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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
燃える王国編
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第六十二話 クーデター

 アフピティスが円環軍の指揮官に就任して三か月が経った。王都の南側に広がるスコティの森の青々とした木々はいつの間にか赤や黄の葉をつけている。街ゆく人々の服装も厚くなっている。


 アフピティスは就任の挨拶のあと、一度も兵の前に姿を見せなかった。指示は全て側近のカタスという胡散臭い男が出していた。骸骨のように頬のこけた男だ。


 カタスはいつも、ニタニタと下卑た笑みを顔に張り付けながら兵達の前に立った。彼の指示を聞く兵達の表情は次第に怒りに満ちていた。


 遠征軍の組織の中止や、異教徒の取り締まりも縮小され、ソヴァル達はこの一カ月、ただ王都を見回るだけになっていた。


 兵達の鬱憤は限界までたまっていた。皆女神ヴァシーリオのため、国をよくしようと円環軍に志願したのだ。王国にいまだ蔓延る異教徒を炙り出し、殲滅せんと息巻いていたのだ。


 特にソヴァルの先輩の兵達が苛立っていた。クディナル枢機卿の信念に憧憬し、集まった兵達である。そんな兵達の苛立ちがアフピティスに向くまでそう時間はかからなかった。



 橙の月に入るころ、ソヴァルとエラフリアは軍の先輩に呼ばれ宿舎の部屋を訪れていた。


「・・・なんの話だろうね」


「さあ」


 エラフリアの問いかけにそっけなく答える。だがなんとなく想像はできる。エラフリアも分かっているだろう。ここ最近、先輩たちに妙な緊張感がある。皆張り詰めた表情をしている。


「冷たいねえ」


 隣でエラフリアが呑気な声を出した。ソヴァルは答えず、夜の暗い宿舎の廊下を歩いた。


「ここだな」


 ふうと軽く息を吐く。そして木製の扉を静かに二回、叩いた。乾いた音が廊下に響く。嫌な緊張感だ。とソヴァルは思った。


「・・・どうぞ」


 中から先輩の声が聞こえた。「失礼します」と言い、ソヴァルは扉を開いた。


 部屋の中には三人の先輩がいた。二人は男で一人は女だ。三人ともクディナル枢機卿を支持して入隊した兵で、アフピティスの方針に反感を抱いている。三人は秋の夜にしては薄手のリネンの上下衣を着ている。


部屋には重々しい空気が流れている。


「よく来たなソヴァル、エラフリア。部屋が狭いから、すまないが立ったまま話を聞いてくれるか」


 先輩の一人がそう言葉を発した。


「なんのお話でしょうか」


 エラフリアはいつもと変わらない調子で話す。部屋の空気に合わない口調に、思わず緊張が解けそうになる。女の先輩は少し微笑みながらエラフリアの問いに答えた。


「あなたたちなら分かっているでしょう?」


 エラフリアは表情を変えない。どこか飄々としたいつもの様子で言った。


「クーデターですか?」


 エラフリアの言葉に、先輩たちはゆっくりと頷いた。皆一様に覚悟を決めた表情をしている。男の先輩がゆっくりと口を開いた。


「・・・そうだ。俺達は収穫祭の三日目にクーデターを起こす。兵の半分以上の賛同を得ている。・・・アフピティスを、失脚させる」


「なぜ私たちを呼んだのですか?」


 ソヴァルの問いに、もう一人の男の先輩が答えた。


「お前たちには、俺達と共に実動隊として動いてもらいたい。クディナル猊下から直接声をかけられて入隊したお前たちには、俺達と同じ信念があると思っている」


 ソヴァルは驚いてエラフリアを見た。エラフリアは意に介さず、まるで昼食の配膳を待っているかのような表情で立っている。彼女も俺と同じく、クディナル猊下に声をかけられていたのか。ソヴァルは飛び出た驚きを隠し、先輩たちの方を見た。


「作戦は決まっているのですか」


「ああ。奴は収穫祭の時、教団本部から出て円環軍の作戦室に入るそうだ。自分の仕事ぶりを教団の関係者に見せたいのだろう。作戦室の周りは側近の兵達で固めているだろうが、ここを強行突破して作戦室を墜とす。そしてまずは正々堂々退陣を求める。断られたら実力行使だ」


「・・・確かに、その作戦なら少数の方が動きやすそうですね」


「賛同を得た兵達の署名もある。これを奴に突きつける。そして、クディナル猊下に戻ってきてもらうのだ」


「・・・分かりました。俺も参加します」


「私もいいですよ」


 その後、ソヴァル達は夜が更けるまで作戦を話し合った。月も沈むほどの深夜、ようやく話し合いが終わりソヴァルとエラフリアは先輩の部屋を出た。


「そういえば先輩、アフピティスの収穫祭の動向は誰から聞いたのですか?」


「ああ、カタスだよ。聞いたらすぐに教えてくれた。意気揚々とね。奴はどうにもアフピティスが兵達に慕われていると思い込んでいるようだ。アフピティスのことをいいように言えばなんでも答えてくれたよ」


 ソヴァルの脳裏に、あの不気味な男の顔が浮かんだ。奴の考えは分からない。そんな単純な男ではない気もするが・・・。しかし、動き出した歯車はもう止められない。全ては女神テアディースの御心のままに。俺達はただ進むだけだ。

 


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