苦悩
改めてじっくり聴くと難しさがよくわかる。
俺は夜ご飯を食べ終えてイヤホンをつけながらスティックを回していた。もう一度、もう一度を繰り返し何度も聴いて曲の展開を覚えていた。
時間も夜遅くなってきたので、寝ようとするとスマホが鳴った。画面には美優と表示が出ている。
「もしもし」
「こんばんは。まだ起きてた?」
「うん。何かあった?」
「思ってた以上に難しくて苦戦してる」
「わかる。俺もずっとそんな感じ」
「ねー。結人さ、明後日って何か予定ある?」
「ん?特に無いよ。遊ぶ?」
「うん!最近あまり遊べて無かったから遊びたい!」
「お互いちょっとバタバタしてたもんね。どこか行きたいところある?」
「実は…singのスタジオに行って結人と合わせたい…」
「あはは!ほんと美優は真面目だな。いいよ、じゃあ俺予約しとくね」
「だって安心できるレベルにならないと不安になるんだもん!ちゃんと弾けるようになったらいっぱいデートしようね」
「ああ。俺も同じだから頑張ろうな。デートのために頑張ります」
「私も。それじゃあまた明日ね。おやすみなさい」
「おやすみ」
美優が焦っているのは珍しい。それでもいつもしっかりと仕上げてくる美優には信頼を置いている。明後日のスタジオまでにもう少しだけ練習しようと思い、またイヤホンを耳につけてスティックを握った。
次の日、学校に行き安達と喋っているとこの世の終わりみたいな表情をしながら教室に入ってくる梨木がいた。
「お、おはよう。大丈夫か?」
「一ノ瀬…おはよう…」
「あ、あんまり無理すんなよ」
「うん…」
きっと梨木のことだから寝る時間を惜しんでベースを弾いていたのだろう。もし難しい箇所とかあれば先生にアドバイスも貰える。アドバイスが無い俺や美優より1番伸び代があるのが梨木なのだ。
「みんなおはよ!って大丈夫…?顔やばいよ?」
「ちさとおはよ〜。うん、大丈夫だから心配しないで。もし授業中寝てたら起こして…」
ちさとが心配そうに梨木を見るが、その顔はとても嬉しさに満ち溢れている顔だった。吹奏楽部にいた頃はあり得なかったこと。上手くなるため、そして同じ温度感で音楽に取り組んでいることが何よりもちさとは嬉しかった。
「ありがとう」
誰にも聞こえないような小さな声でそっと呟き、梨木の後ろの席にある自分の席に腰掛けてその頼もしい背中をじっと見つめた。
「梨木、今日は部活どうする?」
「今日はパス…。帰ってちょっと寝る」
「了解。じゃあちさと、部活行くか」
「うん。でも私も今日はすぐ帰るかな」
「あいよ」
梨木を教室から見送り俺とちさとは2人で部室に向かった。
「そういえばちさとはどうやって練習するの?」
「スタジオ空いてたらいいんだけど、たぶん埋まってそうだよね。空き教室とかあれば使いたいんだけど、吹奏楽部じゃないから難しいと思うし。まぁどうにかして練習するよ」
「ライブ近くなったらほとんど埋まってるからなー。空いてる時間あったら入ったほうがいいぞ」
「うん。そうだね」
「なんだよ。何かあるなら話聞くけど?」
「ううん。何もないよ。頑張らないとなー!って!」
「それならいいけど…」
部室に着きスタジオの空き状況を確認すると、昨日みんなで話してた時間に予約が入ってた。
「げっ…美優のやつ本当にあの名前で予約入れてる…」
「あはは!私は意外と好きだけどな〜」
直近だとまだ空きに余裕があるが、ちょうど1週間後くらいから埋まりはじめていた。ライブが近くなるにつれてほとんど空きは無くなる。それはいつものことだ。
ちさとには1つだけ不安なことがあった。
個人練とかをする人もいるとは思うけど、私は1人でスタジオに入って練習してもいいのだろうか。吹奏楽部を辞めてこんな時期にいきなり入って、機材なども必要ないのにスタジオを使ってもいいのだろうか。
『アンプから音出せない』
『ドラム叩けない』
『なんで軽音部来たの?吹奏楽やってればいいじゃん』
そんなことを言われたわけではない。けれども周りを見るといつか言われる可能性があるように、心の声が聞こえてくるようだった。
みんな練習したいのは同じ気持ち。その環境にいれるのは私も嬉しい。けれどもそこにいるだけじゃ意味がない。一緒にライブに出るときだけじゃなく、常日頃からサックスの練習ができる環境にしないといけない。
この悩みを誰に打ち明けたらいいのか。先生に言ったらいいのか。それとも美優先輩に相談したらいいのか。
きっと話を聞いてくれて一緒に解決方法を考えてくれるとは思う。けれども自分のエゴではないだろうか。わがままではないだろうか。
私はどこに行っても悩んでばかりだ。そしてこういうときに限っていつも助けてくれる人が隣にいる。ほら、そうやってまた私の異変にすぐ気づく。
だからいつまで経っても諦められないんだって。
「ちさと、帰るか」
「うん」
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