第六話 菓子と決断
王都ヴァシーリオにはもちろん地図は存在する。しかしそれはごく簡易的なもので、縮尺も合っていないものがほとんどだ。商店や屋台などの細かな情報は記載されていない。アスティが商店で買った物は王城や酒場通り、三大学府の場所が大雑把に書かれているだけだけの地図だった。
「王都の地図、だって?」
ソフィは、アスティの言葉を繰り返した。まだ理解できていないようで、眉をひそめてアスティを見つめた。
「それがどういう解決になるっていうんだ?」
「ソフィ、君は勘違いをしているよ。今国民に流通しているような簡易的なものじゃない。あれは地図というより王都の一部分だけを記した見取り図のようなものだ。そんな物ではなくて、正しい縮尺で王都全体を記した詳細な地図を作るんだ。もしかしたら騎士団なんかは使っているかもしれないけれど、僕が商店を見てまわった時はそこまで詳細な地図は販売されていなかった。その地図に商人達の出店を細かく記すんだ。商人の名前や売っている物なんかをね。商人達には王都に入るときに地図を渡して自分達で自分の屋台の場所に行ってもらう。これで人員や時間を割かなくても屋台の場所を商人達に知らせることができる。そしてもう一つ、この地図を国民向けに流通させる」
「販売する、という話か」
ソフィは呟いた。何事かを考えている。アスティの案を彼なりに理解しようと咀嚼しているのだろう。顔が俯き、金色の髪の一束が前に垂れてきている。
「そうだ。『収穫祭王都出店図』とか適当な名前でもつけてね。市民は収穫祭の屋台の場所が事前に分かり、おそらくある程度の混雑は解消できるだろう。そして、販売することで僕の小遣い稼ぎもすることができるという寸法だ」
「待て待て・・・。確かに王城や騎士団は王都の地図を持っている。王直轄の王都地理院が作成した詳細な地図だ。僕も何度か見たことがある。しかし、作り方は地理院のごく限られた人間しか知らないはず。実物の数もかなり少ない。借り受けることは不可能だ」
「その必要はないよ。僕は地図を作ると言ったんだ」
ソフィは俯いていた顔を上げ、アスティを見た。窓から光が差し込み、アスティの冬のトサナート山脈のように白い髪がキラキラと光った。
「まさか君は」
「ああ、僕なら作ることができる。人も使わず時間もかけずに、王都の完璧な地図をね」
ソフィは両手で頭を抱えた。
「いや、君なら何かしらいい方法を思いつくだろうとは思っていた。僕の期待通りなんだけど・・・。想像より危険な話だ、アスティ。君がやろうとしていることは国家機密規模のことだぞ」
「ああ、理解している。だから実行に移すかどうかの判断はソフィ、君が決めてくれ」
ソフィはふーっと深く息を吐いた。話を聞いている途中から、覚悟は決まっていたのだろう。ソフィはアスティの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「やろう、アスティ。地図作りを」
アスティは頷き、そして視線を下に移す。菓子の載っていた皿はいつの間にかまっさらになっていた。甘味は気が付いたら無くなっている物なのだ。