第十三話 足音
神聖歴九六六年 橙の月
収穫祭まで一カ月を切った。王都は不思議な高揚感に包まれていた。商人達は活気づき、商店で声を張り上げている。大通りは少しずつ飾りつけられ、祭りが近いことが感じられる。熱気が王都全体を包んでいた。
「アスティ、やはり教団が動き出した」
アスティはエウドクス教授の研究室でソフィからそんな話を聞いていた。エウドクス教授は講義のためいない。アスティとソフィは向かい合わせで椅子に座り、話をしていた。
「地図の流通は予想通り、始めてしまえば止める力は教会にはなかった。問題は作成者を嗅ぎまわっているということだ。印刷所や流通に関わった商人に教団の人間が来たと報告が入った」
ソフィは腕を組みながらアスティに報告する。
「僕の名前は出ないようにしてくれたんだろう?」とアスティが聞く。
「ああ、誰が地図を作ったのかはほとんど誰も知らない。だが、予想していたより教団の動きが早い。かなり上の人間が指示を出している可能性がある」
「しばらくは僕らも会わない方がいいかもしれないな。君の周りも嗅ぎまわられているだろうし」
「そうだな。収穫祭が終わって白の月には教団会主催の“冬の祭典”も始まる。その頃には教団も忙しくなってネズミを探す暇なんてなくなるさ」
ソフィはそう言い終わると、「祭りの準備があるから」と言い、エウドクス教授の部屋を後にした。最近の彼は忙しく動き回っている。収穫祭が近づき仕事が忙しくなってきたのだろう。僕の作った地図が役に立つといいのだが。その効果は王都の外から商人達が来た時に分かるはずだ。外から何か歌声と楽器の音が聞こえる。王国の何処かから吟遊詩人でも来ているのだろう。アスティはエウドクス教授の部屋で一人、ほのかに聞こえる歌声に耳を傾けながらそんなことを考えていた。
「エピスコス司教、何か分かったか?」
テアディース教団本部。クディナルは眼前に直立不動で立つエピスコスに問いを投げていた。
「ええ。どうやらソフィロス殿下が噛んでいるようです。印刷を請け負った商人もソフィロス殿下と繋がりの深い人間で、こちらから手を出し辛いのが現状です」
「ソフィロス第四王子・・・。冠を置いてペンを取るような奔放王子だな」
クディナルはマブロ茶の葉をそのまま噛んだような苦い表情でそう言った。
「はい。なんでも商業組合と協力して屋台の部門を取りまとめているとか」
エピスコスはまた額に汗をかきながら報告を続ける。
「確かに、殿下は賢い。学術大学にも自力で合格するほどだ。・・・しかし、いくら賢いとはいえ殿下にこの地図を作る能力はない。おそらく他の者が作り、足がつかないように流通を殿下が行ったのだろう。・・・学術大学と言えばエピスコス司教、君の息子も確か通っていたな」
「ええ、学術大学に通っております。ソフィロス殿下とも同級生だと聞いております」
「ふむ・・・」と、クディナルは少し思案し、そしてエピスコスに命令を出した。
「エピスコス司教、ソフィロス殿下の周りの人間を洗え。地図を作ったのはおそらく殿下に近しい者だろう。必要なら息子も使うといい」
エピスコスはクディナルから命令を受け、恭しく礼をして部屋を出て行った。
教団の足音が静かに、しかし確実にアスティに近付いていた。




