第一話 夢の不労所得生活です
「……本当にいいの」
「いいんだ。ぼく……耐えられなくて」
眉を下げ、笑ってみせる俺。その表情に、隣の彼女は目を細めたけれど、やがてこくりと頷いてくれる。
「行こっか」
「うん」
俺は彼女と手を繋ぎ、ゆっくりとホールへ向かう――途端に白い閃光が、目を焼きつくさんばかりに降り注いだ。
「本物だ! ピーマンマン!」
「あなたが噂のヒーローですか!」
「どうか一言お願いします!」
矢継ぎ早な言葉の数々に辟易するけれど、今回ばかりは心の準備を済ませてきた。俺は椅子に座り、正面からカメラを見据える。
やがて俺はゆっくりと、言葉を口にする。
それは俺が辿ってきた全ての旅路を、初めから振り返る一言になった。
「――はい。ぼくは、ピーマンマンと呼ばれています。そのきっかけは――」
きっかけは、そう――
――あの日の、交通事故。
――聞き慣れた流行りのミュージックをBGMに、俺はハンドルを握っていたのだと思う。
上司にこき使われ三徹した早朝。
いつもどおりの日常。
しかしその日常は、コンマ数秒で一変する――。
赤信号に気づかず直進した交差点。
鳴り響くクラクションの音。
全身を襲う衝撃――。
その、何もかもが朧げで。
そうして気がつけば、俺は――
――漂っていた。真っ白な世界を。
吸い込む空気はどことなく澄んでいた。
白い雲の中を泳いでいるのではないかと思うような――かと思えば、何もない空白かのような。
上も下も、右も左もわからないまま彷徨いつづけて、どれくらいの時間が経ったのかは分からない。
そうして気がつくと、俺は――
――葬式に参列していた。
「――が――――んだ!」
「――――のよ!?」
きんきんと声が響く。俺はその中央で、呆然と瞬いていた。
正面には、二つの写真があった。優しい笑顔の男女。
次第に、記憶が戻っていく。俺が失った――いや、新たに授かった記憶が。
手を繋いでテーマパークを歩いた、幸福な思い出。
ふかふかのソファの上で、親子揃って過ごした、温かい記憶。
俺は――そう。
両親を失ったんだ。
転生前の俺自身の最期は、悪くはなかったのかもしれない。痛みもなく死ねたのだから。
しかし、まさか転生するとは思っていなかった。
転生といえば夢と希望に溢れたものだとばかり思っていたけれど、蓋を開けてみればどうだろう。
死んでしまった両親から始まる物語。挙句に俺はどうやら、まだ子どもらしい。
自分の小さな手のひらを、むき出しの膝小僧を見つめ、溜め息を吐き出す。
こんなハードモードな人生を、一体どうやって過ごしていけばいいのか――。
そんな絶望に打ちひしがれていた、その時。
「――でもこれを見なさいよ! 『資産は全て、息子の優世に相続する』と書かれているのよ!?」
金切り声が耳をつんざいた。
「……資産……?」
たまらずぽつりと呟いた俺に、隣に立っていた女性が振り返る。
「優世くんには、まだ難しいわよね」
「……」
そう言った女性の顔をまじまじと見つめてから、俺はハッと我に返る。
振り返れば、何かを囲んで喪服を着た人たちが話し込んでいた。俺は慌ててその方向に駆け寄り、大人の脚を掻きわけて中へと入っていく。
彼らが見ていたのは、一枚の書類だった。
――遺言書。
こんなにも幼い子どもしか居ないにもかかわらず。きっと両親は、とても慎重な性格だったのだろう――金切り声が確かに口にした言葉が、そこには記されていて。
「お……ぼく……」
気がつけば、俺の唇が勝手に動いていた。
やがてこの場の全てを覆すような、その言葉を口にする――
「――誰のところにも行きません! 一人で暮らします……!」
「なんですって……!?」
「そんなの無理に決まっているでしょう! 馬鹿なことを言わないの、優世くん!」
喪服の女性たちが反発する。だが俺は、それでも動じなかった。
俺の主張は曲げない。曲げるわけがない。
身を粉にして働いて、ようやく解放された先で辿り着いた世界。
これは、チャンスだ。俺の人生をやり直す、唯一のチャンス。
――そう。
俺は過労死を代償に――
――働かなくてもよいという、自由を手に入れたのだ。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
俺の旅路はまだまだ続いていく。
よかったら、☆などで応援してくれると嬉しい。
俺が自分の心と向き合えるように――勇気を、分けてくれないか?