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ルークルイリス物語  作者: 梅雨前線
紅の動乱編
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第二十話 始まりの気配

 神聖歴九六六年 白の月


 収穫祭が終わると王都の人々は皆冬支度を始める。薪や食料を蓄え、毛糸で防寒着を編む。寒さと祭りの終わりの雰囲気も相まって、この時期は毎年少し陰鬱な空気が王都に流れる。


 しかし、今年は例年以上に異様な雰囲気を王都の人々は感じていた。それは収穫祭が終わった直後から流れた噂が原因だった。


 「家族が異端の疑いで連行された」「円環軍が民家に押し入り家族全員を連れ去った」などという話がまことしやかに囁かれていた。事実、円環軍の人数は増加の一途を辿り、王都内で騎士団と小競り合いを起こすこともままあった。


 アスティは、この日から再開する講義を受けるためヴァシーリオ学術大学にいた。エウドクス教授が失踪したことは知れ渡っていて、学生達は皆遠巻きにアスティを見て、あらぬ噂話をしていた。学内のそこかしこから憐れみや同情、侮蔑の視線がアスティに向けられていた。


「大丈夫かい?」


 講義終わりの誰もいない講義室で本を読んでいたアスティは、ソフィに話しかけられ読んでいた本を閉じた。


「何がだい?」


「いや、大丈夫そうだ。君のその他の人間に興味がないところはむしろ尊敬に値するよ」


 ソフィはにこやかにそう言って、アスティの座る席の前の椅子に腰かけた。


「ソフィ、教団は何をしているんだ?」


 アスティは前に座るソフィに尋ねた。ソフィは少し難しいことを考えるように、険しい顔をして答えた。


「今、王都中に流れている噂の大半は本当の話だ。どうやら奴らは異教徒の弾圧を強めている。言いがかりのような罪でも異端認定を下して、人々を連れ去っているようだ」


「なぜそんなことを・・・」


「分からない。教団内部で王政派と繋がりのあった自由主義派の司祭達と、次々と連絡が取れなくなっている。お父様は、教団は既に原理主義派の傀儡となったと考えているみたいだ」


「なんとかできないのかい?騎士団を動かすとか・・・」


 アスティの問いに、厳しい表情を崩さないままソフィは答えた。


「今王政派と教団は微妙な均衡の上に成り立っている。お互いに大きく動くことはできない。それこそ内戦に繋がりかねないからね。奴らはそれほどまでに戦力を整えていた。それに僕達王政派も一枚岩ではないんだ。特に財務や南方方面の運輸は原理主義派の人間が管理をしている。こちらの動きがどこから漏れるか分からない以上、奴らの目的が分かるまでは動くことができない」


 アスティは「そうか」と呟いた。そんなアスティを見ながらソフィは続ける。


「それとアスティ、おそらく近いうちにエウドクス教授と天文学に異端認定が下る可能性がある」


「・・・そうか。まあ予想はしていたさ」


 アスティは、エウドクス教授が失踪したときから覚悟していた。なにせ学術大学に一人しかいない天文学の教授が失踪したのだ。教団も何らかの疑いをかけてくるだろう。しかし・・・。


「エウドクス教授はまだ見つかっていないんだよね?このタイミングで異端認定を下すのはかなり強引だと思うけど・・・」


「今までの教団ならそんな行為は認められまかっただろう。だが、今の教団ならやりかねない。既にかなり強引な手段で弾圧を始めているからな」


 ソフィの横顔が窓から差し込む斜陽に照らされている。彼の端正な顔は、以前よりも大人びて見える。王族としての役割が彼を大人にしているのかもしれないと、アスティは思った。


「今年の冬の祭典は何かが起こる。アスティ、君も気を付けるんだ」


 ソフィはそう言うと、「何かあればカマリエを寄越すよ」と言って講義室を後にした。


 アスティは一人、暗くなった講義室でソフィとの会話を反芻した。


「・・・続きは明日、だな」


 閉じた本の表紙に触れながら、アスティは呟いた。


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