第5話 異世界の夜、初めての寝床
夕暮れ時――
カフェ《黒猫亭》の窓から、オレンジ色の光が差し込んでいた。
長い一日がようやく終わる――そんな気配を感じながら、私は大きく伸びをする。
(……さすがに疲れた)
異世界転生して、初めての一日。いきなりカフェの立て直しを頼まれて、マーケティング戦略を語り倒して、気づいたら住み込み決定という超展開。
(流れに乗ってここまで来ちゃったけど……私、大丈夫かな?)
まぁ、今さら考えても仕方ない。
ひとまず今日は、生活環境を整えて、ゆっくり休むのが先決だ。
「カグヤ、こっちだ」
ルイスに案内されて、私はカフェの奥の階段を上がった。
二階には彼の部屋と、使われていない小さな物置部屋があった。
「ここをお前の部屋にしろ」
ルイスが扉を開くと、そこにはシンプルな木のベッドと、小さな机と椅子が置かれていた。
(……意外と悪くないかも)
ベッドには薄い布団が敷かれていて、少しだけ埃っぽい。だけど、掃除すれば十分に使えそうだ。
窓を開けると、風がそっと頬を撫でる。
(……なんか、意外と居心地よさそう)
「狭いが、寝るには十分だろ」
「うん、すごく助かる!」
「それと、これを持っていけ」
ルイスは小さなランタン型の魔導具を手渡してきた。
ツマミをひねると、ふわっと暖かな光が灯る。
魔導灯だ。
ツマミを回せば光がつく。夜はここに火を灯す。
魔導具というのは、自然から採れる魔石を利用して作られている。
しかし、この世界にはファンタジー作品によくいる魔法使いは存在しない。
私にはなぜか言葉や魔導具など、この世界の知識がある。
転生ものにありがちな“転生ボーナス”としては地味だけど、これがなかったら野垂れ死んでたかもしれない。
しかし、ここで生活するにあたって、私にはひとつ大事なことがあった。
「その……お風呂は使えるの?」
「一階に浴室がある。魔導具でお湯が出るから、好きに使え」
「それはありがたい!」
異世界生活で一番の心配だったけど、お風呂に入れるなら問題なし。
「タオルはそこにあるやつを使え。あと……」
ルイスが言いかけて、少しだけ視線をそらす。
「……その、俺の服でよければ、貸すが」
「えっ?」
「お前、着替えがないだろ」
あ……そういえば、私この世界に来たときの服のままだ。
(確かに、このまま寝るのはキツいかも)
ルイスは無言でクローゼットを開け、シャツを取り出して私に差し出した。
「……とりあえず、これを着ておけ」
「あ、ありがとう……」
受け取ったシャツは、大きくてふわりと柔らかい生地だった。
(……ルイスの服かぁ)
なんか、ちょっとドキドキする。
――――――――――
お風呂を借りて、ルイスのシャツに着替える。
袖は長すぎて手がすっぽり隠れるし、裾は太ももの半分くらいまである。
(……なんか、すごく落ち着かない)
ちょっと恥ずかしいけど、仕方ない。
魔導灯を持って部屋に戻ると、ルイスがドアの前で立っていた。
「……寝る前に、何かいるものはあるか?」
「うん、大丈夫。ありがとね、ルイス」
ルイスは少し黙ったあと、短く「そうか」と言って、自分の部屋へ戻っていった。
(……意外と気遣いできる人なのね)
ベッドに横になりながら、ぼんやりと考える。
転生して、初めての夜。
シーツは少し固いけど、ちゃんと温かい布団がある。
外からは、街の喧騒が微かに聞こえてくる。
異世界だというのに、なんだか不思議と落ち着く。
(……私、本当に転生しちゃったんだなぁ)
ふと、今までの人生を思い出す。
元の世界では、毎日仕事に追われていた。ブラックってほどじゃないけど、気がつけば疲れ果てて、ろくに寝る時間もなかった。
でも、今はどうだろう?
確かにこの世界は未知の場所だけど、ルイスがいて、やるべきことがある。
なんだか、久しぶりに「自分が必要とされてる」気がする。
(……悪くないかも)
明日から、本格的にカフェの立て直しが始まる。
その前に、今日はぐっすり眠ろう――。
私は魔導灯を消して、目を閉じた。
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