第三十九話 ヴァシーリオの魔女
女神テアディースの三つの恩恵の一つである魔法。テアディース大陸において、魔法が使えるのはバセレシウ王国の民だけと伝えられている。魔法は、正円の大陸に循環する神の力『神力』を借りて行使するものと言われていた。中でも『神力』を感知する能力が高く、常人より強力な魔法を行使することができる人間を『覚醒者』と呼んだ。彼らの多くは王都にある魔法大学でその力を磨き、王家直轄の魔法部隊や王立治療院、テアディース教教団の聖職者などの職に就いた。
『覚醒者』には特徴があった。それは、『覚醒者』のほとんどが男性ということだ。この理由は分かっていないが、男性の方が『神力』の感受性が高いことが理由だと考えられてきた。だが、ごく稀に女性の『覚醒者』が生まれることがある。そして女性の『覚醒者』は、全員が男性の『覚醒者』の数倍、『神力』を感じ取る力を持っていた。希少さと強力な魔法を行使することから、女性の覚醒者は『魔女』と呼ばれていた。
アレストシス第一王子の執務室。アスティは応接用の椅子に座り、アネッサの治療を受けていた。
『アフィティア』
アネッサが唱えながらアスティの傷に両手をかざすと、橙色の光が周辺を包み込んだ。少しずつ傷跡が薄くなっていく。
「ありがとうございます。傷まで治していただいて」
アスティは、傷があった場所を撫でながらアネッサにそう言った。
「完全に治癒した訳ではありません。治癒魔法は自己治癒能力を高める魔法です。傷の大きさのよっては体力をかなり消費するので、気をつけてくださいね」
アネッサは微笑みながらそう言った。
「それにしても、よりにもよって一人でいるところを狙われたか」
アレストシスが難しそうな顔でそう呟いた。
「ずっとアスティを見張っていたのでしょうね」
ソフィも眉間に皺を寄せてそう言った。部屋の中に重たい空気が流れる。
「全員黒い装いで、顔も見えませんでした。一人は男、一人はどちらとも分からない声を出していました。そいつが指示を出していたのでリーダーだと思います」
アスティは襲われた状況を思い出しながら言った。そういった人間には覚えがないのだろう。アレストシスもソフィも黙ったままだ。
「これからは多少危険でも王城にいてもらった方がいいかもしれんな。ソフィロス、カマリエに空き部屋を探させろ。人の少ない場所・・・そうだな、南にある塔はほとんど誰も使っていないだろう。あそこを一部屋、使えるようにするのだ」
「分かりました」
ソフィはアレストシスの指示を聞くと、踵を返して部屋を出て行った。
「さて。君がいて助かったよ、アネッサ」
「いえ、たまたま通りかかったもので。よかったです」
アネッサはアレストシスの言葉を聞いて恭しく微笑んだ。さっき火球を飛ばしていた人間とは思えない上品さだ。
「アスティ。きちんと紹介しよう。彼女はアネッサ・マギア。ヴァシーリオ魔法学校に通う『魔女』だ。高位の魔法使いで、魔杖無しでも魔法を行使できる。その高い能力から『ヴァシーリオの魔女』と呼ばれている」
「その呼び方はあまり好きではありませんが・・・」
アネッサは微笑みながらそう言った。表情が変わらない人なのだろう。
「改めまして、アネッサ・マギアです。アレストシス様から事情は伺っています。アスティ様の旅に護衛として同行させていただきます」
アネッサはアスティの方を向き、頭を下げた。ブロンズの髪がはらりと垂れ下がった。




