表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/28

第2話 マーケティング心理学でカフェに改革を!

「おわぁっと、そうだった! まず自己紹介しておくね」


 ルイスが驚いたようにこちらを見た。


 今まで名乗らずに話を進めてしまっていた。

 でも異世界転生直後なんて、普通は混乱するでしょ!?


 私は一度、咳払いしてから、背筋を伸ばす。


「私は藤崎輝夜ふじさき かぐや。もともとは……まぁ、遠い国の商業都市で暮らしてたんだけど、気づいたらここにいたの」


 異世界転生なんて言っても信じてもらえなさそうだし、適当に濁しておく。


「カグヤ……カグヤ、か」


 ルイスは私の名前を口の中で転がすように呟いた。


(えっ、なんかその言い方、ちょっと良くない?)


 落ち着いた低音ボイスで呼ばれると、ちょっと胸に響く。……って、違う違う! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!


「ところで……なんで私、ここのカフェで寝てたの?」


 そう、今さらながら疑問に思った。


 私は事故に遭って――そして目が覚めたらこの店にいた。普通、異世界転生って言ったら、神様からのお告げがあったり、スキルを授かったりするんじゃないの!?


「お前、昨日の夜、店の前で倒れてたんだよ」

「えっ」

「外に放っておくわけにもいかないから、ここに寝かせた」

「……そ、そうだったのね」


 なるほど。だから私はこのカフェで目覚めたのね。魔法もスキルもなく、ただ気絶して転生してきたって……なんか地味じゃない?


 でも、異世界の道端で行き倒れていたところを拾われたってことは……


「つまり、ルイスは私の命の恩人ってこと?」

「まぁ……そうなるな」


 ルイスはちょっと目を逸らしながら答えた。その仕草がなんだか照れくさそうで、ちょっと可愛い。


(……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)


 私は首を振って、もう一つの疑問をぶつけた。


「あともうひとつ質問、なんで私に店の立て直しを頼んだの?」

「お前、商業都市で暮らしてたって言ったよな?」

「え?」

「昨日、お前を店に運んだときに少し話しかけたんだ。……寝言で、やたらと商売の話をしてた」

「ええっ!?」


 私、寝言で何言ってたの!?

 ていうか、そんな理由で経営改革を頼まれたの!?


「何かの商人かと思ったんだが、違うのか?」

「……うーん、どうだろうね」


 確かに私は元の世界でマーケティングの話が好きで、仕事の合間にネットで情報を仕入れていた。でも、本業はただのOL。あくまで趣味の範囲だった。


 でも……。


(それでも、何もしないよりはマシだよね)


 どうせこの世界でどうやって生きるかも決まっていない。それなら、ここで試してみるのも悪くない。


「……いいわ、やる」


 私は帳簿をパタンと閉じ、ルイスの目を見据えた。


「この店、私がなんとかしてみせる!」

「……本当に?」


 ルイスの黒い瞳が、わずかに揺れる。


「もちろん! ただし、私は本職の商人じゃないから、完全なプロの知識はないわよ?」

「それでもいい」


 ルイスは少し微笑んで、私の前に新しいコーヒーを差し出した。


「……ありがとう」


 カップを手に取り、私は深く息を吸い込む。香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐった。


(よし、まずは最初の一歩から!)


「このお店を改善するなら、そうねぇ……」


 薄暗い店内を見渡し、そのままルイスと目を合わせる。


「ねえ、ルイス。バーナム効果って知ってる?」

「……なんだ、それは」

「簡単に言うと、『あなたのこと、特別扱いしてますよ』って思わせるテクニック」

「……?」

「まずは『ここでしか飲めない特別なコーヒー』って演出しよう!」


 私は立ち上がり、店内をぐるりと指差し確認する。


 埃っぽいテーブル、薄暗いランプ、空っぽの席……。


「この内装だと、せっかくの美味しいコーヒーが台無しじゃない!?」

「………………」

「だから、このカフェ、ちょっとコンセプトを変えましょう!」

「コンセプト……?」

「『貴族のための特別な一杯』を提供するお店にするの」

「貴族向け……?」

「そう! バーナム効果を使って、お客さんに『自分は選ばれた特別な客なんだ』って思わせるのよ」


 ※バーナム効果というのは、“誰にでも当てはまるような内容だけど、自分だけに当てはまっているように感じてしまう現象”のこと。


 大体の貴族が好みそうなお店にして、『ここは私だけに合ったコーヒーを出すお店』として認識してもらうのがいいはず!

 客単価だって上げられるし、名案でしょ!?


 私はカウンターの上に手を置き、ニッと笑う。


「たとえば、今まで普通に売ってたコーヒーを『王都の上級貴族が愛した秘伝の一杯』とか言って出すの」

「そんな嘘ついていいのか?」

「嘘じゃないわよ。ルイスのコーヒー、本当に美味しいんだから!」


 ルイスが驚いたように目を見開く。


「ルイスの腕は本物よ。だから、それをちゃんと価値のあるものに見せるのが、マーケティングってわけ」


 そう言うと、ルイスは一瞬黙り込んだ。そして、静かに私のことを見つめる。


「……お前、面白いな」

「え?」

「さっきから思ってたが……商人でもないのにそれだけの知識、どうして身につけたんだ?」

「……ま、いろいろあるのよ」


 私は曖昧に笑って、話を逸らした。


「とにかく! この店の改革、始めるわよ!」


 こうして、異世界のカフェ経営改革が本格的に始まる――!


 ――はずだったんだけど、これが素人らしい失敗になるのであった。

読んでいただきありがとうございます!


この作品が面白いと感じたら、下の☆☆☆☆☆の評価、ブックマークや作者のフォローにて応援していただけると励みになります。


今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ