一通の手紙
「昔、私がまだ18の頃に祖国、南イリュシアにて革命が起きた。独裁者チャパエフ夫妻に対する民主革命は国民の殆どが参加する程の激しいもので、西側諸国からは、ルーマニアと並ぶ民主革命と当時報道されていた。結果は勿論、独裁者チャパエフ夫妻とその娘、ソフィアの処刑で革命は終結し、新しい国として現在までの南イリュシア共和国が成立したという訳である。私は今、この国の大統領として国の近現代史を回想し、後世に伝えるために悲劇的な末路を辿った夫妻とその娘、ソフィアに対する思いを乗せてここに書き記す。2025年12月25日 南イリュシア共和国 元第10代大統領 フロリアン アントネスク」
(南イリュシア共和国) 首都 イリュクス
コツ、コツ、コツ、ガチャ。
キーィとドアの開く音が静かな大統領執務室に鳴り響いた。
入室したのは南イリュシア共和国第10代大統領のフロリアン・アントネスク大統領だった。
彼はもうじき、任期を終えて今年いっぱいで大統領を辞任する意向を国内外に示していた。
あと1ヶ月を切り、今日の最後に残された公務の書類を片付ける為に戻ってきていた。
席に座り、机の上にあるコールベルを鳴らした。
チリリーン。暫くすると扉を叩くノックの音が聞こえ、失礼しますと声がした。
「入れ。」
扉が開くと女性の少し年老いた秘書官が入ってきた。「何かご用でしょうか?大統領。」
「机の上に置いといた書類はどこだ。」
秘書官はスッと引き出しを指差し、引き出しの中にしまってあると言った。
彼が机を開けると書類が束になって入っていた。
「ありがとう、もう戻って宜しいです。」
秘書官はこれだけの事で呼んだのかと、何か拍子抜けた顔をして何も言わずに戻っていった。
「おかしいわね、いつもは呼んだときは多くの仕事を依頼するのに、今日は何かソワソワしていて落ち着きがない様子ね。」
廊下で秘書官は少し考えたがまぁ気にするものでも無いと考え、今日はあと何時間で家に帰れるのかを勘定した。
執務室では、大統領は公務の束になった書類に次々と一つ一つ承認のサインをしていた。
「次年度予算案、、減税法案、対米トランプ関税措置案の承認サインをっと。おっともうこんな時間なのか。でもあと三つの書類にサインをするだけだ。今日はこれからの予定は無いから終えたらすぐ帰ろう。」
残りの二つの法案の承認サインをした後、最後の書類に手につけようとした時、ペンのインクが丁度無くなり、三段になっている机の引き出しの一番下の引き出しを開けて予備のペンを出そうとしたとき、何かが引っ掛かって出せなかった。
「うん?何だ、開かない。」
ガダガタさせながらなんとか勢いよく引き出し事取り出すと、原因は何だと手を入れて探ってみると一通の手紙が落ちてきた。
「何だこれは?手紙か?」
手紙の見た目はずっと日に当たっていなかったせいか、白色で埃を被っていた。
手紙には36年前に革命で倒されるまで成立していた人民共和国時代の切手が貼り付けられ、古いものだと思ってふと差出人の名前を見ると、フロリアン アントネスク大統領は一瞬凍りついた。
差出人の名前に(ソフィア・チャパエフ)と書かれていたのだ。
大統領はもしかしたらと思って差出人の名前を見たら「やっぱりか。」と喋って深呼吸を一回した。
宛名の名前は(アレクサンドル・チャパエフ)と書かれていた。
そうこの名前はかつて、一人の独裁者としてこの国を支配し、この国の人々にとって大きなトラウマとなっている恐怖の独裁者の名前だった。
その名前と手紙に書かれている内容は何が書かれているのかと思って目にしたとたん、すぐに手紙を破り、薪ストーブの中に入れて燃やしてしまった。
フロリアン・アントネスク大統領の表情は強ばり、震えていた。
「フゥーハァー、フゥーハァー。」
何度か深呼吸をした後、気持ちを落ち着かせる為に、自分の鞄から薬を取り出し、震える手でペッボトルのお茶で、薬を飲み込んだ。
すると10分もたたない内に落ち着きを取り戻し、鞄を持って執務室を後にして今日はもう帰ると側近に伝えた後、自分の邸宅へ帰るために車に乗って運転手に指示した。
邸宅に向かって出発した車の中でフロリアン・アントネスク大統領は、あの手紙の事がキッカケで若かりし頃の記憶が段々と甦って来るのを強く感じた。
忘れたいと切実に願ったあの日の事を少しづつ思い出していく内に彼は眠りについてしまった。
彼は回想録にこう書き記している。
「私は未だにあの過去の過ちと向き合って生きていることに時々恐怖を感じる時がある。それは私にとって忘れることが出来ない戦争なのだ。かつて、私が救国戦線の一兵卒として戦ったのは、本当に意味があったのか。未だに答えが分からないのは、神が私に与えた罰なのだと思いたい。」
と、回想録に書き記している。
初めて小説を書いてみました。
この話に出てくる南イリュシアは、架空の国です。