第二話 ダンジョン攻略を楽しみます
小さなスマートフォンをこれまた小さな手で操作することにも、少しずつ慣れてきた。
ハンディイーツの百円寿司を黙々と食べながら、俺は大きな液晶テレビに視線を向けた。
電源を入れれば、なんだかんだ童心に帰って楽しめる乳児向け番組が流れている。
着ぐるみのキャラクターが歌って踊る光景を見つめながら、ごくりと口の中のものを飲み込む。
俺の精神年齢は三十を超えているが、この無垢で純粋な雰囲気は存外嫌いではない。
歌番組を最後まで見終えてから、俺はチャンネルを変える。
転生前、毎朝のように見ていたニュースがそこでは流れていた。
『――を辿り、懸念の声が広がっています』
「ん……?」
ふと、目にしたことのない単語が飛び込んできた。
ディシズム・ダンジョン――?
広々とした家に一人きりで住み始めてからというものの、俺の生活といえばハンディイーツで好きなものを頼み、スマホゲームに勤しみ、ゴロゴロし、またスマホゲームに勤しむばかりだった。
そのためニュースもときどきしか見ておらず、気がつかなかったのだ。
――今思えば俺は、転生している。
転生した世界が、てっきり普通の世界だとばかり思っていたけれど。もし、そうではないとしたら――?
『いやぁ、やはり大胆な解決策が必要なのではないですか? 人々の心の闇に巣食うディシズム・ダンジョン! 国を挙げて対策を練っていくべきですよ!』
『しかし、その数のあまりの多さは政府でも対応しかねるかと……』
「……なんだ、それ」
俺はのめり込むようにテレビを見つめた。ディシズム・ダンジョンに関する特集が組まれているのか、その詳細をテレビ番組は語り始める。
ディストレス・イズム・ダンジョン。通称、ディシズム・ダンジョン。
人々の悩みやストレス。それがダンジョンとなって具現化し、町に現れる――。
攻略法も、対策法も何もかもが不明なものばかり。政府で専用の攻略部隊が組まれているが、どの攻略も難航している上、重要人物や国の機関が優先されるため、庶民にはほとんど手が届かない。
次第に世間では、ダンジョンが存在してもそのことを諦め、放置する風潮ができつつある――。
『――ダンジョン攻略者を探し、助けを求める声もあります』
「……ダンジョン、攻略」
俺の脳内を、子どもの頃に遊んだRPGゲームが過ぎる。
『いけー! やっつけろ!』
『優ー、そろそろご飯よー』
『今、いいところなんだ! ちょっと待って、ママ!』
小さな画面に夢中になり、ダンジョンに潜って、ボスを攻略して――。
ときには戦闘に苦戦して、最初からやり直し。ときにはレベリングを延々とし続け、母親に叱られ。
心から楽しんでいた、その記憶。
「!」
がば、と俺はソファから立ち上がる。机の上でサーモンが一つポロリと横に倒れるが、気にも留めずにテレビを見つめた。
『攻略を希望される方は、専用のアプリをダウンロードしてください。ダンジョンの全容を知るには、そのアプリを――』
「あ、アプリ……」
スマホを手に取りもたもたと入力すれば、ディシズム・ダンジョンと書かれたアプリが確かに存在している。
前世には絶対になかったであろうそれをダウンロードしながら、俺は気がつけば、家を飛び出していた。
――いいじゃないか。
働かなくていい自由な世界で、俺がやること。
あの子どもの頃のワクワクを、リアルで、全身で体験出来る夢の世界。
まったり楽しんでやろうじゃないか。ダンジョン攻略を――!
ここまで読んでくれて、ありがとう。
俺の旅路はまだまだ続いていく。
よかったら、☆などで応援してくれると嬉しい。
俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?