第五十八話 女帝リザミトス
「座れ」
リザミトスはそう言うと、革張りのソファに腰を下ろし、足を組んだ。アスティ達も立ち上がり、反対側のソファに座った。
「貴様がアスティニース・イオルだな」
「ええ。お初にお目にかかります、殿下」
アスティはリザミトスの鋭い視線から目を逸らさずに答えた。
「・・・胆力はあるようだ」
リザミトスは表情を変えずに言った。なんのことだ。と、アスティは少し怪訝な表情を浮かべながら、懐からアレストシスの書状を出してテーブルに置いた。
「殿下。こちら、アレストシス殿下からの書状になります」
リザミトスはしばらくその書状を睨みつけると、手に取って後ろに立っている兵に渡した。
「お読みにならないので?」
ディナティオスが驚いたように言った。
「貴様はディナティオス・フィラッソンだな。騎士団の黒服だっただろう」
リザミトスはディナティオスを一瞥し、質問には答えずにそう言った。ディナティオスはさらに驚いた表情を浮かべた。
「おれの、いや、私のことをご存じなのですか?」
「ああ知っているとも。私は腕の立つ人間はよく覚えるようにしている。王都で騎士団の訓練を見学している時に貴様を見た」
嬉しそうだ。アスティは隣に座るディナティオスを盗み見ながらそう思った。騎士にとって、仕える人間に覚えてもらっていたことはこの上ない栄光だろう。
「本題に入ろう。貴様らは地図を作っているそうだな」
リザミトスの凛とした声が部屋に響く。
「まず、貴様らのこの街の滞在は認める。部屋も提供しよう。必要ならば人員もだ」
「ありがとうございます」
アスティは座りながら、会釈をしようとした。それをリザミトスが手で制した。アスティは怪訝な表情を浮かべた。
「貴様を認めたわけではないぞ、小僧。私は力のある者しか認めない」
「ですが殿下、この密命はアスティに与えられたものです。アスティはその能力がある。書状をお読みいただければ分かるはず。それを認めないなどと・・・」
アネッサは正面からリザミトスを見ながら言った。リザミトスはアネッサを一瞥し、視線をアスティに戻した。
「書状は読まん。私は、自分が見聞きしたことしか信用しない。そして私は今、貴様を認めようとは思わない」
ああ、アレストシス様が言っていたことはこういうことだったのか。アスティは頭の隅でそう思いながら、リザミトスへと問いかけた。
「よければ理由を教えていただけますでしょうか?」
リザミトスはフンッと鼻を鳴らした。
「では聞こう。小僧、貴様はなぜ地図を作る」
なぜ・・・。そんなものは決まっている。そのために密命を受けたのだ。
「・・・王国を救うため」
「違うな」
短く、だが強くリザミトスの言葉が重なる。
「一目見て分かったぞ。小僧、貴様は王国のために地図を作っているのではない。貴様は、自分の知的探求心といういたって自己中心的な思いを満たすために地図を作っている。貴様の顔は、国を背負っている男の顔ではない」
アスティは答えられなかった。
その通りだ。僕は、真理が知りたい。この大陸の形を知りたい。エウドクス教授が障害研究を続けた星々の動きを知りたい。一番の理由は、大罪と言われる行き過ぎた好奇心だ。王国を救うことはもののついでなのだ。それを、顔を見ただけで気付かれた。
アスティは眉をひそめた。
「・・・ですが、結果は同じです。地図を作ることによって王国を救う助けになる。それは変わりない」
「それも違う」
リザミトスの視線がアスティを突き刺す。重たい空気が部屋を覆う。
「貴様は国を背負うということを分かっていない。その重みを知らない。そのまま旅を続ければ必ず途中で失敗する」
リザミトスの言葉は、ズシリと重たくのしかかった。アスティは言い返そうと口を開きかけ、閉じた。部屋が静まる。
「・・・ですが、地図作りは続けます。それが僕の使命です」
アスティは静かに言った。リザミトスは黙ってアスティの言葉を聞いた。静かな空気が流れる。しばらくした後、リザミトスが口を開いた。
「いいだろう。さきも言ったように協力は惜しまない。だが条件がある。」
「・・・なんでしょう」
「ディナティオス。貴様にはこの城で兵の鍛錬に付き合ってもらう。そしてアネッサ・マギア。貴様は魔法使いだったな。街に治療院があるからそこの手伝いをしろ。それぞれには別途報酬も出す」
ディナティオスとアネッサは驚いた表情を浮かべた。
「ですが殿下、我々はアスティの護衛です。離れるわけには・・・」
ディナティオスの言葉を、リザミトスが遮る。
「この街にいる限りは安全だ。私が保証する。地図作りに彼らは必要ないだろう?」
リザミトスの意図が分からない、僕達を引き離してなんの意味がある?それとも本当に、単純に人手が欲しいだけなのだろうか。アスティは「・・・はい」短く返事をした。
「そして小僧、貴様は午前の間、ここで兵とともに剣の稽古をしろ」
今度こそ、アスティは驚きを隠せなかった。
「どういうことでしょうか、殿下。そんな時間はありません。一刻も早く地図を作る必要があるのです」
リザミトスはじっとアスティを見る。
「小僧、剣を扱ったことはあるか?」
「・・・いえ、ありません」
「何か武術を学んだことは?」
「それもありません」
「だろうな。体つきを見れば分かる。小僧、貴様はこれからも二人に守られながら旅をするのか?自分の身も満足に守れない奴は枷でしかない。こいつら二人は確かに実力者だが、それでも多勢を相手にしたとき、貴様一人がいるだけでこいつらは本気を出せないぞ」
・・・確かにそうだ。ヴォロス山賊団に襲われたときも、僕は何もできずただ隠れていただけだった。アスティは臍を嚙んだ。
「南側は教団の影響力が強い。必ず追われることになる。その時、貴様は自分が守られるだけの存在でもいいと思うか?」
アスティは言い返せなかった。初めて、自分が間違っていることを他者に指摘された。そしてその指摘は、全くの正論だ。
「・・・殿下。お願いします。僕に剣の稽古の機会をください」
「もとよりそのつもりだ。貴様のことは認めんが、貴様の旅は成功させなければならんからな」
リザミトスは冷たくそう言った。しかしアスティはその言葉に、さっきより少しだけ優しさを感じた。




