第2話 マーケティング心理学でカフェに改革を!
「おわぁっと、そうだった! まず自己紹介しておくね」
ルイスが驚いたようにこちらを見た。
今まで名乗らずに話を進めてしまっていた。
でも異世界転生直後なんて、普通は混乱するでしょ!?
私は一度、咳払いしてから、背筋を伸ばす。
「私は藤崎輝夜。もともとは……まぁ、遠い国の商業都市で暮らしてたんだけど、気づいたらここにいたの」
異世界転生なんて言っても信じてもらえなさそうだし、適当に濁しておく。
「カグヤ……カグヤ、か」
ルイスは私の名前を口の中で転がすように呟いた。
(えっ、なんかその言い方、ちょっと良くない?)
落ち着いた低音ボイスで呼ばれると、ちょっと胸に響く。……って、違う違う! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「ところで……なんで私、ここのカフェで寝てたの?」
そう、今さらながら疑問に思った。
私は事故に遭って――そして目が覚めたらこの店にいた。普通、異世界転生って言ったら、神様からのお告げがあったり、スキルを授かったりするんじゃないの!?
「お前、昨日の夜、店の前で倒れてたんだよ」
「えっ」
「外に放っておくわけにもいかないから、ここに寝かせた」
「……そ、そうだったのね」
なるほど。だから私はこのカフェで目覚めたのね。魔法もスキルもなく、ただ気絶して転生してきたって……なんか地味じゃない?
でも、異世界の道端で行き倒れていたところを拾われたってことは……
「つまり、ルイスは私の命の恩人ってこと?」
「まぁ……そうなるな」
ルイスはちょっと目を逸らしながら答えた。その仕草がなんだか照れくさそうで、ちょっと可愛い。
(……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)
私は首を振って、もう一つの疑問をぶつけた。
「あともうひとつ質問、なんで私に店の立て直しを頼んだの?」
「お前、商業都市で暮らしてたって言ったよな?」
「え?」
「昨日、お前を店に運んだときに少し話しかけたんだ。……寝言で、やたらと商売の話をしてた」
「ええっ!?」
私、寝言で何言ってたの!?
ていうか、そんな理由で経営改革を頼まれたの!?
「何かの商人かと思ったんだが、違うのか?」
「……うーん、どうだろうね」
確かに私は元の世界でマーケティングの話が好きで、仕事の合間にネットで情報を仕入れていた。でも、本業はただのOL。あくまで趣味の範囲だった。
でも……。
(それでも、何もしないよりはマシだよね)
どうせこの世界でどうやって生きるかも決まっていない。それなら、ここで試してみるのも悪くない。
「……いいわ、やる」
私は帳簿をパタンと閉じ、ルイスの目を見据えた。
「この店、私がなんとかしてみせる!」
「……本当に?」
ルイスの黒い瞳が、わずかに揺れる。
「もちろん! ただし、私は本職の商人じゃないから、完全なプロの知識はないわよ?」
「それでもいい」
ルイスは少し微笑んで、私の前に新しいコーヒーを差し出した。
「……ありがとう」
カップを手に取り、私は深く息を吸い込む。香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐった。
(よし、まずは最初の一歩から!)
「このお店を改善するなら、そうねぇ……」
薄暗い店内を見渡し、そのままルイスと目を合わせる。
「ねえ、ルイス。バーナム効果って知ってる?」
「……なんだ、それは」
「簡単に言うと、『あなたのこと、特別扱いしてますよ』って思わせるテクニック」
「……?」
「まずは『ここでしか飲めない特別なコーヒー』って演出しよう!」
私は立ち上がり、店内をぐるりと指差し確認する。
埃っぽいテーブル、薄暗いランプ、空っぽの席……。
「この内装だと、せっかくの美味しいコーヒーが台無しじゃない!?」
「………………」
「だから、このカフェ、ちょっとコンセプトを変えましょう!」
「コンセプト……?」
「『貴族のための特別な一杯』を提供するお店にするの」
「貴族向け……?」
「そう! バーナム効果を使って、お客さんに『自分は選ばれた特別な客なんだ』って思わせるのよ」
※バーナム効果というのは、“誰にでも当てはまるような内容だけど、自分だけに当てはまっているように感じてしまう現象”のこと。
大体の貴族が好みそうなお店にして、『ここは私だけに合ったコーヒーを出すお店』として認識してもらうのがいいはず!
客単価だって上げられるし、名案でしょ!?
私はカウンターの上に手を置き、ニッと笑う。
「たとえば、今まで普通に売ってたコーヒーを『王都の上級貴族が愛した秘伝の一杯』とか言って出すの」
「そんな嘘ついていいのか?」
「嘘じゃないわよ。ルイスのコーヒー、本当に美味しいんだから!」
ルイスが驚いたように目を見開く。
「ルイスの腕は本物よ。だから、それをちゃんと価値のあるものに見せるのが、マーケティングってわけ」
そう言うと、ルイスは一瞬黙り込んだ。そして、静かに私のことを見つめる。
「……お前、面白いな」
「え?」
「さっきから思ってたが……商人でもないのにそれだけの知識、どうして身につけたんだ?」
「……ま、いろいろあるのよ」
私は曖昧に笑って、話を逸らした。
「とにかく! この店の改革、始めるわよ!」
こうして、異世界のカフェ経営改革が本格的に始まる――!
――はずだったんだけど、これが素人らしい失敗になるのであった。
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