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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
王都脱出編
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第三十四話 動くは春、雪解けとともに

 テアディース教教団本部、執務室。クディナルは椅子に座りエウドクスから押収した王都地図作成の記録を広げていた。傍らにはメモが一枚置かれている。ついさっきソヴァルが持ってきた物だ。彼は緊張と高揚感の入り混じったような表情で、そのメモを渡してきた。


 ソヴァル・エピスコス。彼は利用価値がある。父親であるエピスコス司教より頭が切れ、行動力がある男だ。その父親は彼のことを心配しているのか、自分の仕事に巻き込まないようにしていることは薄々感じていた。だからこそわざわざ手間をかけてソヴァルに直接接触したのだ。それにしてもここまで早く目的の物を手に入れることができるとは。彼は見込みがある。


 クディナルはそんなことを考えながら、慎重に記録とメモの文字を見比べた。そのメモは商店で安く売られている紙が使われていて、いくつかの数字が殴り書きされている。少し癖のある字だ。


クディナルの眼球が左右にせわしなく動く。確かめるように何度も視線を往復させ、そして結論に至った。


「やはり、王都の地図を作ったのはアスティニース・イオルだ」


 おそらく間違いない。文字の癖というのは誤魔化せない。問題はここからだ。彼に直接手を出すことは現状難しい。地図の作成を異端認定するのにも根回しに時間がかかるだろう。大学を辞めた今、奴はじきに王都から出るはずだ。おそらく、雪解けを待って春には・・・。


 春には円環軍から遠征部隊を組織して王国内の教会を巡回する。未だ多くいる自由主義派を排斥し、真に教団を支配するためだ。そのための兵の訓練や教育、準備も進んでいる。


「動くは春だな・・・」


 クディナルは窓の外を見た。外にはちらちらと雪が舞っていた。




 『猫の手亭』の三階。いつもの席でアスティはマブロ茶を飲んでいた。外には雪が踊っているように舞っている。今年の冬は珍しく王都で雪が降り続いている。この雪が止んで、溶けた頃に僕はこの王都を出るのだ。


 ついさっきまで、前の椅子にはソフィが座っていた。彼は何かを隠しているが、それでも僕のために動いてくれている。教団から狙われるきっかけを作ってしまった罪悪感もあるのだろう。


 アスティはマブロ茶の入ったカップを置き、小皿に盛られた焼き菓子を口に運んだ。砂糖の甘味がほのかに口に広がり、マブロ茶の苦みを消す。


 ソフィは王都を出て東へ向かう手筈を説明してくれた。アレストシス第一王子に掛け合って王城を出入りする行商人に紛れて王都を出られるよう手配してくれたそうだ。それは雪が解けて馬車を走らせることができる、春になるだろう。


 銀の月に入れば大学の退学手続きも終わり、寮も出なくてはいけない。春になるまではソフィの手配する家に住み、出立の準備を進める手筈だ。


 全てが上手くいけば、だが。ここのところ嫌に視線を感じる。ソフィのつけている護衛ではない。教団は不気味なほど静かなのに、円環軍の兵をよく見かける。偶然か、まだ僕を見張っているのか。


早く落ち着いて研究に戻りたい。アスティはそう思いながら残ったマブロ茶を一口で飲み干した。


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