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第四話 どうしてピーマンなんだろう?

「ぴ、ピーマンだ……」


「……そうでしょう? 本当にびっくりだよね」

「わ!」


 耳元から聞こえた声に飛び上がると、そこには一人の女性がしゃがみ込んでいた。

 長い髪をひとつ結びにまとめたその人物は、先ほどまで子どもたちを見ていた保育士の一人だ。


「ごめんね。君をひとりにするのは心配だから、大人が残るようにって指示があったの。お母さんやお父さんが来るまで私が着いているから、安心してね」

「えっと、いや、ぼくは……」


 両手をしどろもどろと動かしながら、俺は言葉を探す。「両親は居ないんです」と言うのは簡単だが、言った後の保育士の混乱を想像すればそれは(はばか)られた。

 しかし、俺の続く言葉を彼女は待たず、静かに、神妙な声で問いかけてくる。


「……本当に攻略するの?」


 その問いに、俺は首を(たて)に振った。


「……もしも、ピーマン嫌いの子どもたちが苦しんでいるのなら、助けたいから」


 次第に子どもとして話すことも馴染んできて、俺は自然とそのようなことを口にしていた。ぱちくりと(またた)いた保育士は、くすりと笑い、小首を(かし)げる。


「自分も子どもなのに、おかしなことを言うね」


 俺は自分の失言(しつげん)に気がつき口元を押さえたが、彼女はさほど気にしていないようだった。

 彼女は眼の前の巨大なピーマンを見つめながら、しばし沈黙する。俺がそれをただ見守っていると、静かに瞬きをしてから、こちらへ振り返る。

 その真剣な眼差しは――俺を、一攻略者として対等に見ている証のように思えた。


「理由は単純(たんじゅん)だと思うよ。……みんな、ピーマンが苦手で、嫌いで。給食でピーマンが出るとね、『食べたくない!』って泣いちゃう子も居るんだ」

「……そうなんだ」


 大人にとっては単なる我儘(わがまま)のように感じるピーマン嫌い。もしかしたら子どもにとっては、相当の一大事(いちだいじ)なのかもしれない――そんなことを考えていたその時、保育士の横髪がさらりと揺れ、俺の顔を(のぞ)き込んだ。


「君は、保育園には通ってないんだね」

「うん」

「どうして?」

「え、っと」


 俺は(あわ)てて記憶を辿(たど)る。裕福で働くことのない両親は、俺との――厳密(げんみつ)に言えば、この優世(ゆうせい)という少年との生活に集中していた。つまりは保育園に預けることなく、自分たちの力だけで育てていた――そういうことだろう。


「おうちで、ずっと見守ってくれてたから、行かなくても大丈夫なの」

「そうなんだ? 在宅ワークの家庭なのかな……」


 保育士の呟きに都合よく解釈してくれているだろうことを察し、ほっと息を()く。

「でも、それなら分からなくて当然だね」と納得した様子で(うなず)いた保育士は、数秒思案(しあん)の顔をする。

 そして、ゆっくりとその場で立ち上がった。


「保育園に行けばわかると思うよ。みんな口を(そろ)えて嫌だって言うから」


 先生たちも困っちゃう。そう眉尻を下げて笑う保育士の姿を、俺はじっと見上げる。

 もしかしたらこのダンジョンは、子どもたちのピーマンが嫌な気持ちだけでなく、それに困らされる大人の気持ちも投影(とうえい)しているのかもしれない。

 しかし、「ピーマンのダンジョン」などという幼稚な存在、わざわざ攻略しようと思う人はそう簡単に現れないのだろう。

 だとすれば、こうして簡単そうに思えるダンジョンが残り続けているのも納得だった。

 俺はピーマンをじっと見上げながら、改めて決意を固める。

 ピーマンのダンジョン――未知でしかない攻略対象ではある。しかし俺の子ども心が、浮足立ってならない。


「……ぼくに任せて」

「ふふ。応援しているね」


 保育士が頑張(がんば)れ、と(こぶし)(にぎ)る。俺はそれに頷きで返し、巨大なピーマンが開ける口の中へと入っていく。

 その先に待ち受けていたのは、ピーマンの形をした敵でも、苦いビーム攻撃でもなく。


 足元に広がる緑の葉。

 ふかふかと柔らかい感触を伝える土。

 ツヤツヤと光り輝く、ずっしりとした緑の実。




 ――辺り一面の、ピーマン畑だった。

 ここまで読んでくれて、ありがとう。

 俺の旅路はまだまだ続いていく。

 よかったら、☆などで応援してくれると嬉しい。


 俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?

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