第四十九話 前途多難な二人
エタリスから神シティアスの話を聞いたアスティ達は、迎えにきたシタパとともにシタパの家へと戻った。シタパの家で、昨晩の残りのシチューを昼食に食べていると外で遊んでしたタリィが帰ってきた。
「お父さん、転んじゃった」
見ると、タリィの薄橙色のリネンの服は少し汚れ、右膝を擦りむいていた。泣くのを我慢しているのだろう。両目には今にも零れそうなほど涙を湛え口を真一文字に結んでいた。
「おお、大丈夫か。塗り薬あったかな」
そう言って、急いで立ち上がろうとするシタパをアネッサが手で制した。
「泊めてくださったお礼に、私が治療します」
アネッサはそう言うと立ち上がりタリィの方へと歩み寄った。
「まずは、外に出て水で傷口を洗いましょう」
アネッサは涙目のタリィの手を優しく取り、外に出た。シタパが心配そうに後を追った。
「・・・おれたちも行くか」
「そうですね」
ディナティオスとアスティは顔を見合わせ、肩をすくめて席を立った。
アネッサは、タリィの膝に水をかけ、近くの切り株に座らせた。そして彼女の正面に膝をつき、傷に向かって両手をかざした。
『アフィティア』
アネッサがそう唱えるとじんわりと橙色の光が滲んだ。光は優しくタリィの傷を包んでいるように見えた。
「これで大丈夫よ」
光が消えると同時にアネッサはそう言った。タリィは驚いたように目を丸くして自分の膝を見た。そして、花が咲くような笑顔でアネッサを見た。
「本当に治った!ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして。ただ怪我を治すのにあなたの体力を使ったから、しっかりご飯を食べるのよ」
アネッサは優しく微笑みながらそう言い、タリィの頭を撫でた。
「こりゃ驚いた。昨日の話で魔法使いだとは思っていたが、まさか魔杖無しでもここまで魔法を使うことができるとは・・・。姉ちゃん、さぞ高名な魔法使いだろう?」
シタパは腕を組み、タリィと同じように目を丸くしながら言った。アネッサはシタパの問いにかぶりをふった。
「いえ、私はまだまだ修行中の身です」
「ティルヒースはここから馬車で丸一日、歩くと三日はかかる。明日おれは用があって馬車でティルヒースに行くけど、乗っていくかい?」
夕食の席でアスティ達の今後の行き先を聞いたシタパはそう提案した。「それはありがてえ」とディナティオスは身を乗り出したが、アスティは「お言葉はありがたいですが、徒歩で向かいます」と断った。ディナティオスは反論しようとしたのかアスティに向かって口を開きかけたが、少し考えて「まあそうだよな」と椅子に座り直した。
「何か、歩いて行かなくてはいけない用事でもあるのかい?」
不思議そうに尋ねるシタパにアスティは笑みを浮かべて答えた。
「ええ。まあ仕事みたいなものです」
アスティとディナティオスが夕食の片付けを手伝っている間、アネッサはタリィと子ども用の簡易なボードゲームで遊んでいた。
後片付けが終わる頃には、タリィはうつらうつらと船を漕いでいた。
「まったく。すまねえな、姉ちゃん」
シタパは大きな腕でひょいっとタリィを担ぐと、寝室へと歩いて行った。ボードゲームの片付けをするアネッサにディナティオスが声をかけた。
「アネッサ、子ども好きなんだな。よく似合ってたぜ。まるでお母さんだ」
「王都では子ども向けの治療院で手伝いをよくしていたので。慣れているだけですよ」
アネッサはてきぱきと片付け、「お先に失礼しますね」と言って部屋を後にした。
ディナティオスはきょとんとした顔でアネッサを見送り、アスティを見た。
「あいつ、なんか怒ってたよな?」
「・・・ディナティオスさん、あなたはもう少し考えて喋った方がいいかもしれません」
アスティは動揺しているディナティオスを見て軽く溜息を吐いた。
・・・前途多難だ。




