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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第5章:ミンダウガス王の治世、そして大公国へ
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バトゥ死した後

 ヨーロッパから見た、キプチャク汗国のバトゥは悪魔そのものであった。

 ただし、これは伝聞も混ざっている。

 確かにバトゥは戦場では敵を皆殺したし、降伏した敵方の貴婦人たちを全裸にして首を刎ねたりもした。

 だがそれは、十字軍の行動とどこが違うのか?

 この辺、身勝手なキリスト教至上主義な観方なのかもしれない。


 残虐性もそうだが、バトゥは騎馬民族の風習を維持したまま、(ウルス)を持った。

 首都なんてものはない。

 一応サライが首都になったりするが、それは季節での移動における一時的な駐屯地であり、テント村というのが相応しいものだ。

 そしてモンゴル人は生肉を食べる。

 酒も浴びるように飲む。

 残虐な一方、気を許した相手には馴れ馴れしい。


 つまりは自分たちと違う者を「野蛮」と言っていただけだが、それを声を大にして言えるのは、伝聞ではなく実際に接した人物であろう。

「ロシア王」ハリチ・ヴォルィニ大公ダニエルは、バトゥに接待された時の、キリスト教世界から見ての野蛮さに嫌気が差している者であった。

 多くの国が「タタールの軛」に繋がれるのを甘んじる中、彼は隙を見ての離脱を企んでいる。




 西暦1256年、バトゥ死去。

 キプチャク汗国では相続争いが発生する。

 その経緯は省略する。

 あったのは、ついに好機と見たダニエル大公が、キプチャク汗国に対し独立を宣言した事である。


 キプチャク汗国は、統一前のリトアニアのような連合政体である。

 バトゥは、チンギス汗の長男ジョチの子であるが、その兄弟にオルダという者がいて、キプチャク汗国の中の彼の分国を「オルダ・ウルス」という。

 バトゥの後継者を巡る暗闘の中、オルダ・ウルスは比較的安定していた。

 故に、ハリチ・ヴォルィニ大公国の独立に対し、オルダ・ウルスが征伐に当たった。


 ダニエル大公は、最初は勝っていた。

 キプチャク汗国を代表して戦いに来たオルダ・ウルスの王子クルムシが相手であり、軍事的才能に乏しい彼を相手に勝利を重ねる。

 しかし1257年、キプチャク汗国の大ハーンにベルケが即位。

 キプチャク汗国が安定すると、本気のモンゴル軍がダニエル大公を襲う。

 ダニエル大公は劣勢に陥り、1259年には降伏する事になる。


 だが、まだダニエル大公が抗戦を続けている1258年、ついにキプチャク汗国はリトアニアという標的を見つけたのだ。




 リトアニアが見つかった経緯は分からない。

 恐らくは「大陸の端から端、馬が行ける範囲は全てモンゴルの物だ」という意識から、後回しにしていたバルト海沿岸に目が行ったのかもしれない。

 或いは、国力増大の為に琥珀の取引量を増やしていた事で、モンゴルの目に留まったのかもしれない。

 或いは、主君がまだ抵抗を続けている間に、さっさとベルケに降伏したハリチ・ヴォルィニ大公国の貴族たちが、反乱加担の罪に問われないよう隣国を紹介したのかもしれない。


「ついに来たか……」

 ミンダウガスは慌てない。

 いずれこうなると覚悟していた。

 若い時から、モンゴルと戦う事を考え、準備をして来た。

 恐ろしいモンゴル軍に擂り潰され、首を奪われる悪夢を何度も見た。

 こいつらと戦う時の為に、カトリックにも改宗したし、何度も侵略した騎士団とも同盟をした。

 一度、バトゥに会った時に、得体の知れない化け物に感じるような恐怖こそ無くなり、人間として付き合えると理解はしたものの、その際限のない征服欲から目を背けた事も無かった。

 無闇に恐れる事はない、しかし全滅して国を失う危険性を常に感じている、ミンダウガスはそんな心境であった。


『偉大なる黄金のオルドの主、大ハーンは仰った。

 汝らは直ちに我々に全てを差し出し、天の慈悲を乞え。

 偉大なハーンは、全てを捧げた者の命は奪わない。

 そうでない者は、草原に首塚を作られるだろう。

 機会はそう何度も訪れない。

 賢い選択をするように』


 キプチャク汗国から送られて来た書状は、大体こんな感じであった。

 降伏したら全部奪ってやる、降伏しなかったら皆殺しだ。

 ミンダウガスはあらかじめ集めておいた首脳部に、この書状を見せて意見を聞く事にする。


「確かに無礼な書状じゃの。

 じゃっどん、降伏しても良かな。

 実際、ノヴゴルド公国はタタールの属国になっちょおが、別段困っちょらん。

 キリスト教国の盾になってやる義理は無かど!」

 ジェマイティアのトレニオタは降伏論者である。

 まあ、この地域は昔からそうだ。

 彼等の脅威はあくまでもキリスト教、ドイツ騎士団。

 ミンダウガスが改宗したからと言って、彼等の侵略行動が収まっている訳ではない。

 リトアニア地域はミンダウガスが抑えているが、ジェマイティア地域では相変わらず傍若無人だ。

 むしろモンゴルと手を組み、キリスト教徒と戦えとすら思っている。


「お前はタタールの強欲さを知らないからそんな事を言える。

 俺がハリチに居た時、多くの者がタタールによる貢ぎ物要求に憤っているのを見た。

 ノヴゴルドは良いだろうさ、あそこは豊かな国だ。

 貢ぎ物をいくら出しても、まだ有り余る富がある。

 それに引き換え、リトアニアはどうだ?

 かなり豊かにはなったが、それでもタタールに貢ぎ物を贈ったら厳しいのではないか」

 先日までハリチ・ヴォルィニ大公国で亡命生活をしていたタウトヴィラスは、主戦論者であった。

 彼が言う通り、ルーシ各国は「タタールの軛」に苦しんでいる。

 ダニエル大公は、バトゥから気に入られていた。

 そのダニエル大公の国ですら、負担を重く感じているのである。


「ルーシ人の私は、出来れば戦って追い返したい。

 だが、それが実現可能か。

 私は不可能だと思っている。

 ハリチ・ヴォルィニ大公国が戦った時、カトリック諸国は何をしましたか?

 援軍を送る国なんか無かった。

 ルーシ諸国も同じです。

 散々タタールの悪口を言いながらも、共に戦う国は無い。

 私はナルシュア公国という、リトアニアの属国を治めている立場なので、決定に口出しはしません。

 出来れば戦って勝ちたい。

 それは本心です。

 しかし勝ち目が見えないなら、屈辱に耐えてでも従うしかないという考えです」

 どっちつかずの日和見主義なナルシュア公ダウマンタス。

 リトアニアと手を組んで日が浅い彼は、こういう意見になるだろう。

 最悪の場合、彼はナルシュア公国のみで離脱するだろう。


 代表的な意見はこの3つになる。

 苦難を覚悟で降伏するか、苦難を覚悟で戦うか、勝てるなら戦うがそうでないなら降伏するか。

 他の者たちも、多少の差異はあれどこの3つに集約される。

 一番強硬論を唱えたのが、補佐官たるクリスティアヌスだ。

 彼は

「例え騎士団が援軍を出さずとも、リトアニアは全世界の為に率先して戦うべきだ!

 リトアニアが戦えば、他の国も聖戦を覚悟するだろう。

 今ここで退いては、死後、神にどの顔で会えば良いのでしょう」

 等と言っている。

 リヴォニア騎士団から派遣された補佐官だから、リトアニアにはヨーロッパの為の捨て石になって欲しいという気分も入っているのは分かった。

 だがその彼にして、当初は騎士団も駆け付けないだろうと、暗に認めている。


 現在対モンゴルで戦っているダニエル大公の子、シュヴァルナスも当然主戦論だ。

「どうか父の為にも立ち上がって欲しい」

 弟のロマン・ダニーロヴィチも同意する。

 ルーシで孤立無援の父を、どうにか助けて欲しいのが彼等の心情であった。


 どの意見でも一致した見解として、カトリック諸国からもルーシ諸国からも援軍は無い、というものがあった。

 リトアニアは自力でどうにかするしかない。


 皆の意見を聞き終えたミンダウガスは、ここで自分の腹案を示す。

「俺はタタールと戦う。

 その上で話すのだが、トレニオタ、お前は戦うな。

 戦場には行かなくて良い。

 ジェマイティアは独自の道を行け」

「ないごてな!

 父ヴィーキンタス譲りの戦の腕を馬鹿にしちょっとか!?」

「……お前、さっきまで降伏を唱えていただろ?

 なんで叔父貴が戦いに連れて行かないって言っただけで、憤るんだ?」

「そいはそい、こいはこい。

 戦になるなら、俺いは行きたか!」

「落ち着け、トレニオタ。

 お前の負けん気は父譲り、確かに一回は俺が勝ったが、それでもお前の戦の腕は認めている」

「じゃったら、ないごて?」

「俺が敗れた時、お前が残っていれば皆は安心する。

 いざという時お前が戦ってくれると思うなら、誇りを持って降伏が出来る。

 お前が居なかったら、国民はリトアニアに絶望して、タタールに直接従うようになるだろう。

 そうなると、リトアニアは国として成り立たなくなる。

 リトアニア貴族の地位は保証されても、それはタタールの現場管理人でしかない。

 リトアニアを国として維持するには、俺が負けた後のお前が必要なんだよ」

「むう……。

 王は負けるつもりで戦う気やっどか?」

「負けたいと思って戦わんよ。

 だけど、万が一の事がある。

 既にウラジーミル大公、『ネヴァ川の英雄(ネフスキー)』アレクサンドル大公とは、いざという時にはジェマイティアだけでも助けてくれるよう、仲立ちを頼んである。

 ダウマンタス殿、手紙は確かに届けたな?」

「あの手紙はそういう内容だったのですか!」

「そうだ。

 だから負けた後の始末は俺が居なくても着く。

 では、これから戦う方法を示したい」


 ミンダウガスの戦略を聞いた一同は

「それは事実上の負けなのではないか、叔父貴」

「確かにジェマイティアは別行動にした方が良かな」

「民は大変ですな」

 とかなり呆れた反応を示す。

 だが、これより良い代替案は無い。

 勝っても負けても不戦でも損害が大きい以上、どれがマシかという選択になる。


「父上」

 ヴァイシュヴィルガスが発言を求めた。

「どの道、リトアニアは苦しむでしょう。

 その際、キリスト教各国の助けが必要となります。

 自分は領土のナヴァフルダクに赴き、そこで修道会を開き、同時に自分もそこに入って騎士となる修行に入りたいと思います。

 自分がキリスト教修道会の騎士となり、彼等の仲間となるなら、戦中に援軍を送る事はなくても、戦後の支援くらいはしてくれるかと……」

「甘い、甘かど!

 ヴァイシュヴィルガス殿(どん)、あ奴らそげに優しか連中じゃなかど。

 おはん、利用されるだけ……」

 クリスティアヌスが怒った表情でトレニオタを睨んでいた。

 この異教徒、まだ自分たちを侮辱するのか、と。

 ここでミンダウガスが手を上げて、トレニオタを止める。

「ヴァイシュヴィルガスよ。

 お前がナヴァフルダクで騎士としての修行を積む事は認める。

 だが、トレニオタの言う通り、戦後の支援なんてものは期待はしない。

 お前に望むのは、生き残る事だ。

 負けたら俺は確実に処刑されるか、戦死するか、どちらかだ。

 だから、その時にお前が生き残るなら、それで一つ俺の心配は無くなる。

 お前が騎士団や司教にリトアニアを助けるよう動くのは止めない。

 だが最後は、自分が生き残る事だけを考えて行動せよ」

「父上……」

「ま、勝ったら活躍したタウトヴィラスとシュヴァルナスが後継者となり、お前はそのまま外国暮らしになるかもしれんがな」

「おお、私も父の為の戦に連れていってくれますか!」

「待て、俺は戦場確実なのか? 叔父貴」

「お前は俺と来い。

 俺一人死ぬのは寂しいじゃないか!」

「……父上の『子供たちを頼む』という遺言はどこに行った?

 ああ、もう分かったよ。

 俺は戦う事を選んでいたんだ、あんたに命を預けるさ」


 クリスティアヌスには一旦リヴォニアに戻って貰い、自分たちの覚悟を伝えると共に、やはり戦後復興で協力してくれないか頼んで貰う。

 正教徒のヴァイシュヴィルガスが言うより、同じカトリックで騎士の一人・クリスティアヌスが頼んだ方が彼等も聞くだろう。

 こうしてリトアニアはモンゴルとの戦いを決定した。

おまけ:

マイナーな上に、長いカタカナ名ばかりの本作にて、多分一番知ってる人が多そうなバトゥ。

(二番目に有名なのがアレクサンドル・ネフスキーかも)

ルーシとかヨーロッパは多分相手にしてなく、モンゴル内での抗争の方で忙しかったかも。

人物像は「敵には暴虐」一方で「偉大なる賢君」という評でした。

作者は、裏目に出たとはいえ、ダニエル大公をもてなした逸話とかで

「気の良い蛮族のおっちゃん」

というイメージになりました。

ノヴゴロドとかも攻めてないし、基本戦わずに降伏したり、従順な相手には大らかなんだろうな、と思いました。

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