第十四話 疑惑の収穫祭
収穫祭は橙の月の末に七日間、昼夜を問わず行われる。王都の市民だけでなく、周辺の町や村からも住人がやってくるため、王都はいつも以上の活気に満ち溢れる。大通りを中心に三千ミーコス(およそ三キロ)にわたって屋台が立ち並ぶ『屋台街』は壮観である。そこでは商人達の声が響き、香辛料の香りが充満している。広場では吟遊詩人が弦楽器を奏でながらクラトラス王の英雄譚を歌い、どこかの民族衣装のように奇抜な衣装を纏った大道芸人が大玉に乗りながら口から火を噴いている。どこもかしこも人で溢れ、大通りは人にぶつからないように歩くことが困難なほどだ。
四日目からは広場中央に焚き木が格子状に組まれ、火が付けられる。そこに農民達がその年に採れた野菜や果実、穀物などを投げ入れ、その年の豊作の礼を神に捧げる。立ち昇る煙が神に届いた時、翌年の豊作が約束されると言われている。
収穫祭が始まって二日が経った時、アスティはソフィに呼ばれ大通りから少し外れた場所にある『猫の手亭』という店に来ていた。
「やあアスティ、久しぶりだね。こんなところまで呼び出してすまない」
『猫の手亭』の三階窓際の席に座り、ソフィは開口一番そう言った。橙の月の初めにエウドクス教授の部屋で会って以来、二人は極力会わないようにしていた。
「構わないよ、とてもいい店だ」
アスティは店を見回しながら言った。決して新しくはない店構えだが、中は綺麗で清掃が行き届いている。入口にもあった猫の木製のレリーフが店内にもかけられていた。椅子やテーブルも細かな木の細工が施されていて高級さを感じる。
「まあ、ここはいわゆる王族御用達の店なんだ。隠密に王城以外で誰かと会合する時によく使われるんだよ。一階と二階は一般市民向けの食堂だが、三階は僕達のような特殊な人間だけが使うことができるんだ。ところでアスティ、祭りは楽しんでいるかい?」
アスティは、ソフィの話を聞きながら目前に置かれた猪のシチューに麦のパンを浸す。十分にシチューを吸ったパンを口に運びながらアスティは答えた。
「昨日は屋台通りへ行ったよ。ただ、僕はあまり人だかりが得意じゃないからすぐに寮へ戻ったけどね」
アスティは窓の外を見る。人で溢れる屋台通りが少しだけ見えた。その喧騒はここまで聞こえてくる。
「確かに、相変わらずすごい人の数だ。この時ばかりは騎士団と円環軍も対立している暇はないな。あちこちでいざこざが起こっているから。それでも例年よりはいい。見たかい、アスティ。道行く人のほとんどが君の作った地図を持って店探しをしている。想像以上の普及率だ。それに商人達への通達も問題無く行うことができた。全て君のおかげだ。改めて礼を言わせてくれ」
ソフィは膝に手をついて頭を下げた。金色の髪がさらりと揺れる。いつもの紺の制服では無く、白と金の布で作られた王族の正装が、彼の立場をより一層強調している。今彼はこの収穫祭の責任者の一人として僕の前に立っている。アスティはそう思った。
「構わないよ。僕も楽しかった。お陰で学費も十分に払うことができるしね」とアスティは言った。礼を言った時の固い表情が少し和らぎ、ソフィは言った。
「後は教団の方だが・・・。あの後、君の方は大丈夫だったか?」
「ああ、特に問題はなかった。観測と研究の毎日さ。エウドクス教授も最近は特に忙しそうで、研究に精を出していてね。もしかしたら何か、成果に近付いているのかもしれない」
アスティは水を飲みながら答えた。
「エウドクス教授か・・・」
ソフィが何か逡巡しているように呟いた。
「どうした?」と何かを察してアスティが問う。
「いや、杞憂だとは思うんだけど・・・」
ソフィは珍しく歯切れが悪い言い方で話し出した。
「実は収穫祭までの間、君達に護衛を付けていたんだ。黙っていてすまない」
「・・・全く気が付かなかったな。それで?」
「怒らないということは、想像はしていたのかな?まあいい。実は収穫祭までの間に彼は三回、教団関係者と思われる人間と密会していた。夜中の貧民街で、だ」
「まさか、エウドクス教授が?彼はこう言ってはなんだが信心深い方ではないはずだが・・・」
アスティは疑惑の浮かんだ表情を浮かべた。夕日が窓から差し込み二人を照らす。いつの間にか外は日が暮れ始めていた。
「相手が誰かは分からない。でも真っ黒の外套の下にちらりと教団関係者がつけるブローチが見えたそうだ」
沈黙の時間が二人の間に流れる。外の喧騒が店内に響く。どこからか管楽器の音が聞こえる。演奏団が演奏を始めたのだろう。
「まあ、ただの友人という可能性もある。現に君のところに教団の人間は来ていないだろう?エウドクス教授が教団と繋がっているなら君も売られているかもしれないからね」
ソフィは静かにそう言った。
「一応、気に留めておいてくれ」
このまま平穏に収穫祭が終わることは無さそうだとアスティは思った。




