リリアを他の有象無象の男たちの目に晒す気か? それに文面! なんだあれは! 「呪われた公爵の下で無事か心配だ」「僕が君を救い出してあげる」⋯⋯? 救うだと? 僕からリリアを奪う気満々じゃないか!』


(⋯⋯相変わらず被害妄想が激しいけど、今回は当たってるかもしれない)


 私は心の中で頷いた。


 ラウル子爵――優しげな顔をして、裏で公爵家の金を横領していた疑惑のある男。


 彼がわざわざ私を招待するということは、何か企んでいるに違いない。


『これは罠だ。絶対に行かせない。パーティーなんて欠席だ。いや、これを機にリリアを外界から遮断しよう。地下シェルターに籠城だ! 食料は十年分ある! 二人きりで世界の終わりまで暮らすんだ!』


 室温が急激に下がりだし私のスープの表面に薄氷が張り始めた。

 まずい。このままでは回避したはずの「監禁エンド」に直行してしまう。


(行きたくないのは山々だけど⋯⋯)


 私は冷静に計算した。

 もしこの招待を断れば、世間はどう思うだろうか。


 「やはり公爵夫人は監禁されている」「噂通り、冷酷な公爵に虐待されているのではないか」――そんな悪評が事実として広まってしまう。


 それは私の「円満な離婚と逃亡」にとってマイナスだ。世間の目が厳しくなれば、逃げる時に動きにくくなる。


 それに何より。


(ラウルと会って横領の件を探れば、もっと大金をふんだくれるネタが見つかるかもしれない)


 横領の証拠、共犯者のリスト、あるいは隠し口座の場所――敵の懐に飛び込めば、それらを手に入れるチャンスがある。

 リスクはあるが、リターン(現金)も大きい。


「ギルバート様」


 私はニッコリと微笑み、彼の冷え切った手に自分の手を重ねた。

 体温調整(温め)を開始する。


「一緒に行きましょう、そのパーティーへ」


「なっ⋯⋯!?」


 ギルバートが目を見開いた。


「本気か? あいつは何か企んでいるぞ。危険だ」


「わかっています。でも逃げ隠れしていては、変な噂が立つだけですわ」


 私は彼の手をギュッと握りしめ、真っ直ぐに見つめた。


「私は、あなたの妻として堂々と皆の前に立ちたいのです。『私は幸せです』と胸を張って証明したいのです」


 殺し文句だ。

 ギルバートの瞳が揺れる。


『⋯⋯妻として、堂々と⋯⋯? 僕の隣に? みんなの前で?』


 怒りの冷気がスッと引いていく。

 代わりに、じわじわと体温が上がってくるのがわかる。


『『私は幸せです』だなんて! 嬉しい⋯⋯! リリアが僕との結婚を誇りに思ってくれている! 見せつけたい! 世界中の人間に「見ろ、これが僕の女神だ!」と自慢して回りたい!』


(よし、乗ってきた)


「ギルバート様、ダメでしょうか?」


「ダメじゃない。お前がそう言うなら行こう」


 上目遣いで伺うと彼は即答した。

 しかし、すぐに険しい顔に戻った。


「だが条件がある。⋯⋯ラウルには一ミリも近づくな。私のそばから離れるなよ」


『もしあいつがリリアに触れようとしたら、その腕を切り落として氷像にして美術館に寄贈してやる⋯⋯!』


 物騒な条件付きだが、とりあえず外出許可は降りた。

 第一関門突破だ。



 参加が決まれば次は準備が必要になる。その日の午後、屋敷には王都の有名デザイナーが呼ばれた。


 私のお披露目用のドレスを仕立てるためだ。


「公爵夫人様、こちらのデザインはいかがでしょう。背中が大きく開いた、今流行りのスタイルで⋯⋯」


 デザイナーが華やかなスケッチを見せる。

 しかし、横から低い声が遮った。


「却下だ」


 ギルバートが腕組みをして仁王立ちしている。


「肌は見せるな。首まで隠れるデザインにしろ。袖も長袖だ。手首まで隠せ」


「は、はい⋯⋯。では、こちらのデコルテが少し開いたものは⋯⋯」


「論外だ。鎖骨を見せるなど裸で歩くのと同じだ」


 デザイナーが泣きそうな顔になる⋯⋯ギルバートの要求はエスカレートしていく一方だ。


『背中が開いたドレスなんて着たら、会場にいる男全員の眼球を潰して回ることになる! そんなことをしていたらパーティーどころじゃない! 忙しすぎてリリアに構う暇がなくなってしまう!』


(⋯⋯そこまで?)


『いっそのこと、ミスリル製の全身鎧フルプレートメイルを着せるか? それなら肌の露出はゼロだし、万が一の物理攻撃も防げるし、一石二鳥だ! 兜もつけよう。顔を見せるのも惜しい!』


 本気だ。この人は本気で私に鎧を着せて社交界デビューさせる気だ。「鉄の処女――アイアンメイデンのリリア」なんて二つ名をつけられたら、南の島での悠々自適なスローライフに支障が出る。


「ギルバート様。鎧は着ません」


 私はきっぱりと言った。

 そして生地見本の中から一枚の布を選び出した。

 それは深く、澄んだ青色のベルベットだった。


「代わりに、この色のドレスにします」


「⋯⋯青か?」


「ええ。背中は隠しますし胸元も慎ましくします。でも、色はこれ以外考えられません」


 私は布を胸に当てて彼を見上げた。


「だって、あなたの瞳の色と同じですから。⋯⋯この色を纏って、あなたの隣に立ちたいの」


 ドクン――ギルバートの心臓が跳ねる音が聞こえた気がした。


『僕の色⋯⋯!』


 室内の気温が一気に上昇する。

 デザイナーが「あっつ!?」と汗を拭った。


『青! サファイアブルー! 僕の瞳の色を身に纏うということは、つまり「私はギルバート・フォン・アイゼンシュタインの所有物です」というマーキング(主張)ということか! 最高だ! 首輪をつけるより高等な独占アピールだ!』


(⋯⋯解釈が歪んでるけど、まあいいわ)


「採用! 即採用だ!」


 ギルバートは叫んだ。


「この色だ! 国中の青い布を買い占めろ! 最高級の糸でリリアのために至高の一着を縫い上げるんだ! 金に糸目はつけん!」


 デザイナーが「承知いたしましたぁぁ!」と歓喜の声を上げて飛び出して行った。


 こうして私の「鎧化」は回避された。

 やはり、ヤンデレには「あなた色に染まります」作戦が一番効く。困ったときはこれだ。


 ◇


 そしてパーティーの前夜、寝室のベッド(壁なし)で私はギルバートの隣に横になっていた。


 明日はいよいよ決戦の日――だというのに隣の夫の様子がおかしい。

 いつもなら「リリアかわいい」と思考が垂れ流されているのに、今夜は妙に静かなのだ。


 チラリと見ると彼は天井を見つめたまま、微かに震えていた。

 私と隣で寝ているのに体温も低く、いつもの「氷」に戻りかけている。


「⋯⋯ギルバート様?」


「⋯⋯リリア」


 彼はポツリと呟いた。


「本当に、いいのか?」


「何がですか?」


「私と並んで歩けば⋯⋯お前まで『化け物』と呼ばれるぞ」


 その声には深い恐怖が滲んでいた。

 社交界での彼の悪名は轟いている。

「冷血公爵」「氷の魔人」と。


 そんな男の妻となり、隣だって歩けば私にも好奇の目や、侮蔑の視線が向けられるだろう。


 彼はそれを恐れているのだ。自分のせいで私が傷つくことを。


『僕は慣れている。どんな陰口も、恐怖の視線も。⋯⋯でも、リリアに向けられるのは耐えられない。もし明日、誰かがリリアを「可哀想な生贄」だと笑ったら⋯⋯僕はその場で暴走してしまうかもしれない』


 彼の心は不安で凍りついていた。

 強い魔力を持つがゆえの孤独。

 誰にも触れられず、誰からも理解されず、ただ恐れられてきた過去。


(⋯⋯本当に、不器用な人)


 私はシーツの中で身じろぎした。

 そして彼の広い背中に、後ろからギュッと抱きついた。

 物理的な「温め」を開始する。


「ッ!?」


「平気ですよ、あなた」


 私は彼の背中に額を押し当てて言った。


「誰が何と言おうと、関係ありません。⋯⋯だって私は知っていますから」


 半分はお世辞――逃亡資金のための処世術。

 でも残り半分は、ここ数週間の生活で感じた本心だった。


「あなたは、誰よりも温かい心を持っていることを」


 不器用で愛が重すぎて空回りばかりしているけれど。

 私を守るために必死になり、私が笑えば湯気を上げて喜び、私が泣けば世界を凍らせて悲しむ。


 そんな彼の心は、ちっとも冷たくなんてない。


「⋯⋯リリア」


 彼の手が私の手に重ねられた。

 氷のように冷たかった彼の手が私の体温を受け取って、じわじわと温かくなっていく。


『⋯⋯ああ⋯⋯温かい』


 心の声が、震えていた。


『リリアが触れてくれるだけで恐怖が溶けていく。⋯⋯そうだ。リリアがいるなら、僕は世界中を敵に回しても戦える。何と言われようと構わない』


 彼の体温が人肌まで戻っていく、そして強い意志の熱が宿る。


『僕の女神を守る。そのためなら、僕は喜んで化け物にでも魔王にでもなろう。⋯⋯でも、ラウルだけは絶対に許さない。あいつがリリアに指一本でも触れようものなら、その瞬間に地獄を見せてやる』


 最後はやっぱり物騒だったけれど。

 ギルバートは私のほうを向き直り、力強く抱きしめ返してくれた。

 ポカポカとした温もりが、布団の中を満たしていく。


「おやすみ、リリア」


『⋯⋯心から愛している。大好きだ』


 口に出された言葉と心の中の絶叫が初めて一致する。

 私はその心地よい熱に包まれながら、明日の戦いへ向けて英気を養った。

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