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りんご飴

作者: 人間 計

 田舎の実家の縁側。昨日の真夜中の大雨は、嘘みたいに空から去った。ただし、そのお土産として、天井から地面にポタポタと垂れる雫を残してくれている。その雫は、静かな水たまりを一定の間隔で太鼓のように震わせ、静寂、振動、静寂、振動の二つの真逆の状態を創造している。そんな奇妙な水たまりにて、きっとなにも理解していないアメンボが一匹、すいすいと泳ぐ。そんな朝。


 田舎の夏の朝の縁側は風が心地よい。私はこの場所で、悠々と外を眺めるのが好きなのだ。田舎の縁側、見えるのは一面田んぼだらけであるのはきっと、宿命なのだろう。だが、それでよき。下手にこの田んぼに一つビルが建ったとて、私のこの大好きな景観を著しく損なうだけだろうよ。だから、これでよい。田んぼしかない田舎の風景、夏の朝の風、水たまり、胡坐にて座る私、その横で皿に置かれたりんご飴。それで完成されているといっても過言ではなかろう。朝のこの場所は素晴らしいのだ。私は横の皿に置かれているりんご飴を手に取り、それを舌で舐めた。甘い。りんご飴が好きなのだ。昨夜、この田舎から少しだけ離れた町にて祭りがあった。その時に買ったのだ、このりんご飴。


 夜、花火が空に舞うのを眺めながら、このりんご飴を買った。ただし、りんご飴を買ったその祭りの最中に全て食べきるのは至難の業であろう。そもそもとして、飴のついたリンゴをまるごと一個食べるというのは、女性の私にはきつい。それに、このりんご飴は食べ進めると飴が溶け、べとべととしてくるのだ。そのべとべとが、お祭りということで綺麗に装った浴衣姿の他人の服につくのは申し訳なく、さらに、お祭りという嬉しい異常事態が作り出すその人ごみでどうしても他人につきやすくなっているのだ。だからこそ、私はそのりんご飴を少しだけなめ、あとは後生大事に、買った時についている袋にしまい、持って帰るのだ。そのりんご飴を、一晩明けた今、人ごみなどとは程遠い、田舎の縁側にて私はぺろぺろと舐めるのだ。美味い。


 縁側からは、小学生達が自転車にて滑走する様がありありと見える。私がその両親であれば、危ないよと忠言するかもしれないほどに全力で、荒々しく、その少年達は自転車でどこかに向かう。清々しい。全力の子供を見るのは確かなほど、清々しい。私はりんご飴をぺろりと舐める。甘い。夏休みであろう。この七月と八月の切り替わりの時期は、確か小学生は夏休みであろう。だから彼らは、ああも全力なのであろう。よもや、あの自転車の向かうのが学校であるのならば、彼らはああも命輝かせて自転車をこがないであろう。それでよい。全力で遊んでくれ、小学生達。お願いだから、全力で遊んでくれ、小学生達。きっと、この夏はもう二度と戻らない。だから、悔いなく遊んでくれよ、小学生達。社会人になって少し経った、きっともう二度と小学生にはなれないであろう私はそう思う。


 りんご飴、甘い。私はりんご飴が好きなのだ。私が小学生の頃の夏、お祭りで迷子になったことがある。親からはぐれ、人ごみの中、右往左往する私。もう二度と家に帰れないのではないだろうか? そんな今からすれば決してありえないと即答できる妄想にて支配され、そして現に大泣きしていた私に、一人の青年が声をかけてくれた。その凛々しいきっと中学生くらいであったろう青年は、私を泣き止ますために、一本のりんご飴を買って手渡してくれた。今なら理解できる。中学生の少ないお小遣いで、見ず知らずの少女にりんご飴を買ってくれた彼の溢れんほどの優しさが、今ならしかと理解できる。私はそのりんご飴を確かに受け取り、それを食べながら歩いた。


「それ、人にあたったら服が汚れるから、注意して持ちなよ」


 青年にそう言われた私は、そのりんご飴をまるで鋭利な刃物のように両の手で決して人に当たらないように、持ったことを覚えている。そして、それからしばらくして、私の両親が見つかった。しばらく歩けば、ドラマチックな展開なく、普通に見つかったのだ。両親はその青年に何度もお礼を言い、私はバイバイと手を振り、その青年と別れたのを覚えている。


 私はりんご飴をなめる。あの青年と別れてから、何度あの青年ともう一度会いたいと思っただろう。あの青年の愚直な優しさを何度思い出し、憧れたことだろう。でも、もうきっと会うことはできない。あれから十五年以上経ち、お互い顔も変わった。きっとどこかですれ違っても、決して気づきはしないであろう。そんなこと理解できる。だから、私はりんご飴を食べる。りんご飴を舐めると、あの夜の記憶が思い出されるのだ。だから、私は何度もりんご飴をなめる。りんご飴とは、本当に甘酸っぱい飴だこと。私は人のいない田舎の縁側にて、うふふと笑った。

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