第三話 ピーマンと戦うぞ
スマートフォンの位置情報をオンにし、俺はアプリに表示された地図を見た。
近くにあるダンジョンを探してみると、ぽつぽつと赤い表示が光る。
最寄りの物をいくつか確認する。普通の民家がいくつか、それから――保育園。
「保育園にある、ダンジョン……?」
ふっと興味が湧いた。
ストレスも少なく、ただ純粋に楽しんでいるはずの子ども。
そんな彼らが集まる場所にあるダンジョンとは、一体どんなものなのだろう……。
特に人助けのために動いているわけではないけれど、もしそのダンジョンが原因で苦しんでいるのなら――助けたい。
幸いにも、この小さな体でも難なく辿りつける距離にそれはあった。俺は改めて地図と照らし合わせ所在地を確認してから、その門を見上げる。
そして――ごしごしと目を擦った。
「……なんだ……?」
チカチカと点滅するように視界に映る、緑色の何か。幻覚では、ない。
まさかこれがダンジョンなのか――そう思いながらスマートフォンに視線を落とした、その時。
「でんしゃ、またみたーい!」
「次は何色の電車が来るかな?」
「きいろがいいなー!」
「ぼくはあお!」
わいわいと、賑やかな子どもの声が聞こえ始める。俺はその場にこちんと固まったまま、ただその声が近づいてくるのを待つことしか出来なかった。
――どうする?
子どもと会話をしたことなど、ほとんどありはしない。
――逃げる?
もう遅い。声はすぐそこに――
「――あれ? ぼく、こんなところでどうしたの?」
「うちの園の子どもじゃないわね……迷子かしら……」
「あっ! えっと……その」
保育士たちの声を皮切りに、「だれー?」「こんにちはー!」と子どもたちが群がってくる。
俺は困惑を隠せぬまま狼狽えたが、時間差でハッとする。
そういえば今の俺、この園児たちと同じくらいの子どもなのか――!
「え、……えっとね、ぼく、ダンジョン攻略に来たの!」
普通の子どもって、一体どんな感じだ……?
分からないなりになんとか言葉を口にする。拳をぎゅっと握り、無意識に声のトーンを一段階上げながら口にしたその言葉は、情けないことに裏返りかけていた。
周りの一同は、ぽかんとした様子で固まる。
そして――
「あはははは! へんなのー!」
「ふふふ、君にこのダンジョンの攻略は無理だと思うな」
やがて、思い思いにけらけらと笑い始めた。
「え? え……?」
ダンジョンは、社会問題にすらなっているほどの重大なものではなかったのか?
どうしてこの人たちは笑っているんだ――?
動揺しながら黙り込んでしまった俺に、保育士は「ごめんね」と微笑んでしゃがみ込む。
「君はもしかして、最近引っ越してきた子なのかな?」
「う、……うん」
「そっか。あのねぼく、ここのダンジョンはね――」
『ピーマンなんだよー!』
――は? ピーマン?
口々に子どもたちが言ったその名前に、俺は目を瞬かせた。
「みんなピーマンがきらいだから、ダンジョンになっちゃったの!」
「にがーいピーマンがおそってくるから、ぼくはいきたくないなぁ」
「わたしもー」
「そ、そうなんだ……」
へぇー、と頷きながら、俺は内心呆けていた。
頭の中で練っていたダンジョン攻略の構想が、ガタガタと崩れ落ちていく。
レベリングも、スキル厳選も、きっと何もかも存在しないはずだ。
なんていったって。
ピーマンのダンジョンなのだから。
というより――そのようなダンジョン、攻略は秒じゃないか。
「それなら簡単だね。ぼく、攻略できるよ」
「うっそだー!」
「だってピーマン好きだもん」
「本当に? そんなに小さいのに、珍しいね」
驚いた顔をした保育士にこくりと頷いて、俺は改めてアプリに向き直る。点滅表示に変わっている赤いマークをタップすれば――ぐわんと、世界が揺れた。
「え、え……?」
「わ! せんせい、ピーマンがおそってくるよ!」
「私たちは帰りましょう。この子のことは園長先生に――」
そんな声が遠ざかっていき、世界は色を変えていく。青――とも、紫、とも形容し難い、不気味な空。辺りを見渡せば、地平線の彼方まで広がっていく畑。
そうして正面へと視線を移し――俺は今度こそ驚愕した。
可愛らしい桃色で出来ていたはずの保育園の門が――巨大なピーマンへと変貌していたのだ。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
俺の旅路はまだまだ続いていく。
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俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?