きぬずれ
あれから数日経った
4月も終わりに近づいており、あと1週間ほどでGWも始まるため、クラスでは友達同士で遊ぶ約束をする話や、家族で旅行に行く話などいろいろ耳に入ってくる。
俺も安達や山崎に「どこか遊びに行かないか?」などと声をかけられたが、予定があったので残念ながら今回は断った。GWは父親が単身赴任から戻ってくるのだ。久しぶりの家族の再会なので、予定は空けておこうと考えている。
そして、俺自身変わったことがある。不慣れな毎日の生活にも少しずつ慣れてきたのだ。
相変わらずご飯はコンビニやスーパーの弁当や惣菜に頼りっぱなしだが、洗濯や掃除などは最初に比べるとかなりスムーズにできるようになった。もう大丈夫。
俺は今日、部活にも正式に入部する。
待っててくれる人もいるから
前に梨木が家に来た日から、新入部員が増えたことなどをLINEで聞いていた。初心者だけどドラム希望の人もいるらしく、「負担が減ってよかったね」などと言われた。
確かに負担は減るが、自分が練習する時間も少し減るため、スタジオに入れないときはマスターのとこにも行かないとなどと考えていた。
そして放課後を迎えた
「梨木、今日部活行く?」
梨木はいつものグループで話していた。そこにいきなり俺が話しかけたのもあって、その場にいた人は皆固まってしまった。
しまった…教室内で俺から話しかけるのは初めてだったか…などと考えていたら
「うん、一緒に行く?」
「おう。全然ゆっくりでいいから行くとき教えて」
「わかった」
ただの部活仲間ですよ。何にもやましいことはありませんよ。心の中で必死に訴えながらその場から去ろうとしたときだった。
「やっと部活入るんだ」とちさとが言った。
「うん。時間かかったけど今日から始めるわ」
そう答えたとき、ちさとはふぅ…と少し息を吐いた。
「ずいぶん遅いんじゃない?やる気あるの?」
ちさとは俺のことを少し睨みながら強く言った。
俺はなぜちさとがそんなことを言ったのか意味がわからなかった。
「いや、俺もいろいろ忙しくて…まぁ確かに少し遅くなったけどやる気はちゃんとあるから」
「あっそ。じゃあいいけど」
そう言ってちさとは鞄を取り教室を出て音楽室に向かった。そしてその場に残された俺と梨木は気まずそうに下を向いて黙っていた。
その場に一緒にいた星峰さんが「わ、私もバスケ行こーっと」と言うと、横田さんも「私も帰ろー。遥香、まどか、また明日ね!」
「うん。バイバイ」
そして2人揃って教室から出て行った。
「私たちも行こっか。一ノ瀬、気にしないでいいと思うよ。ちさとは事情とか知らないんでしょ?」
「そうだね。でもちさとが言ってることも正しいよ。ほとんどの人はもう部活入って頑張ってるし、あいつは特に部活に真面目だからさ」
「優しいね…じゃ、気を取り直して行きますか!」
こうして俺たちも教室から出て行った。
心の中でモヤモヤを残したまま俺は部室に向かった。
「ねえ、さっきのちさと何か変じゃなかった?」
「わかる!なんか熱くなってたっていうかイライラ?してる感じしたよね」
「ていうか一ノ瀬くんって遥香と同じ部活なんだね。バンドって感じしないのに驚いた」
「それなー。でも意外とバンドやってる姿かっこいいかもよ?身なりは悪くないんだし」
「いやーさすがにね。かっこよかったとしてもちさといるじゃん」
「さっきのってさ、一ノ瀬くんが遥香に話しかけててヤキモチ妬いたとか?…さすがにそれは無いか」
「見てる感じ別に特別に仲良しってわけじゃないしね。同じ中学だっただけでしょ?」
「そうねー。あとでグループLINEで大丈夫か聞いておこ」
「うん。そうしよう。じゃあまどかバスケ頑張ってね。バイバイ」
星峰まどかと横田結衣はいつも通りだった。星峰まどかはバスケ部に所属しており、スポーツ大好きな女の子といった感じだ。肩下くらいの真っ直ぐなストレートの髪を放課後はポニーテールにして部活に行く。その姿が男子に大人気だった。
横田結衣はちさとと同じように胸くらいまで髪が長く、少し茶色がかった色をしている。部活には所属しておらず、バイトをしていると聞いたことがある。4人グループの中では大人っぽい彼女は、先輩と間違えてもおかしくない容姿をしていた。
「緊張してる?」
部室に向かう途中の階段で梨木が俺に聞いてきた。
「前に来たときから少し経ったからね。あの日の次の日とかに来れたら全然大丈夫だったと思うけど」
「ははっ…先輩はみんな優しいし、同じ1年は初心者が多いから堂々としてればいいよ」
教室であんなことがあったばかりだから励ましてくれているのだろうか。
「それに、やっぱりさっきのちさとはダメだと思う。一ノ瀬だってブラブラしてて部活入らなかったわけじゃないし。なんか私ああいうの許せない」
「もういいって。梨木が気にすることじゃない」
「でも…」
私はちさとがなぜいきなりあんなことを言ったのかわからない。
実は前に一ノ瀬が部室に来た日、帰りにちさとに会って少し話したことを思い出した。
「今日さ、一ノ瀬が部室に来た。ドラムやってるんだね」
「うん。結人ドラム上手かったでしょ?」
「正直ビックリした!一緒に演奏したんだけど、ほんとに上手だった!私さ、ベースやってるけど初めてバンドで演奏したんだよね。ずっと1人でやっててさ、みんなでやるの夢だったんだけど、先輩も一ノ瀬もめちゃくちゃ上手くてすごい楽しかった!もう最高って感じだよ!」
「そっか…遥香の夢…叶ってよかったね!これから部活一緒だしライブやるとき見に行くから誘ってね!」
そう答えたときのちさとの表情はどこか悲しげな表情をしていた。教室で一ノ瀬と話したりしていたから、私たちは「付き合ってるとかなの?」って聞いたことあるけど、「全然そんなことない!同じ中学で知ってるだけ!」って言ってたし、ただのクラスメイトだったって聞いてる。
それなのに、なんでそんな悲しげな顔をしてるの?無理に作った笑顔で私の言葉に返事をしているの?
私はそのときその理由を聞けなかったし、見間違えか考えすぎかなって思って疑問に蓋をしたけど、やっぱり何かあるよね。でも私はそれを聞いていいのかわからない。一ノ瀬に聞くのも違うと思うし、もうどうしたらいいのかわからない。
「ほら、部室着いたぞ。エスコートしてくれるんだろ」
「もう!落ち込んでないか心配してるのに!もう知らない!」
「なんでよ!」
いろいろ考えるのはやめよう。今日は一ノ瀬がちゃんと部活に入部する日。そんな日に落ち込んでいたくない。よし、気持ちを切り替えよう。
今日はまた一緒にスタジオ入れるかな。もし予約いっぱいだったら明日はどうかな。これからいつでも一緒に演奏できる喜びが梨木を包んでいた。
ガラガラ
「お疲れさまでーす。新入部員連れて来ましたー」
「お、お疲れ様です。1年の一ノ瀬です。よろしくお願いします」
「あー!いっちー!やっと来てくれたー!」
「あ…小笠原先輩。すみません、遅くなってしまって。今日から改めてよろしくお願いします」
「君は絶対入ってくれると信じてたからね!さあさあこっちに来てゆっくりしてくれたまえ!」
そう言って小笠原先輩は俺の腕を引っ張って椅子に座らせる。
その後ろを梨木がスタスタと歩いて隣に座った。
「さて、今日は部員もたくさんいるし自己紹介していこうか!」
こうして初めての部活が始まった。
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