進撃のリトアニア
ノヴゴロド公国はネヴァ川の戦いでスウェーデンを退けた。
しかし今度はドイツ騎士の支部・リヴォニア騎士団が狙っている。
ドイツ騎士団に併合された事で、旧帯剣騎士団は刷新され、以前より強力になっていた。
一方、リトアニアとは半同盟関係のようなジェマイティア。
ここの公であり、周辺諸国にも名の知れた戦上手のヴィーキンタスは、クールラントをドイツ騎士団から奪還すべく戦いを続けていた。
ミンダウガスはノヴゴロド公国と密かに手を結び、ドイツ騎士団への対策と引き換えに、交易で莫大な利益を得ている。
またミンダウガスは、一応盟主としてヴィーキンタスを助ける義務を負う。
ミンダウガスは、両者を同時に支援する策を実行しようとしていた。
ミンダウガスは、モンゴルを最大の脅威と見ている。
興味を持たれず、見逃されるのが最善の策ではあるが、もしもの時は戦わねばならない。
その為に兵力を温存し、かつ強化したいところだ。
一方、西の脅威であるドイツ騎士団も侮ってはいない。
しかし、ドイツ騎士団はモンゴルと戦って手痛い損害を被った。
ここが狙い所である。
ドイツ騎士団をノヴゴロドやクールラントから引き揚げさせれば、それはノヴゴロド公アレクサンドル及びジェマイティア公ヴィーキンタスに対する間接的な支援になる。
孫子の兵法「囲魏救趙」というものを、ミンダウガスは知らない。
しかし、やろうとしているのはまさにそれである。
ミンダウガスは、モンゴルに荒されたポーランドに侵攻し、そこで暴れ回る事でドイツ騎士団をポーランドからの要請で引っ張り出せば良い。
ポーランドにしたら、踏んだり蹴ったりになるが、ミンダウガスには知った事ではない。
三方を敵に囲まれているリトアニアにしたら、どんな手でも使う。
「それで、公自ら軽騎兵を率いて出撃するのですか?」
「ああ」
「切り札とも言える部隊を動かす理由をお聞かせ下さい」
副将ヴェンブタス公が意図を尋ねる。
「訓練ばかりで実戦経験が無い。
まあ、シャウレイでは戦ったが、本来の戦い方ではないからね。
君はタタールの戦い方を見たから、軽騎兵の本当の使い方が分かるだろう?」
レグニツァの戦いの後も、モンゴル騎兵たちの動向は調べていた。
彼等はフットワークも軽く、どこにでも赴く。
そこで略奪・放火・虐殺の何でもする。
そして有力な防衛隊が駆け付けたなら、さっさと逃げ出す。
逃げた先には主力が居て、追撃を掛けた敵軍はそれで粉砕する。
軽騎兵は防御力が無い分、移動させて使うのが一番良い。
モンゴル軍にしても、皮の鎧か毛皮の服か、場合によっては鎧すら着けていない。
「当たらなければどうという事は無い」
という、機動力をもって防御力に換える思想の部隊なのだ。
とにかく馬を駆っての行動に習熟し、敵とはヒット&アウェイな戦い方を体に叩き込むのだ。
「それで、騎士団の本拠地プルーセンではなく、後方のポーランドなのですね?」
「そういう事だ。
タタールに倣って、駆け抜け、奪い、火を放ち、状況を見て引き返す。
そういうやり方を隊長たちに学んで欲しい。
それには、強い奴とは当たらない方が良い。
今、弱っているポーランドを荒し、戦い方と自信と利益を得させる。
これでノヴゴロドやクールラントに居る騎士団を釣り出せば、後はさっさと帰って来るさ」
「本当、ポーランドにしたらいい迷惑ですね……」
「前も言ったが、リトアニアという国はなりふり構っていられないんでね。
やれる事は何でもやるよ」
(……そう言っているが、実は鬱憤晴らしに暴れたいだけではないだろうか?)
軍事の責任者ではあるが、穏健派のヴェンブタス公が訝しむ。
ミンダウガスは、資質と気質が真逆な所がある。
本人はストレスを貯めて奥さんに泣きつく癖に、外交・商取引・軍の編制・長期的展望に立った国家運営等はノヴゴロドの商人たちが舌を巻く程に上手い。
逆に、戦闘指揮や個人での武勇は彼より上が存在しているのだが、ミンダウガス自身はこちらの方が好きである。
冷静な計算で「目立たぬよう、地道に国力を付ける」としているが、本心部分では「統一したんだから、今度は外国に打って出よう」とうずうずしていた。
元々、21人の公爵による部族連合時代も、分立していた一人の公の軍がリヴォニアやらルーシやらポーランドやらに攻め込んで、周囲を悩ませていたのだ。
ここの所、騎士団やらモンゴルやらに警戒し、動いていなかった。
侵略気質があるリトアニア人にしても、そろそろ守ってばかり、忍んでばかりじゃなく、外を攻めて略奪の一つもして来たいところだ。
外征は、国民のガス抜きという内政にも関わっているのかもしれない。
ヴェンブタス公はそう理解し、溜息混じりにミンダウガスに賛同し、自分が留守を預かるとした。
西暦1241年、ミンダウガスは軽騎兵を率いてのポーランドに侵攻を企図する。
ポーランドという纏まった国は無いようなものだから、矢面に立たされるのはクラクフ公であった。
この年に現れたモンゴル軍は、国土を荒すだけ荒すとそのまま引き上げていった。
散々な目に遭ったと思ったら、今度はリトアニアが攻めて来るという。
「異教徒め、我々をナメるのも大概にするのだな!」
そういきり立ったクラクフ公であるが、リトアニアの思わぬ強さに翻弄される事になる。
まずミンダウガスはリトアニアの南東、ルーシとポーランドとハリチ・ヴォルィニ公国の国境にあるポラツク公国を襲い、これを征服。
「タウトヴィラス!」
ミンダウガスは甥を呼ぶ。
「なにか、叔父上殿」
以前は仲が良かった叔父と甥だが、最近は甥の方が距離を置き始め、返答がぶっきらぼうになって来た。
「お前が、この地を支配しろ」
「あ、はい……」
「気の抜けた返事をするな!
俺がお前の歳の頃には、既に城を一個任されていたんだぞ!」
「叔父上の場合は城一個でしょ?
ここは相当広大な領域。
ちょっと厳しいかもしれないぞ」
「当然だが、弟のゲドヴィダスもここの領主だ」
「はあ?
いきなり何だ?」
「いや叔父貴、若造を2人重ねても意味無いだろ……」
「ヴァイシュヴィルガス」
ミンダウガスは実子も呼ぶ。
「はい」
「お前ももう18歳だ。
統治の仕方を実地で学べ。
お前にもポラツクの支配を命じる。
従兄弟殿を助けてやれ」
「いや、無理です、父上!」
「だから叔父貴!
若いのを3人重ねても駄目だろうが!」
「兄貴の言う通り!
俺たちゃ実績が無いんだぞ」
「ええい、やかましい!
俺がやれと言ったんだから、やれ!
何事もやってみてから文句を言え!
さっきも言ったが、俺がお前たちの年齢の頃には、既に一城を任されていたんだぞ」
「父上は領内の一地域に過ぎなかったでしょ!」
「叔父貴、一城と一国を一緒にするな!」
「全く情けない。
お前たちの従兄弟(ミンダウガスの妹の子)のレンヴェニスは、ナルシュア公として立派にやっているぞ」
「それはそうでしょ、あいつは複数いる公の一人に過ぎないんだから」
「経験豊富な周囲が支えてくれてますな」
「叔父貴、俺たちにも、せめて補佐役を置いてくれよ!」
「あー、分かった分かった。
デルトゥバ公のお三方」
「はい」
「この若造たちを助けてやってくれないか。
自信無いようだから」
「承知しました」
ジュオディキス、ブケイキス、リゲイキスの三人はデルトゥバ地域の公爵であり、ハリチ・ヴォルィニ公国との和約に署名した21人に含まれる。
元々はミンダウガスと同格であった。
デルトゥバはリトアニアの南部に在って、帯剣騎士団との戦いは余りしていない。
今もリヴォニア騎士団との抗争からは遠かった為、同じくデルトゥバ公でミンダウガスの舅であるビクシュイスの説得もあり、レグニツァの戦いを観戦しに行った。
そして、これはミンダウガスの話が正しいと理解する。
「我々はミンダウガス公の権威を認め、終生これに従うものでございます」
とリゲイキス公が先に立ち、家臣の礼を取った。
その為、デルトゥバ公たちは道案内も兼ねて、この進軍に従っていたのだ。
ポラツク公国を落とすと、ミンダウガス軍は進路を西に変える。
そして迎撃に出たポーランド軍を一蹴した。
ポーランドには悪夢であっただろう。
ついこの前まで
「キリスト教を受け容れない異教の国の野蛮人。
沼地に隠れるカエル野郎。
攻め込む価値も無いから生かされていただけの、文明が遅れた連中」
と蔑んでいたリトアニア人が、まさかモンゴルと同じ戦い方をして来たのだ。
トラウマを呼び起こされたポーランド軍は、次第にリトアニア軍と出会うだけで及び腰になってしまう。
「まさか、ここまで上手くいくとは……」
ミンダウガスにしても驚きである。
軽騎兵は特性に合った戦い方をすれば、これ程に強いのだ。
ミンダウガスも、気質はともかくとして、戦術能力に関しては高くないと自任している。
それでもこれだけ強い。
勝ち続けたミンダウガスは、当時のポーランドの首都クラクフに辿り着く。
「クラクフ公は逃げ出したようです」
その報を受け、ミンダウガスはこの町の焼き討ちを指示した。
「奪える物を奪ったら、燃やして使い物にならなくしろ」
これにはリトアニア人も大喜び。
久々に豊かな新年を迎えられそうだ。
「よろしいのですか?
これでは我々の存在が目を引きますぞ」
21人の公爵の一人、今回の遠征で副官を勤めるルシュカイチャイ家のヴェルジース公が諫言する。
副将ヴェンブタスと同じ一族である彼も、レグニツァの戦いを観ていた。
彼もデルトゥバ公たち同様、ミンダウガスに臣下の礼を取った一人だ。
その彼は、ミンダウガスが言っていた
「タタールには存在がバレないよう、目立たないようにしてやり過ごすのも手だ」
という方針を覚えている。
それなのに都市の焼き討ちとか、明らかに目立つのではないか?
「今回に限っては目立った方が良い。
目的は騎士団をクールラントやノヴゴロドから引き揚げさせる事。
既にそれら騎士団に対する救援要請が出たようだ。
全軍ではないにしても、一部だけでも騎士をこちらに差し向けるだろう。
それで今回の行動は終了する」
「分かりました。
それにしても残忍ですね」
「まあ、これはタタールがやった事と錯覚させる為でもある」
「え?」
「どうも拡がっている噂は、俺たちリトアニアと、タタールがごっちゃになっているようだ。
まあタタールによる攻撃は今年の4月の話だし、立て続けに攻撃を受けたら、どっちの被害か分からなくなる。
だから、それを利用させて貰う。
多分、俺たちがやった酷い事は、全部タタールのせいになる。
タタールを真似た方が良いだろう」
(うわ……タタールの悪名を利用して、利益だけ得ようとしてる……悪辣だなぁ……)
そうは思うが、軍備拡張の為にも富は必要だ。
言ってる本人も、略奪・放火許可に血が騒いでいたりする。
リトアニア軍は略奪を始める。
こうしてリトアニア軍はポーランドを荒すだけ荒し、ドイツ騎士団を呼び寄せると、それとは戦う事無く本国に引き返していった。
ミンダウガスの目的は達成された。
そんなミンダウガスが、もしも知ったら驚くだろう。
このポーランドとリトアニアは、遥か後年に同君連合を組み、共に大国になるという事を。
おまけ:
実際、モンゴルとリトアニアのやった事、混乱して記録されてます。
クラクフはモンゴルもリトアニアも焼き討ちしたようですが、
キエフもミンダウガスが破壊したとか書かれてまして。
ルーシにはキプチャク汗国が立ったので、あっち方面に行くのは無理でしょ。
この時点のリトアニアに、ダニエル公のハリチ・ヴォルィニ公国を突破して、モンゴル軍が居るキエフを攻撃する力は無いですし。




