第十五話 暗転
収穫祭三日目。収穫祭は夜も続く。屋台通りにランプが灯り、通りを赤や黄、橙色に染める。屋台ではエールや皿に盛られたソーセージ、揚げ芋が出されている。酔った男達が肩を組んで陽気に歌を歌っている。
クディナルはそんな夜の屋台通りを、教団にある自室の窓から眺めていた。後ろからエピスコスが話しかける。
「猊下。収穫祭には行かれたのですか?」
クディナルは外から視線を外し、エピスコスを見た。屋台通りの明かりが、暗い彼の部屋を仄かに照らす。
「いや、私は収穫祭が嫌いでね。神への祈りを教団ではなく王家が行うというのはよろしくない」
「そうでしたか、失礼しました」
「そんなことよりエピスコス司教。何か情報は掴めたかね」
「ソフィロス殿下の周辺を洗っていますが、なかなか目ぼしい情報は集まらず・・・」
エピスコスは両手をさすりながら、へりくだるような言い方で報告をする。
「ヴァシーリオ学術大学の方はどうかね」
クディナルの質問に、少し躊躇うような様子を見せる。どうやら彼は自分の息子も含めて、大学に通う人間はまだ未成熟で精巧な地図を作ることのできる人間などいないと、頭から決めつけているのだろう。それでもエピスコスは、クディナルの問いに答えた。
「愚息から聞いたのですが、一人殿下が懇意にしている人間が学内にいるそうです」
「ほお。なんという名だ」
「ええと、確か・・・。アスティニース・イオルだったかと。ただこの少年はまだ十三の年だそうです。無関係かとは思いますが」
クディナルはその名を聞いてエピスコスを睨みつけた。
「な、なんでしょうか」と思わぬ視線を受けエピスコスは戸惑った。
「いや・・・、そうか。私はその少年を知っている、確か王国の歴史上最年少で試験を合格した少年だな」
「え、ええ・・・。『神童』と呼ばれているそうです。ただ受講態度が良くないということと天文学を専修していることからか、愚息はその少年のことを『異端の白狐』と呼んでおりました。まあ子ども同士の戯言ですな」とエピスコスは答えた。
クディナルはエピスコスの言葉を聞き「天文学か・・・」と呟くと、ゆっくり部屋の中を歩き、壁際に置かれた石膏像の一つに手を置いた。
「エピスコス司教。君は、ヴァシーリオ学術大学の学生にはあそこまで精巧な地図を作ることができる人間はいないと思っているな?」
クディナルの問いに核心を突かれたようにエピスコスは目を見開いた。そして弁解するように早口で答えた。
「い、いえ!だたやはり、年端もいかぬ若者にそこまでの能力があるとは思えませんでしたので・・・」
「油断してはならんぞ、エピスコス司教」
クディナルは何か思い出すように、ゆっくりと話し出した。
「・・・私は十年前、一人の少年を異端の研究を行った罪で拷問の末処刑した。彼はヴァシーリオ学術大学で天文学を専修していた学生だった」
クディナルの話にエピスコスは驚きの表情を浮かべた。クディナルは話を続ける。
「その少年はとても頭の切れる男でね。異端認定された研究は全て自分でやったのだと言った。私の見立てでは天文学の教授と協力して行った研究だと思っていたのだが、彼は証拠を残さず全ての罪を被ったのだ。私の拷問にも決して口を割らずにな。おかげでその時に天文学自体を異端認定することができなかったのだよ」
クディナルは何か、懐かしむような声色で話した。
「私はその少年をとても尊敬した。いくら叫び声をあげようとも、決して仲間を売らなかったその男をな。自分の教え子が捕まったというのに名乗り出なかった、どこぞの先生とは違う。改宗してくれていれば殺さずに済んだというのに」
「十年前にそんなことがあったのですね・・・」
エピスコスは絞り出すような声で言った。
「そうだ。だからこそ、学問を探究する人間に年齢は関係ない。奴らは行き過ぎた好奇心という闇に落ちた大罪人なのだ」
クディナルはそう言うとエピスコスへと強い口調で指示を出した。
「エピスコス司教。隠密にアスティニース・イオルの調査を続けろ」




