ウチの勇者様は自己評価がクソザコです
私がパーティーを組んでいる勇者様は最強です。
「勇者様、モンスターです!」
「わかりました。僕が倒します」
山を歩いている途中、現れたのはサイクロプスでした。
蒼白い肌をした、常人の五倍以上の体躯を持つ巨人族です。その膂力はロックゴーレムすら一撃で粉砕するほどです。
「フンガー!」
「勇者様、来ます!」
「マオさんは後ろに下がってください」
魔術師である私の前に立って、勇者様は愛用の剣を構えました。
「とりゃあ!」
サイクロプスがまだ近づいてくる最中、勇者様が掛け声とともに剣を横に振りました。
それで終わりです。
剣の素振りによって発生した空間の断裂は、今まさに棍棒を振り上げようとしていたサイクロプスの胴を横薙ぎに割断し、さらに後ろにあった大岩までスッパリと切り裂きました。
断末魔の声を出すこともできず、サイクロプスは哀れ、サイク/ロプスになりました。
これで終わり。これで終わりでした。
いともたやすく行われるちょっとしたモンスター退治のように思えますが、サイクロプスは巨人族の中でも最上位に位置するモンスターです。
通常であれば、超有名どころの冒険者パーティーを複数用意して討伐隊を組む必要があるような相手なのです。
しかし、私の勇者様にとっては準備運動にもならないのでした。
まさに無敵、無双、最強。
私は、勇者様こそがこの世界で最も勇者に相応しい人なのだと知っています。
しかし――
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
サイクロプスをやっつけた途端、勇者様は叫んでその場にふさぎ込みました。
「ゆ、勇者様……?」
「やっぱり、やっぱり僕はダメだ……!」
「え、あの、勇者様? 倒せたじゃないですか、サイクロプス……」
「でも消滅してないですよ」
「え」
「でも消滅してないじゃないですか!」
わめき散らしながら、勇者様はサイクロプスの骸を指さしました。
そこには、おへその辺りでバッサリとやられて上下に分かれた巨人の死体が転がっています。
流れ出た血が、今もジワジワと地面に広がって、血の臭いが立ち込めようとしている真っ最中です。
「消滅してないでしょう?」
「消滅はしてませんけど、でも、倒せてますよ?」
「甘い。甘い甘い甘い。甘いですよ!」
両手で頭を抱えて、勇者様は頭を激しく左右にシェイキングし始めました。
「あれを放置したらどうなると思いますか、マオさん!」
その様子に気圧されて、私もついつい、勇者様のお話に流されて聞き返してしまいます。
「ど、どうなるんでしょう……?」
「僕がこの国から追放されるか、或いは投獄されて激しい拷問の末に死罪になることでしょう」
何か血迷った答えが返ってきました。
「……それは、さすがにあり得ないのでは?」
サイクロプスを退治した。
というのは、それだけで国から勲章を与えられてもおかしくないほどの大手柄なのです。
国王様から直接お褒めいただけることはあっても、死罪になるなんて絶対にないと断言できるのですが、勇者様の中ではどうやら違っていたようで、何故かこちらにしたり顔を見せてきました。
「この世界にはですね、あり得ないということこそがあり得ないんですよ、マオさん」
「はぁ……」
私が呆気に取られて生返事をしますと、勇者様がそんな私に丁寧に説明してくれました。
「いいですか、このまま死体を置いておくと、まず血の臭いが広がっていきます。死体も腐っていきます。そうすると、この辺りはそれはもう臭いが酷いことになります。肉の腐った匂いはどんどん広がって、周囲に異臭騒ぎを引き起こす原因となるでしょう。ここは少ないとはいえ、人の通る道ですから、そんな場所で異臭騒ぎなんて起きたらすぐに噂になります。つまり、『異臭騒ぎの原因は何か』を探る展開になるでしょう。国から派遣された調査隊はこの道を通った人間のことを調べて、僕とマオさんに辿り着くに違いありません。そうなったらもうおしまいです! 僕は異臭騒ぎを起こした原因として捕縛され、裁判の末に敗北し、国を追放されるか拷問の果てに死罪になるんです。そんな確定的な未来が待っているんです!」
さっぱり理解できませんでした。
「あの、勇者様……?」
「ああ、やっぱりマオさんは僕なんかについてくるべきじゃなかったんですよ。巨人を消滅させられない程度の僕に、勇者を名乗るほどの器なんてあるわけがなかったんだ! クソッ、ごめんなさいマオさん、僕が不甲斐ないばっかりに!」
どうしよう。
第一等勲章モノの大手柄を挙げた勇者様が、私に理解できない理由で打ちひしがれています。
「マオさんを犯罪者にしてしまって、ごめんなさい!」
どうしよう。
私が知る限り間違いなく世界で最強の勇者様が、私に理解できない理由で土下座をしています。
どうやら勇者様の中で、私の投獄はすでに確定した未来のようです。
私はサイクロプスの死体へと視線を移しました。
重なって転がっているサイク/ロプスは、ちょっとした肉の山をそこに作っています。
「いや、さすがにあれを消滅させるなんて」
「できますよ」
勇者様はこともなげに言ってきました。
「できませんよ?」
「できますよ」
「できませんって?」
「できますよ」
あれ、これおかしいの私ですか?
「僕程度で倒せるんですよ? だったら他の人だったら一撃で消滅させるくらいできて当然ですよ!」
絶対無理です。
「本当だったら消滅させられると思ってたんですが、上手くいきませんでした。すみません、マオさん!」
でも魔法なしで空間切断してたんですが。
「僕は未熟だ。全然修行が足りてない……」
あなたが未熟だったら他の人類なんて全員受精すらしてないってことになるんですが。
「僕がもっと強かったら……」
どの角度から考えてもあなたが最も強いんですが。
「えーと、とりあえず……」
私はサイクロプスの死体に杖を掲げて、勇者様に提案してみました。
「燃やします?」
「それだ!」
勇者様はパッと顔を輝かせて立ち上がり、熱い様子で私の手を握ってきました。
「さすがですマオさん! 凄い、天才ですね!」
どうしよう。
誰でも思いつくようなことでここまで言われると、その、特に感じるいわれもないのに、罪悪感が……。
「こんな僕でもマオさんがいてくれれば魔王を倒せるかもしれません!」
いえ、あなたひとりで十分魔王倒せますよ?
だってあの……、私、勇者の実力を探るために変装して潜入してる、魔王ですから。
魔王本人の私からして、「あ、これ勝てるはずないな」ってわかってますから。
もちろん、正体について勇者様には言いませんよ。
言うわけないじゃないですか。
だって言ったら――(サイク/ロプスに目を向ける)
「あ、そうだ、マオさん!」
「は、はい、なんですか勇者様!」
「わざわざマオさんの魔力を使って燃やしてもらうのもあれですから、僕が燃やします」
「え、いいんですか」
「はい!」
元気よくうなずくと、勇者様はおもむろにサイク/ロプスへと手をかざして、
「覇ッ!」
ボン。
死体は消滅しました。
「あああああああああああああああああああああああ、失敗したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうしよう。
燃やすとかそれどころじゃない次元のことしてるのに、勇者様がまた打ちひしがれています。
「あの、勇者様……、今、何をしたので……?」
「え、気を放ったんですけど」
「気を」
「ええ」
「気って何ですか?」
「え、こう、ありません? ジワっとしててメラっとなって、グッとするとボボンってなる感じの」
さっぱり理解できませんでした。
「あ~、そうですよね……、マオさんは魔術師ですもんね。戦士じゃないと分からないかも」
私、実は魔王なので武術も結構やってるんですけど、そんなご無体な力使えませんから。
っていうかですね、
「あの、勇者様?」
「何ですか、マオさん」
「サイクロプス、今のでやれば消滅できたのでは?」
「それだ!」
勇者様はパッと顔を輝かせて、熱い様子で私を抱擁してきました。
「やっぱりさすがですマオさん! 凄い、マオさん抜きでの魔王討伐なんて考えられませんよ!」
どうしよう。
多分ワンパンで私に勝てる勇者様が、私がいなくちゃ魔王討伐できないとか言ってます。
「それに比べてやっぱり僕はダメだ、未熟だ、そんなことにも気づかないなんて……!」
そう言って、勇者様はまた打ちひしがれてしまいました。
私がパーティーを組んでいる勇者様は最強です。
「僕はまだまだ修行が必要なんだー!」
最強ですが、自己評価が低すぎてまだまだ強くなるための修行に明け暮れそうです。