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「美優、先帰るわ。ちょっとちさとに話すことある」
「ん!おっけー!あ、私からも言いたいことあるんだけど多分結人と同じことだと思うから任せる!」
「ああ、任せてくれ。それじゃあまた後でLINEする」
学校を出てちさとと一緒に自転車を漕いで帰り道を進んだ。
「ねえ、どこに行くの?」
「いいからとりあえず着いてこいよ」
帰り道、沈みかかっている太陽と逆方向に進んでいく。その背中を見ながら私はどこに向かうのかわくわくしながら追いかけた。
『この時間がずっと続けばいいのに』
叶わないその願いは心の中から出ることはない。だけど後ろから見るくらいは許してほしい。みんなの邪魔はしないから。みんなに認めてもらえるよう頑張るから。だからこの後ろ姿はそのご褒美だよね?
「着いた」
「ここって…」
そこは家から10分程で着く河川敷だった。かなり広いつくりになっており、公園やサッカーコートやテニスコートなども用意されている。運動をしている大人や友達同士で遊んでいる子供たち。段差に座りながらしゃべるカップルなどいろんな人がいる。
「ここならちさとの練習場所にピッタリなんじゃないかって思ってさ。スタジオ入れないときは練習したらいいよ」
「結人…ありがとう。でもどうして練習場所に悩んでたのどうして気づいたの?」
「ああ…それは美優が言い出したんだ。ちさとはきっと1人で練習するためにスタジオ入るのを遠慮するって。だからどこかいい練習場所無いかなって。それで前に出かけたときにここでトランペット吹いてる人いてさ、思い出して連れてきた」
「そっか…やっぱり美優先輩はすごいなー。なんでもお見通しってことだね。でも嬉しい。確かにここなら吹いてるとすごく気持ち良さそうだし、たくさん練習できそう!」
「それならよかった。じゃあせっかくだしさ、何か吹いてよ」
「え!さすがにそれはちょっと恥ずかしいんだけど…」
恥ずかしがるちさとを構うことなくその場に座り、拍手をした。諦めたようにサックスを取り出しふぅと一息ついてマウスピースを口元にあてた。
そして小さな演奏会が始まった。観客は1人だけ。聞いたことあるような曲だけど曲名はわからない。だけどその姿は昔見たちさとだった。
あの頃、みんなが女神と讃えていた彼女が目の前でサックスを吹いている。観客の俺のために吹いている。いや、焚き付けたのは俺だけど本気のちさとのサックスをこんな間近で見るのは初めてのことで昂る気持ちが抑えられなくなる。改めて俺はじっと彼女を見ながら小さく呟いた。
「サックスの女神だな」
気づけば沈みかかっていた太陽も完全に沈み、代わりに丸いお月さまがステージに立つ1人の女の子を照らしていた。演奏が終わると俺はただその場に立ち上がり大きな拍手を送った。
「どうだった…?」
「できることならアンコールをお願いしたいところ」
「へへーん!でも全然ダメ。やっぱりもっと練習しないとだね!」
「そうなのか?俺にはちゃんとサックスの女神に見えたけど?」
「もう!またそんなこと言って!…でも本当にありがとう。なんかスッキリした!」
「それなら良かった。さて暗くなってきたしそろそろ帰るか。女神様、家まで送りますよ」
「女神って言うな!」
心地良いサックスの音色が流れていたその場所には代わって笑い声が響いていた。ステージを照らしていた照明は、いまは2人を見守るように浮かんでいる。
何度もしているこのやり取りが2人にはとても懐かしく感じた。いろいろあったけどやっと春頃に戻った気持ちになっていた。
家に帰り、今日のやり取りを美優に電話で報告した。美優は心配していたことが当たっていたことに対しての不安があったようだが、それでも解決に向かって進んでいることに安堵していた。
「私たちも負けないように練習しないとね。今日はお疲れさま」
「美優のおかげだよ。ありがとう。おやすみ」
こうして1つずつ問題を解決していく美優の頼もしさにもたれながら、その日は深い眠りについた。
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