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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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スモレンスクの失敗

 ミンダウガスの強気な政策は、成功・失敗半々といったところだろう。

 確かに国境を外側には拡げている。

 しかし、同時に国内に不満を貯めていた。


 失敗はいくつかある。

 まず西暦1244年から1245年にかけての事である。

 現在のラトビアに当たる地域から、南クルシュー人がミンダウガスに保護を求めてやって来た。

 ミンダウガスはこれをリヴォニア騎士団に対する反抗の口実とし、北進して攻撃を行う。

 しかし、エンブーテ城攻防戦で敗北して失敗した。

 リヴォニア騎士団も、最近では野戦におけるリトアニア軍を警戒している。

 クルシュー地方の要衝であるエンブーテ城を騎士団は強化改修し、クロスボウを持って立て籠る。

 ミンダウガスの軽騎兵はこれを攻めあぐね、食糧が尽きる前に撤退した。


 1248年には、 甥のタウトヴィラスとゲドヴィダスをスモレンスク攻略に派遣する。

 これにはジェマイティア公ヴィーキンタスも後見人として派遣されていた。

 ヴィーキンタスの妹は、タウトヴィラスとゲドヴィダスの父であるダウスプルンガスに嫁いでいる為、彼等は母系での伯父・甥の関係にあたる。

 1月、モスクワ大公ミハイラスを黒ルーシ領内のプロトヴァ川の戦いで討ち取り、好調な進撃をしていた。

 その後スモレンスクを占領。

……ロシアを攻める軍は、大体この辺までは上手くいくジンクスがある。

 その後、ズブツォフの戦いでウラジミール大公スヴャトスラフ(『ネヴァ川の英雄(ネフスキー)』アレクサンドルの父)に敗北をした。

 そしてスモレンスクを奪還される。


 ミンダウガスはこの敗北に怒り、タウトヴィラスとゲドヴィダス、そしてヴィーキンタスの領土を没収すると宣言した。

 そして、タウトヴィラスの領土ポラツクを自分の子のヴァイシュヴィルカスに与え、ヴィーキンタスの公爵位と領土はヴィーキンタスの子のトレニオタに継承させるとする。

 トレニオタの母親は、ミンダウガスの姉である。

 義兄弟で自分より年上のヴィーキンタスより、女系の甥で年下のトレニオタの方が扱いやすいと判断したのだ。

 周囲はこれを諫めるが、ミンダウガスは聞き入れない。

 タウトヴィラスとゲドヴィダスは、ハリチ・ヴォルィニ公国のダニエル公を頼って亡命。

 ヴィーキンタスは姿を晦ませた。


「敗北に対し、責任を問わない方が問題ある」

「国を代表する者の財は多い方が良い」

「足元を掬われる方が悪いのだ」

 言っている事は間違いではない。

 しかし、正しくもない。

 こんな強引なやり方で、人心は離れるだろう。


「どうにか出来ないだろうか?」

 副将ヴェンブタス公、舅で今は執事的存在のビクシュイスが顔を合わせて相談する。

 ミンダウガスは「強くあれねばならない」と心に決め、突っ走っている。

 そのまま走り続ければ、待っているのは谷からの転落なのに、意地を張って速度を緩めない。

 今や誰が何を言っても、話を聞こうとしない。

 というのも、ミンダウガスの方が世界を見ているし、ミンダウガスの言っている君主の在り方は、基本的に間違いではないのだから、論理で進めると言い負かされてしまうのだ。


「困っているようだな、お二方」

 話の中に、キンティブタス公が割って入って来た。

 この人は、ヴェンブタス公も属するルシュカイチャイ家の長老である。

 軍事や商業といった分野で目立つ才覚を持っていないが、亡きプリキエネが認める「曲物」だ。

 ミンダウガスを周囲が諌めたりする中、この人物は黙って見ていただけだったが、思う所があったのか、ようやく動き出したようである。

「何か妙案があるのですか?」

 ヴェンブタスが溜息混じりに、一族の長に尋ねる。

 彼は万策尽きた感があった。

「私が説得しても通じない。

 だから、ミンダウガス公を説得してくれる人を呼ぶ事にした」

「なんと!

 そんな人物が居るのですか?」

「うむ、もう来ておるよ」

 ヴェンブタスとビクシュイスが何処に居るのかと、一帯を探す。

 だが、キンティブタス老の近くには誰もいない。

「誰もいませんが?」

「居ると言えば居るし、居ないと言えば居ないとも言える」

「一体どのような人物なのですか?」

「君たちもよく知っている人物だよ」

 そう言ってくぐもった笑いをした。


「さあて、一丁やって来ますかな」

 キンティブタス老は背伸びをすると、ミンダウガスの部屋に勝手に入っていった。




「キンティブタス公、無礼だぞ」

 ミンダウガスが睨みつける。

 しかし老人は、怪しい動きをしながら蜂蜜酒ミードを勝手に飲み始めた。

「それは俺のだ!

 勝手に飲むとは、処罰の対象だぞ!」

「ほお?

 私を処罰するって言うのかい?

 やってごらんよ、ミンダウガスの坊や」

「坊やだと?

 筆頭公爵に向かって無礼な。

 ルシュカイチャイ家の長とはいえ、余りに酷いと殺すぞ」

「やれやれ。

 あんたも随分とつまらん男に成り下がったものだねえ。

 私を失望させないって、約束したんじゃなかったかい?」

「は? 約束?

……いや、その約束をあんたとした覚えはない」

「はっ!

 全くもって鈍い男になっちまったね。

 このプリキエネとの約束を反故するとは、いい度胸してるね!

 私の方こそ、あんたに罰を当ててやろうかねえ?」

 ミンダウガスは青ざめた。

 目の前にいるのは、確かに老人のキンティブタス公。

 しかし、その口調は明らかに、亡き「女傑」プリキエネである。

 彼女もまた、ルシュカイチャイ家の一員なのだ。

 そして、老人の背後に女傑が透けて見えて来た。


「そこに居るのがプリキエネ様だとしても、一体どうして?」

「本当に頭が鈍っちまったねえ。

 リトアニアの公爵は、神官も兼ねている事を忘れちまったのか?

 軍事だ政治だと、余裕が無いから昔を振り返りもしないんだね」

「つまり、神官である公爵の身体を乗っ取って、この世に復活したと?」

「まあ、死者復活日(ヴェーリネス)には早かったかもしれないね」

 リトアニアでは死者が戻って来るという宗教観がある。

 ミンダウガスもそこから出てはいない。

 そしてミンダウガスは泣き始めた。

「プリキエネ様、お懐かしうございます」

 ミンダウガスが失っていたのは、愚痴を零す妻だけでは無かった。

 真の意味の相談役、新しい視点を与えてくれる「師」も失っていた。

 彼はこの数年、孤独で頑張っていたのだ。

「おう。

 たまにはこうして生身で酒を飲むのも良いさね。

 死者の国の酒は、腐っているのか、どうにも鼻につくんでね。

 リトアニアの蜂蜜酒ミードが飲みたいものさ。

 たまに、今使っている爺の体に蹴りを入れて墓前に供えるよう催促してるんだが、一向に持って来やしない」

「ハハハ……、それは災難でしたな。

 俺が今度、飲み切れないくらいの酒を備えると約束しますよ」

 だが、老人はプリキエネが乗り移った、皮肉っぽい笑顔で

「約束ねえ。

 私との約束を守れていない奴の言葉には、重みが無いねえ」

 と酒を煽る。


「俺は貴女が言ったように、外に領土を拡げ、敵を内に入れずに戦っていますよ」

「それで内に敵を作ったら、世話ないじゃないか」

「それは理解出来ない奴が悪いんです」

「あんたはいつから帯剣騎士団になった?」

「は?」

「言う事を理解出来ない者は見捨てる、あまつさえ殺す。

 それって、あの北の狂信者どもと何が違う?」

「あ…………」

 ミンダウガスはここ数年では初めて、同じリトアニア人に言い負かされた。

 確かに自分のやり方は、狭量な騎士団のそれである。

 そのやり方の先にあるのは、圧制と搾取に反発する、鎮めても鎮めても起きる反乱である。

 綱紀粛正した今でも反乱は起きているが、それ以前の帯剣騎士団時代は常にラトビアとエストニアは蜂起を繰り返していた。

 今、自分が治めるリトアニアもそうなろうとしている。


 生者に出来なかったミンダウガスへの諫言が、死者には出来た。

「俺は間違っていたんですね?」

「やろうとしている事は間違っていない。

 やっている事が間違っているのさね。

 私から見れば、余りにも芸がなく、面白くない。

 上手くやれって事さね」

「それは貴女のようにって事ですか?

 それとも、キンティブタス公の芝居のようにって事ですか?」

 プリキエネの口調・動作を再現する老人は、プリキエネらしさを止めない。

「さあね?

 あんたの好きに解釈したら良いさね。

 まあ、言う事は言ったから、酒だけ飲んで帰るとするよ。

 あ、もう一つ言っておく事があった」

「承りましょう」

「また私を失望させる事をしたら、あの世であんたの嫁を代わりに説教しておくよ」

「それはやめてくれぇぇぇぇ!!!!

 ルアーナがあんたに何をしたと言うんだぁぁ!」

「ま、あんた次第さね。

 そのルアーナからあんたへの伝言だよ。

 ありがとうございます、もう十分です。

 再婚なさって下さい、との事だ」

「嘘だ!

 ルアーナが俺にそんな事言う筈がない!」

「6年もの間、自分を想い続けていたのは届いていたみたいだぞ。

 私にはそういう『重たい男』が居ないから、分からん事だがね。

 あんたの奥さんは、自分を愛してくれるのが嬉しい反面、自分が重荷になってしまい、あんたが苦しんでいるのが辛いそうだ。

 役に立たないだけでなく、負担になっている。

 もう死にたいとか言っていたさね。

 もうとっくに死んでるし、重たいのはあんたなのにね」

「…………。

 役に立たない自分が許せない……か。

 ルアーナらしい……」

 その言葉は、夫であるミンダウガスしか知らない筈だ。

 彼女は夫が好き過ぎて病むような女性だが、それを誰彼構わず口にするような人でもない。

 彼女も素を出すのはミンダウガスの前だけで、子供たちすら、そんな「重い」性格なのを知らない。

「まあ、伝える事は伝えたよ。

 繰り返しになるが、後は本当にあんた次第さね。

 もういいだろう?

 黙って酒を飲ませろ。

 あんたはもう下がって良いぞ。

 酒が不味くなる」

「いや、ここ俺の部屋」

「グダグダ言ってんじゃないよ!!」

「はい……」


 このプリキエネは本物なのか、老人が徹底的に物まねをしたものなのか、自己催眠でそっくりに再現したものなのか、それは分からない。

 懐かしい人に会ったミンダウガスは、次の日に皆に向かって

「どうも俺は、余裕無く、人の意見を聞かず、皆の筆頭として相応しくない方に向かっていた。

 済まない。

 死んだ、怖~~い方に怒られて目が覚めた。

 皆の者、どうかこれからも俺を見捨てず、支えて欲しい」

 と頭を下げていた。


「ところでキンティブタス公は?」

「二日酔いだそうです」

「まあ、そうだろうなあ……」

 本当に取り憑かれたにせよ、演技だったにせよ、酒豪のプリキエネと同じペースで飲んだら、老人の身体にはキツいだろう。

 結局交霊騒動はそれで収める事にした。


 だが収まったのは、ミンダウガスを支持する者たちだけである。

 理解を示しつつも、やはりミンダウガスの強硬な姿勢には不満が溜まっていたようだ。

 それが顕在化する前に「プリキエネの霊」だか何だかが、上手く解決してくれた。

 しかしミンダウガスの反対派には効果が無い。

 元々嫌いだった者もいる。

 ここ数年のミンダウガスの態度と、一連のスモレンスク騒動で嫌いになった者も出た。


「もうここまでだ」

「いい加減に我慢ならん」

「タタールとやらも襲って来る気配はない。

 言う事を聞く必要もない」

「なあに、ヴィーキンタス公が居れば、我々に怖いものはない」

「そうだ!

 ミンダウガスは居なくても、我々は騎士団やタタールとやらにも勝てる。

 もうミンダウガスは邪魔でしかない!」


 反ミンダウガス派は反乱を起こそうとしている。

 そう、ルーシやポーランドの貴族たちと同じように。


 統一されてまだ時が経っていないリトアニアに、早速暗雲が立ち込めようとしていた。

 ミンダウガスの不手際によって……。

おまけ:

作者の感想として「戦線伸ばし過ぎ」。

あと、ナポレオンやヒトラーより前に、西からモスクワ辺りを攻撃して失敗した奴が居たんだな、とも思いました。

東から(モンゴル)はともかく、西からの攻撃には妙に強いんですよね、この一帯。


そして、前話でも書きましたが、この辺りのミンダウガスの行動ってフォローしようが無いんで、そのまま書きました。

(この時期のミンダウガスの心理で参考にした金髪皇帝も、金銀妖瞳提督から「無用の(いくさ)」とか評され、叛意をちょっとずつ育ててましたし)

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