はじまりの合図
ここ、緑月高校の軽音学部は10人で活動している。3年生が2名と2年生が8人といった内訳だ。決して多い人数というわけではないが、高校の部活動ならこのくらいの人数なのだろう。
1人ずつ前に出て発表するスタイルの自己紹介が始まり、先輩たちからそれぞれ自己紹介をしていく。好きなバンドやジャンル、自分のパートなどをそれぞれ言っていく。自分が普段聴かないようなジャンルを好きな人もいて、勉強になりそうなどと思いながら話を聞いていた。
1年生は15人新入部員として入った。今年は新入部員が例年より多いらしい。その理由は、冬に放送していたバンドのアニメが流行ったからだ。その影響でバンドを始めたい、楽器を弾けるようになりたいという1年生が多かった。
その情報は少し前に梨木からLINEで聞いていた。「バンドとか楽器とか全くわからない人が入ってきていやだ」などと不満を言っていたが、でも部員数が多くなって先輩たちは喜んでいるから困る、などといった愚痴を言っていた。
きっかけはどんな理由でもいい。そこから興味をもち、深く知ろうと勉強し、練習して一緒に上達していければいいなと俺は考えていた。
「はい!じゃあ次はいっちー!」
「えっと…1組の一ノ瀬結人です。ドラムやってます。オルタナ、ミクスチャーとか好きです。よろしくお願いします」
みんなから拍手が送られる。
先輩たちからもやっとドラムが…というような喜びの表情が見てとれる。
それから何人か紹介したあと、最後に梨木の番が回ってきた。
「梨木遥香です。1組です。ベースやってます。事変が1番好きで、いろんなジャンルを聴いて勉強中です。よろしくお願いします」
俺のときの倍はあるんじゃないかというくらいの拍手が送られる。
ショートボブで全体的に細身でバンドなんてやっていないようなその姿がやけに輝いて見える。同学年の男はもうすでに虜になりつつあるのかもしれない。拍手の大きさがそれを語っている。正直俺も少しドキッとしてしまうくらいかわいいと思ってしまった。
「はい!みんなありがとう!それじゃあこれからの活動内容を発表していきます。まずは5月の終わりにライブがあります!1バンド1曲か2曲ぐらいの持ち時間で小さなライブだよ。だから初心者の人も安心してください!1年生の歓迎的なライブだから、みんな誰とでもいいからバンド組んで出てください!」
あと1ヶ月ちょっとで初めてのライブがある。1年生の中でどうする?何やる?などと言った声がポツポツと聞こえてくる。
「もちろん1年生だけで組んでもいいし、先輩に声かけてもいいからね!特に2年!困ってる人がいたら積極的に声をかけるように!」
小笠原先輩のリーダーシップが発揮されている。頼れるお姉さんって感じがすごく伝わってくる。
そしてミーティングが終わり、自由時間となった。
俺は部室のイスに座ってまわりを見ていたら何人かの男子がさっそく梨木に話しかけている。5月のライブに一緒にやってくれないか?という声かけのようだ。1人声かけてはガックリした感じで去っていき、また1人声をかけては…といった流れができている。
「あいつモテモテだな」
あの整った容姿で、さらに経験者のベーシスト。そりゃ声もかけられるよな…なんて思っていたときに「いっちー」と声をかけられた。小笠原先輩だ。
「あ、小笠原先輩。お疲れさまです。どうしました?」
「うん。ちゃんと部活入ってくれてありがとうって言ってなかったからさ」
「いや、むしろ遅くなって申し訳ないです。ちょっといろいろあって、思ったより遅くなってしまいました」
「いやいや!いつでもウェルカムだから全然気にしないでいいんだよ!それでさ、いっちーにお願いあるんだけど」
「お願いですか?なんでしょう?」
「…5月のライブ一緒にやろうよ。あ、もうメンバー決まってる?」
「いや、まだ何も決まってないですけど…って俺でいいんですか?」
「うん。君とまたスタジオ入りたいって思ってたからね。じゃあ決定ね!」
「そう言ってもらえてめちゃくちゃ嬉しいです。頑張ります。他のパートはどうしますか?」
「うーん、何やるかによるよね。いっちーは何かやりたいバンドある?1年生の意見をなるべく取り入れたいから、何かあれば聞くよ?」
「こういうときこれ!っていう意見無いんですよね。とりあえず何やるにしてもベースとボーカルは必要ですよね。あとは場合によってはキーボードも?」
「そうだねー。じゃあそろそろあそこで困ってる人に声をかけてあげますか!おーい!遥香ー!」
気づけば梨木は男で囲まれていた。勧誘目的の1年と…あれ?2年生も囲んでる?先輩たち何やってるんですか…。
小笠原先輩の呼びかけで逃げるようにその場をあとにした梨木がこちらに向かってきた。
「美優先輩、助けてくれるの遅いです」
「あはは!だって困ってる遥香見てるの面白くってさ〜!というわけでベースは遥香で決定ね!」
「え?梨木たくさん断ってなかった?俺らとやるのはいいの?」
そう言った瞬間に俺の頭に手のひらが飛んできた。
「小笠原チョーーップ!」
「いて!先輩いきなりなんですか!」
「き!み!は!なんで遥香が断ってたかわからないのかな?君と一緒にやりたいから断ってたんだよ〜?」
「ち、ちがいます!!そんなわけないです!美優先輩と一緒にやりたかったからです!」
「ふ〜ん。じゃあついでにいっちーいるけど我慢してもらおっか。というわけで何の曲やるかは考えておこうね!グループLINE作るからいっちーLINE教えて」
「私に拒否権は無いんですか」
「ん?嫌なら断ってもいいけど〜?どうする〜?私と組みたいんじゃないのかな〜?」
「が…頑張ります」
「素直でよろしい」
あのですね、なんか意味深な会話が少し聞こえてきたんですけど聞かなかったことにしていいんですよね?しますからね?
ちらっと梨木を見ると目が合った。そしてすぐ目を逸らして「トイレ行く」と言って梨木は部室から出て行った。
「小笠原先輩、梨木をいじめたらダメですよ」
「遥香かわいいからいじめたくなるんだよ〜。でも君たちを誘ったのはちゃんと理由があるよ」
「理由?なんですか?」
「それはね…うーん。内緒かな」
「なんですか、それ。本当は理由なんて無いんじゃないですか」
「また今度ちゃんと言ってあげる。さ!何やるか考えないとだー!」
そう言って小笠原先輩は腕を伸ばしながら2年生のグループの方へ向かっていった。グループが決まって帰っている1年生もいた。
気づけば17時近くなっていたので俺も今日は帰ることにしよう。明日は土曜で休みだからいろいろ案を考えようなどと思いながら部室を出るとちょうど梨木と会った。
「あ、帰るの?私も帰るからちょっと待ってて」
そう言って急いで鞄を取って梨木が部室から出てきた。
玄関まで歩いている間はなぜか無言だった。
さっきの小笠原先輩の言葉が気にかかっていたのだ。俺と一緒にバンドをやりたかったのは前にも言ってたし、深い意味は無いんだろうと考えようとするが、どうしても少しは気になってしまう。
そして玄関を出るとき、無言だった梨木が言った。
「あのさ、明日また家に行っていい?一緒に曲決めたい」
「ん?別にいいけど…じゃあ時間とかは後からLINEして」
「うん!あとでLINEするね!じゃあバイバイ!」
梨木の家は俺の家と逆方向のため一緒に帰るのは校門まで。俺は帰り道のコンビニで晩ご飯を買って帰るつもりだったので自転車を停めて中に入ろうとすると、コンビニの中にちさとがいるのが見えた。
放課後のことを思い出して気まずくなった俺はコンビニには入らず家に帰った。
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