第十七話 失踪
収穫祭は五日目を迎え、一番の盛り上がりを見せていた。王都に入る人の数も次第に増えていき、王都では人のいない場所を探す方が苦労しそうなほどだった。しかし、人の数が増えるほどに罪を犯す者も増えてくる。騎士団や円環軍の取り締まりが強化され、それが更なる混雑を生み出していた。
ヴァシーリオ学術大学で発生した事件も、最初は祭りの熱に浮かされた人間の仕業だと考えられていた。
昨日のエウドクス教授との会話に違和感を覚えていたアスティは、自然とヴァシーリオ学術大学へ足が向かっていた。収穫祭の間、講義は全て中止となっているが、アスティが大学に着くと正門の外に人だかりができていた。
嫌な予感がする。昨日のエウドクス教授との会話を思い出す。何かを覚悟したような彼の表情も。
「何かあったんですか?」
アスティは人だかりの後方にいた人に聞いた。
「ああ、物盗りがあったらしいよ」
「どうせエールを飲み過ぎた酔っぱらいでも入り込んだんだろう」
友人同士らしき男性達はアスティにそう答えた。校舎の方を見ると、衛兵が話しているのが見えた。
何かが起こっている。ただの物盗りではないと感じたアスティはまっすぐに寮へと戻った。寮に着く目前、アスティは寮の入口に誰かが立っていることに気が付いた。ゆっくりと近付くと、それは見知った顔だった。
「こんにちは、カマリエさん。お久しぶりですね」
そこには黒いドレスを着た女性、カマリエがいた。以前会ったときは分からなかったが、彼女のドレスは光沢が無く、日に当たってもなお深い黒の色をしていた。
「こんにちは、アスティニース様。少しお時間よろしいですか?」
カマリエは低く落ち着いた声でアスティに言った。以前は夜だったから低い声色だったのかと思っていたが、どうやら彼女の素の声のようだ。アスティはそう思いながら「ええ、大丈夫です」と答えた。
『猫の手亭』は、屋台通りから少し外れているからか収穫祭の最中も客はあまり多くない。しかし、五日目は最盛時期ということもあり一階の食堂はほとんど満席だった。カマリエは店に入り店主と何かを話すと、「では行きましょう」とアスティに声をかけ三階へと上がった。
「エウドクス様が失踪しました」
カマリエは感情を感じないような声でそう言った。アスティはその言葉を聞いても驚かない。そんなアスティの様子を見て、カマリエは話を続けた。
「今朝、彼の研究室が荒らされていたのを他の教授が発見し衛兵に通報しました。最初はただの物盗りかと思われたそうなのですが、衛兵が彼の自宅を訪ねたところ研究室と同じように荒らされていて、エウドクス様の姿はどこにもなかったそうです。何者かに攫われたのか、自ら失踪したのか、だとしたら理由はなんなのか・・・。まだ不明な点は多々あります」
おそらくカマリエは衛兵から情報を聞いたソフィの命令で来たのだろう。衛兵は確かアコロディオ第三王子が管理している。情報を得ることは難しくない。そして、エウドクス教授はおそらく、自ら失踪したのだろう。アスティはそのことをカマリエに伝えた。カマリエは少し驚いたような表情を見せた。
「確かに、長い時間エウドクス様と一緒に過ごされてきたあなたなら、彼の変化にも気が付くかもしれません。念のためソフィロス様にも報告いたします。そしてアスティニース様。実はお話はそれだけではないのです」
カマリエは低い声を更に低くして言った。
「教団の原理主義派が動き出しています。近いうち、何か大きなことが起こるかもしれません。地図作りの犯人捜しも継続されているようです。まだアスティニース様には辿り着いていないようですが、念のためソフィ様とはまだお会いにならない方がいいでしょう。何か連絡があれば私が伺います」
「分かりました。ありがとうございます」
アスティはそう答えた。祭りが盛り上がる王都で教団がひっそりと動き出している。それは燃え広がる炎のようにじわじわと王都を蝕んでいた。




