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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
東の女帝編
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第四十六話 小麦の街の少女

 日が落ち、エヴリ平野に夜の帳が降りる。霧は晴れ、平野の遠く向こうまで見通すことができる。どこからか虫の鳴き声が聞こえる。小川のせせらぎ、薪の爆ぜる音がアスティの鼓膜を震わせる。順番に見張りをするため、アネッサとディナティオスは眠っていた。二人とも毛布に体を丸めている。春とはいえ、まだ夜は冷える。足元の草は夜露に濡れている。吐く息は白い。アスティは革鞄を手に、野営地から少し離れた小高い場所へと足を運んだ。


「・・・これは、すごいな」


 夜空を見上げてアスティは呟いた。雲一つない夜空には星々が、波のきらめきのように輝いていた。今にも降り注ぎそうな星空を見て、アスティはしばらく口を開いて呆然と立ち尽くしていた。


 エヴリ平野には初めて来たが、まさかここまで星が見られるとは。アスティはそう思いながらランタンと鞄を地面に置き、鞄からアストロラーベや炭のペン、紙を取り出した。


 地図作りにおいて、天体観測は必要な作業だ。動かない星の位置を確認し、自分の今いる位置と方角を正確に把握する。海沿いに出るまでそこまで本格的な測量は必要ないが、位置と方角に誤差が生じてくると、距離が延びるほどその誤差は大きくなる。観測はできれば、毎晩行いたい。それに、こうして星を見ているとエウドクス教授のことを思い出す。彼の唯一の教え子として、天体観測は続けたい。王都での観測は二人でしていた。今は一人だ。アスティは今まで、あまり感じたことのない寂しさを感じていた。


「よお、見張り交代の時間だぜ」


 不意に後ろから声がした。振り返ると、毛布を肩から羽織り寒そうに身を縮こめてディナティオスが歩いてきた。


「何やってたんだ?」


 ディナティオスが不思議そうにアスティの持つ道具を見ながら聞いた。


「星の観測ですよ。地図作りに必要な作業です」


 アスティは少し微笑みながら答えた。穏やかな風が二人の間を吹き抜ける。髪がなびく。


「あと少しかかるので、ディナティオスさんは戻ってもいいですよ」


アスティがそう言うと、ディナティオスは「そうするか」と言い、そそくさを野営地へと戻って行った。


 アスティはそんなディナティオスの後ろ姿を見送り、再び夜空を見上げた。星は変わらず瞬いていた。




 エヴリ平野を歩くこと四日、周りには民家や畑が点々と見えるようになってきた。


「ティルヒースまであと二日といったところでしょうか」


 アネッサは歩きながらそう言った。


「この畑が全部、小麦畑なのか?」


 ディナティオスは大きな体でしゃがみながら、緑の稲穂をじっと見ていた。


「収穫はまだ先なので、実も小さいし色もまだ緑なんですよ」


 アスティはディナティオスに後ろから声をかけた。


 ティルヒースは大きな街だが、その最も大きな特徴はティルヒースの周りにある広大な小麦畑だ。バセレシウ王国に流通する小麦のほとんどはこのティルヒースの畑で作られている。ティルヒースの唯一にして絶対の特産品なのだ。農家は畑の近くに家を建て、小麦を収穫するとティルヒースの街へと運ぶ。小麦は高値で取引されるので、その売り上げで一年は暮らすことができるのだ。


 アスティ達一行は舗装された道を進んだ。時折入れ違う農家や、商人の馬車に挨拶をしながら真っ直ぐティルヒースへと向かっていた。


 ガサガサと、近くの茂みから音がした。三人は立ち止まりその茂みに目をやった。ディナティオスは右手を剣の柄にかける。


「誰だ」


 ディナティオスは茂みに声をかけた。


「ご、ごめんさない・・・」


 茂みの後ろから声がした。幼い、少女の声だ。同時に、ヒョコっと茂みの後ろから少女が顔を覗かせた。ディナティオスの腰より低い背丈。秋の小麦と同じ色の髪を肩まで伸ばしている。目は大きく、栗色の瞳がキラキラと輝いていた。


「旅の人・・・ですか?」


 少女が三人を見上げながら問いかける。ディナティオスは「あー・・・」と言いながら後頭部をかき、小声で「すまん、子どもは苦手なんだ」と言いながらアネッサの後ろへと下がって行った。かわってアネッサが少女に答えた。


「ええ。ティルヒースに向かう途中なのです。あなたはこの辺りに住んでいる子ですか?」


 聖女のような笑みを浮かべながら聞くアネッサに、少女は大きな目を更に大きくして答えた。


「私はタリィ。パン屋の娘です」


 少女は笑顔でそう言うと、ぎこちない動きでスカートの端をつまんで会釈をした。


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