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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
紅の動乱編
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第二十七話 身代わり

 アスティが学長に呼び出された日から数日後、アスティは『猫の手亭』にいた。三階のいつもの席で座っていると、ソフィが来た。


「待たせてすまない」と言いながら、アスティの前の席に座る。


「久しぶりだね、アスティ」


「ああ、一カ月ぶりくらいかな」


 二人の前に陶器のカップに入ったマブロ茶が置かれる。「サービスです」と店主が木製の小皿に載せられた小麦の焼き菓子を二人の真ん中に置いた。ソフィは「ありがとう」と言い、カップを口に運ぶ。湯気がソフィの顔をぼやかせる。


「エウドクス教授が捕まった」


 ソフィは短く、静かに言った。アスティは眉をしかめた。覚悟はしていたが、実際に耳にすると少なからず動揺する自分がいた。


「・・・そうか」


 アスティは、自分を落ち着かせるよう静かに答えた。カップを口に運び、コクリとマブロ茶を飲む。味がしない。温かな感触が喉を通る。


「エウドクス教授はどうなるんだ」


 アスティの問いに、ソフィはしばらく黙った後、事実を認めたくないような厳しい口調で答えた。


「異端認定と、逃亡の罪がある。証拠不十分だとしても今の教団なら簡単に捏造するだろう。そうなると恐らく処刑される」


 アスティは気持ちを落ち着かせるように、深く息を吐いた。ソフィはうつむいて、カップの中を凝視しながら言葉を続けた。


「しかし、まだ処刑されたという情報は入ってきていない。他の異端の疑いで捕まった市民の人々もその後の処分は公布されていない・・・」


「不気味だな」


 ソフィの言葉を聞き、アスティはそう言った。情報が無さすぎる。これではソフィを含め王家も動きづらいだろう。しばらくの間、二人は静寂に包まれた。風が外から窓を叩き、窓枠が歪んでガタガタとガラスを揺らした。おもむろにソフィが口を開いた。


「アスティ、実は話がもう一つある」


 ソフィが顔を上げた。金色の瞳がキラリと光を反射する。


「教団は、エウドクス教授が地図の作成者だと断定したそうだ」


 アスティは「な・・・」と口を開いた。言葉が出てこない。一体どういうことだ。困惑しながら、アスティはなんとか言葉を絞り出した。


「・・・作成者探しは収まったんじゃなかったのか?」


 ソフィはかぶりを振ってアスティの問いに答えた。


「どうやらエウドクス教授にその疑いがかかっていたらしい。そして、彼が捕まった時に自白したそうだ。教団が調査し、証拠も見つかっている」


「証拠って・・・。そんなものあるわけ・・・」


 アスティはそう言いかけて気が付いた。王都の地図を作る作業はエウドクス教授の部屋でしていた。勿論彼もその作り方を知っているだろう。地図が完成した後、証拠を残さないために資料や記録は自分の手で焼却した。しかし、作業中は彼の部屋に記録は置いたままだった。もし彼が証拠となるような物をくすねていたとしたら・・・。


「エウドクス教授は最初から僕を庇うつもりだったのか・・・」


「ああ、僕も君と同じ意見だ」とソフィも言った。


「大っぴらに地図の作成者捜しは行われていない。これはおそらく、地図作り自体を異端認定するか教団の中でも意思の統一ができていないからだ。だが、裏で調査を続けている教団の人間もいた」


「エウドクス教授は最初から教団が動くことを予想していた」


「ああ。それで、いつでも君を庇えるように証拠となる記録を盗んでいたんだろう」


 アスティは椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げた。右手で目を覆う。


「なんでそんなことを・・・」


「君の将来を思ってのことだろう」


 ソフィは静かにそう言った。


「彼は君に期待していた。真理を掴むことのできる人間だとも言っていた。だからこそ、身代わりになる道を選んだのだろう」


 アスティは首から下げたレプイリス貝を手に取った。夜が更ける少し前の空のような青い色に光が反射してキラキラと光の粒を作る。エウドクス教授の言葉を思い出す。


「君ならあるいは・・・か」


 アスティは何か、彼の想いを背負ったような感じがした。

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