第五話 ピーマンは手強いぞ
「これ、は……」
――どうやって、攻略したらいいんだ?
自分がイメージするダンジョン像とかけ離れた光景に俺が放心していると、着いてきた保育士がくすくすと笑った。
「あのね。どんなダンジョンも、攻略方法は『その悩みを解決すること』なんだって」
「解決……?」
悩み、悩み。このダンジョンの悩みといえば、ピーマンが食べられないこと、だろう。
それを解決する――?
「……なんだ、簡単だね」
俺はその場にしゃがみ込み、一つのピーマンをむしり取った。
生のピーマンを食べる機会はなかなか無いが、不味いという程でもないだろう。
ピーマンを食べて、「美味しい」と思う。それだけでいい筈だ。
早速、と大きく口を開き、俺はピーマンに齧りつく。
「あ……」
保育士が心配げに声を漏らす。だが俺は気にせずに咀嚼した。
俺は子どもじゃない。ピーマン程度で苦いなどと――
おもわ、な――。
「う、ぇ……!」
げぇ、とたまらず吐き出してしまった俺に、「大丈夫!?」と保育士が慌てて背中を摩った。
「そうだよね、やっぱり君には苦いよね……」
「ど、どうして……?」
――おかしい。
苦い。苦くて堪らない。
確かにピーマンは苦い食べ物だ。それは間違いない。しかしその苦さが美味しいのではないか。そのはずだったのに、何故――。
「子どもの舌には、どうしても苦いんだよ」
――その言葉が、雷のように俺の背筋を駆け抜けた。
そうか。俺は今、子ども。
つまり、味覚が子どもに戻っているということか――!
「……ど、どうしよう」
途端に跳ね上がった攻略難易度。俺は頭を抱えた。
前世の俺は、ピーマンも普通に食べられた。しかし身体が子どもになったことでそう簡単にはいかなくなってしまった。
はっと思い至り、俺は保育士の方へと向き直る。
「せ、先生! 先生がピーマンを食べて、美味しいって思えばいいんだよ!」
「えっと……ごめんね。大人気ないんだけど、実は私も、ピーマンはまだ苦手なんだ……」
「そうなの……!? なんで?」
堪らず聞き返してしまった俺に、保育士は「情けないな……」と呟きながらも打ち明ける。
「ほら、ピザに乗ってる輪切りのピーマンとか。どうしても邪魔に感じるっていうか、苦くて……つい、避けちゃうんだよね」
「そうなんだね……」
俺としてはあの苦味がアクセントになっていると思うのだが、同じ大人でもそういった味覚の持ち主がいるらしい。
こうなってしまえば、彼女を頼ることも難しいだろう。
他の大人を探してもいいが、子どものこんなしょうもない頼みを聞いてくれるだろうか。
いや――待て。
俺の頭の奥で、びりびりと駆け巡る何かがあった。
それは――衝動。
目の前に立ちはだかるピーマンという障壁に、真っ向から立ち向かわんとする心意義。
俺は何のためにここに来た?
――ダンジョン攻略をするためだ。
RPGゲームで俺が学んだことはなんだ?
――ダンジョンには、必ず攻略方法がある。
それがレベリングではなくとも、スキル厳選ではなくとも。攻略方法は必ず存在するはずだ。
それを導き出すことさえできれば――。
俺は再度頭を抱え、思考を巡らせる。
考えろ、考えるんだ。
きっと何か答えはある。
やがて――
「……そうか!」
食べかけのピーマンをぐっと握り締め、俺は決意を固めた。
やるんだ。俺が――この保育園の子どもたちを助けるんだ。
「分かったよ、先生! このダンジョンの攻略方法が――!」
ここまで読んでくれて、ありがとう。
俺の旅路はまだまだ続いていく。
よかったら、☆などで応援してくれると嬉しい。
俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?