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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
王都脱出編
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第三十話 局面

 神聖歴967年 灰の月


 年が明けた。例年なら紅の月から灰の月に替わる日、王都の人々は朝まで酒場通りで飲み明かす。収穫祭ほどではないが王都が盛り上がる日だ。


 しかし、今年は冬の祭典の日から雪が降り続いた。外に出ることもままならないほど、王都は雪に覆われた。人々は家に籠り、静かに年が明けていった。


 教団は冬の祭典以来不気味なほど静かだった。何かを準備しているのか、大きな動きを見せることはなかった。国民も、最初はあの処刑に恐怖を抱き、教団や円環軍を畏怖していたが、次第に記憶は薄れ日常が戻ってきていた。


 年が明けて数日後、アスティは学長に呼ばれヴァシーリオ学術大学へ来ていた。この日王都では数日ぶりに雪が止み、太陽が光を注いでいた。積もった雪が光を反射してキラキラと輝いている。森林狼の冬毛皮のようだ。アスティは目を細めながら、学校の中庭に積もった雪を見ていた。


 コーン、コーンと午前の講義の終わりを告げる鐘が鳴る。約束の時間だ。アスティは学長室の扉を叩いた。


「よく来たね」


 学長はにこやかにアスティを出迎えた。「かけて」と、応接用の椅子をアスティに勧めた。


「ではさっそく本題に入りましょうか」


 アスティが椅子に座ったのを見て、学長は話し出した。


「お願いします」


「私の古い友人で、東で領主をしている人がいるの。その人は昔から天文学の研究をしていたんだけど、あなたの話をしたら是非うちに来て欲しいと言っていたわ」


「東、ですか」


「ええ。エヴリ平野を抜けて暫く行った先、港町リマーニの手前にある領地を治めているわ」


 港町リマーニはバセレシウ王国の中でも特に気候が良く、王族の療養地としても有名な場所だ。同時に物流の重要拠点でもある。


「いいところですね」


「ええ。気候も穏やかで領民も穏やか。素敵な場所よ」


 学長はその場所に行ったことがあるのだろう。懐かしむような表情でそう言った。


「そこへ行く方法なんだけど、ソフィロス殿下が考えてくださるそうよ。リマーニには王妃様もいらっしゃるから、王家の方が使われる移動方法があるのでしょう」


 そういえば以前、ソフィは学長から僕が大学を辞めることを聞いたと言っていた。個人的な繋がりでもあるのだろう。


「また殿下から伝達されると思うわ。・・・ところであなたたち、喧嘩でもしたの?」


「なぜですか?」


 学長はくすりと笑った。悪戯を思い付いた子どものような、純粋な表情だ。


「今日同席してあなたに直接話したら?と提案したんだけど、すごく微妙な顔をされていたわ。二人ともまだまだ若いわね」


「そんなのではないですよ」


 アスティは苦笑いを浮かべて答えた。その後、退学と退寮手続きの書類を書き、アスティは大学を後にした。正式に退学するのは黄の月、雪が解けて春が訪れる時期だ。


 大学を出ると、さっきまでいた太陽は雲に隠れ突き刺すような寒さが戻っていた。




 アスティが学長室を尋ねていた頃、教団本部ではクディナルが、エウドクスから押収した王都地図作成時に使用したと思われる記録を見ていた。紙には殴り書きでいくつかの数字が書かれている。


「この数字がどこかの距離と角度というわけか」


 エウドクスは確かに作り方を知っていた。それは合理的で、疑いようのない方法だった。現に奴の隠れ家から地図の作成に使用したと思われる記録が数点、発見されている。しかしクディナルは何かが引っ掛かっていた。


「これを一人で、全て記録したのか・・・?」


 誰か協力者がいるのか、雇った可能性もある・・・。ソフィロス殿下に聞く訳にもいくまい。エウドクスを捕らえた情報を裏から王家に流したが、殿下は何の動きも見せなかった。最初から庇うつもりなどなかったのだろう。やはりバセレシウの血は冷酷非道なのだ。


 クディナルはじっと紙を見る。違和感がある。ここに。頭に血が巡るのを感じる。


 ガタッと、クディナルは椅子から立ち上がった。違和感は文字だ。私はこの文字を見たことが無い。これがおかしいのだ。


部屋を出て、大きな歩幅で歩く。向かった先の部屋の扉には『保管庫』と書かれたプレートが付けられていた。


 クディナルは保管庫に入り、『リノリティス』と唱えて備え付けの蝋燭に火を灯した。窓のない真っ暗な部屋が少し照らされる。部屋の中には大量の木箱が積み重ねられていた。クディナルは部屋の奥へとまっすぐ進み、一つの木箱を見つけた。


「十年前・・・これか。確かエウドクスから押収した当時の研究資料があったはずだ」


 木箱を開き、中身を漁る。そして、一つの冊子を見つけた。『エウドクス・ジョルダン』とサインが書かれている。クディナルはその冊子を開き、数字が書かれているページを探した。そして見つけた。何かの表だろうか。縦横に複数の線が引かれ、様々な数字が書かれている。懐から、さっきまで見ていた記録を取り出して見比べる。


「やはり、やはりそうか!」


 クディナルは叫んだ。高揚する気持ちを止められなかった。


「十年前の奴が作った資料と、今回の奴が作ったとされる記録・・・。筆跡が違う」


 クディナルは立ち上がった。その顔には笑みが浮かんでいた。手を組み、上を見上げた。


「ああ、神よ!感謝いたします・・・」


 手を組んだまま目を瞑り、ふーっと深く息を吐く。気持ちを落ち着かせる。そしてゆっくりと目を開いた。


「王都の地図を作った人間は、エウドクス・ジョルダンではない」


 クディナルは呟いた。その顔には悪魔のような笑みが浮かんでいた。


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