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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
王都脱出編
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第四十三話 エウドクス・ジョルダンの計画

 王都は混乱の渦に陥っていた。突然円環軍が本の取り締まりを始めたことで抵抗する市民も現れ、王都は騒然となっていた。日が暮れる頃には本の異端認定が出された。王都の市民達は配られた本を円環軍に渡したが、冬の祭典で処刑された男の名前で出版された本ということは知れ渡り、様々な憶測が錯綜していた。教団は本の回収と共に情報統制も行わなければならず、教団内部も混乱していた。




「何が起きているんだ」


 アスティは王城の自室で一人、外の騒ぎを聞いていた。兵の怒号と市民の叫び声が聞こえた。


「これが、僕とエウドクス教授の計画だよ」


 ガチャリと扉が開き、ソフィが現れた。アスティはソフィの方を振り返った。


「この騒ぎはソフィが起こしたのか?」


 アスティは眉を顰めソフィに尋ねた。


「ああ。全て話すよ、アスティ。君に隠していたことを」


 ソフィはそう言うと、一冊の本をアスティに手渡した。


「これは・・・。『星の軌道についての再考』・・・。エウドクス教授が書いたのか?」


「これが今、王都中に広まっている。この騒ぎは円環軍がこの本を取り締まって起きているんだ」


 アスティはパラパラとページをめくる。ソフィはそれを静かに見守っていた。


「・・・確かに、こんな内容教団が許すはずがない」


「そうだ。彼らは今、必死で取り締まっているさ」


「エウドクス教授はこの本を出すために失踪した・・・?」


 アスティは顔を上げ、ソフィを見た。ソフィは少し物憂げに微笑んだ。


「エウドクス教授は長い間、この本に書かれている研究をしていた。決して教団に見つからないよう慎重に。そして完全な研究成果が出るまではなんの成果も出ていないかのように振る舞っていたそうだ。彼は最初から、自分の命と引き換えにこれを世に知らしめるつもりでいた。そこにたまたま僕たちの王都地図作成の計画が被ったんだ。エウドクス教授はこの地図作成が教団の目に留まることを予想していた。だから、作成途中に君の記録をいくつか盗んだ。後は君も知っての通り、君の罪を被って教団にわざと捕まった」


 アスティはゆっくりと椅子に腰かけた。ふうと一度、深く息を吐いた。


「最初から死ぬつもりだったのか・・・」


ソフィは深く頷き、話を続けた。


「そうだ。彼は処刑されたタイミングで本を出版する計画を立てていた。彼が自由主義派の司教と密会して話していたのは、本の出版経路の相談だったらしい。しかし、教団内で自由主義派は想像以上に力を失っていた。出版経路に困った彼は僕が印刷会社と繋がっていることを王都地図作りの際に知っていたから、失踪した夜に自由主義派の司教を通して僕に交渉を持ちかけてきたんだ。僕は本の印刷と王都での流通を保証するかわりに、流通のタイミングはこちらで決めさせてもらいたいと言った。教団を混乱させる武器になると思ったんだ。交渉は纏まり、それが僕とエウドクス教授の計画になった。そして機会がやってきた。君達を無事に王都から出す機会だ。まさか君のためにこの本を使うことになるとは・・・。僕も、エウドクス教授も思っていなかっただろうね。因果は巡るものだ」


 静寂が部屋を包む。ソフィの話を聞いていた時には聞こえなかった外の喧騒が少しずつ耳に入ってくる。


「エウドクス教授は、真理を世に知らしめたんだな・・・」


 アスティ思い浮かべていた。いつも穏やかに笑う彼の顔を。十年前の後悔を話したときの彼の表情を。火に焼かれる彼の叫びを。彼は壮絶な死の末に自分の名を王都に知らしめた。真理を広めようとした。


「この混乱はいつまで続くんだ?」


「おそらく一週間程度。旅立ちは三日後の早朝だ」


 アスティは首にかかった貝殻を手に取った。碧い光がキラキラと光っている。アスティはエウドクス教授の言葉を思い出した。


「僕ならあるいは・・・。あるいは、真理に辿り着くことができるでしょうか、教授」


 星空を湛えた貝殻は、まるで返事をしたかのように瞬いた。


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