第八話 ぼくがピーマンマン!?
「ピーマンマンだーーっ!」
「え!? ほんと!? どこどこ!?」
「君がそうなんだ!」
保育室に辿り着いた途端、わらわらと群がってくる子ども達。
「え? ……え?」
訳が分からずこちんと固まる俺に助け舟を出したのは、保育室に居た園長先生だった。
「実はね——」
「……まさかこんなことになるなんてなぁ」
新品のスモックに、桜の花びらの名札。
そこに記された「ゆうせい」の四文字——。
俺は今日から、この保育園に通い始めることにしたのだ。
自由奔放な生活を目指していた俺が、何故このような集団生活の場にやってきたのかと疑問に思われるかもしれない。
理由はいくつかある。だが最大の要因は、俺の目的に最も近づく手段がこれだと感じたからだ。
目的とは即ち、ダンジョン攻略。
きっかけは件の保育士が零した、とある噂だった。
『――でもね、ダンジョンはピーマンだけじゃないの』
『……え?』
『かいとくんって子なんだけど――』
勿論、これからもずっと保育園に通うつもりではない。しかしこの〝かいと〟という少年について詳しい情報を得るには、これが最善だと思えた。
そう、全てはダンジョン攻略のため。
決して、天真爛漫な子ども達に癒されたいだとか、みんなで食べる給食の美味しさに虜になっただとか、そういう理由ではないのである。
――決して。
そんなことよりも、目の前に立ちはだかる大きな問題はピーマンマンとやらだ。俺が園長先生の方へ向くと、彼女は朗らかに言い放った。
「君の噂が園中に広まっているんだよ。子ども達が『ピーマンマンだ!』って大騒ぎなのさ」
「え、えぇ……?」
つい上げてしまった困惑の声は子ども達の声に掻き消される。荷物の整理も出来ぬまま、引きずられるように保育室に入っていく俺。
途端に始まったのは、子ども達の質問攻めだった。
「どこから来たの!?」
「お母さんもお父さんも居ないって本当!?」
「ピーマンなんで倒せたのー!?」
「え、えぇっと……」
手を四方八方に彷徨わせながら、俺は子ども達の名札を順に見ていく。
目的の人物はこの中にいるのだろうか、と探してみるが、どうやら見当たらない。まだ登園していないのか――と思考を巡らせていると、ちょうど背後から人の来る気配がする。
「あ! かいとくん、おはよう!」
「おはよう」
「……!」
聞こえてきた会話に反応し振り返れば、他の子どもが新たにやってきた子どもと話しているところだった。
「えっと……! あのさ、ぼく……」
「あれ? もしかしてかいとくんに会いたかったの?」
「あ、」
俺の視線の動きに気づいたのか、一人の子どもがそう問いかける。
「そうだったんだ!」
「それならピーマンマンのお話は、また後で聞かせてね!」
「う、うん……!」
聞き分けのいい子どもたちの様子に感謝しながらも、俺が改めて視線を向けた先。そこには、荷物をロッカーにしまっている一人の少年が居た。
「……」
「……あっ、えっと」
いきなり話しかけては不審者にならないか……? と言葉を失った俺。しかし意外にも、先に動いたのは彼の方だった。
「もしかして、ピーマンマン……?」
じわじわと、感情を滲ませた瞳で俺をじっと見つめる少年。俺は視線を右往左往させてから、ゆっくりと首を縦に振る。
「……えっと……そう……です……」
数秒、流れる沈黙。やがて――
「――本物のピーマンマンだ……!」
持っていた帽子を放り出し、その子は俺の元へと駆け寄ってきた。
「あのなあのな、おれの家にもダンジョンがあるんだよ!」
「……! そ、そうなの……?」
――来た。ダンジョンの話題。
想定よりもスピーディな展開に内申安堵しながらも、知らない振りをしておずおずと聞き返せば、彼はそうなんだ! と激しく頷く。
「だからさ、おれの家のダンジョンも攻略してくれよ……!」
――ピーマンマン!
期待を滲ませた声で呼ばれた俺は内心――ガッツポーズをしていた。
そうだそうだ。この展開を待っていたんだ……!
ここまで読んでくれて、ありがとう。
俺の旅路はまだまだ続いていく。
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俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?