パレード
「お疲れさまです」
部室のドアを開けると1年や先輩たちがざわついていた。そりゃあこんな時期に入部してくる人がいたらみんな驚くのも当然だろう。しかし辺りを見回すもちさとの姿は無かった。練習室にでも入っているのかなと思い、とりあえずざわついている原因を聞いた。
「澤田、なんでみんなこんなに騒いでるの?」
「え!だってあの水科ちゃんだよ!1年の中でもかわいいって有名な!」
「ああ…なんか4月の頃のやり取りを思い出すよ」
入学して間もない頃、1組にかわいい子が多いと学年でも話題になった。もちろんそれはちさとのグループ4人のことだ。あの頃はよく他のクラスの男たちが群がって見に来ていた。そしてまさか俺がその人たちと仲良くなるとは思ってもいなかった。
「美優先輩と梨木も一緒に練習室?」
「うん。たぶん一ノ瀬のこと待ってるかもしれないから行ってみたら?」
「すみません」と言って人混みを避けつつ練習室のドアを開けると、いろいろと設備の説明を受けているちさとがいた。
「あ!結人ー!おっそーい!」
その瞬間、背中からチクチクと刺すよう視線が俺に送られてきた。主に先輩たちからだ。とりあえずドアを閉めて群がる部員たちとさよならをした。
「お疲れ。やっとだな」
「大変長らくお待たせしました!これからよろしくお願いします!」
深々と頭を下げるちさとを見て俺は昨日の言葉を思い出した。
『絶対に学祭に出る』
「美優、梨木。絶対学祭出ような」
「もっちろん!頑張ろうね!」
「たくさん練習しないと」
こうして改めて俺たちの決意は固まった。学祭受けがいいようなバンドではないことはわかってるけど、それでも俺は絶対に受かりたい。
そうすることによって、ちさとの居場所がここにあるということをみんなに…そしてちさとに示すことができると思ったから。
「はーい!皆さん聞いてくださーい!」
練習室から出るとゆづ先生がみんなの前に立っていた。
「今日はほとんどの部員もいるのでちょうどいいわね。水科さん、改めて自己紹介をお願いしてもいいかしら?」
先生に呼ばれてちさとが前に出ていった。
「えっと…初めまして。1年1組の水科ちさとです。吹奏楽にいたんですけど、いろいろあって今日からこちらに入ることになりました」
「ひゅー!かわいいー!」
美優が大きな声で盛り上げるとみんなから笑いが起きる。こういうところは本当にしっかりした副部長だ。
「サックスしかできないので、いつも皆さんとライブに出たりするのは難しいと思うけど、邪魔にならないようにしますので、仲良くしてください。あ、昔ピアノ習ってたのでひょっとしたらキーボードとかなら…いや、やっぱり無理かな?」
「「あはははは!!」」
「音楽に真摯に向き合ってるみんなと、一緒にたくさん思い出を作りたいと思います!よろしくお願いします!」
パチパチパチパチパチパチ!!!
ちさとらしい挨拶だった。音楽に真摯に向き合う…か。確かに軽音学部だとちさとがライブに出たりすることは難しいことが多いだろう。でもそれはちさと自身も理解している。練習するにしてもスタジオに入れないと基本的に音は出してはいけない。
はっきり言ってサックスを吹ける時間というものは吹奏楽部にいた頃より少なくなるだろう。それでもこっちを選んでくれたことが俺はとても嬉しかった。
だからこそ、俺もしっかりと音楽と向き合っていこうと思った。
「はい!では自己紹介も終わったので皆さん学祭に向けて頑張ってくださいね!」
「「はい!」」
そしてミーティングも終わり、俺たちは4人で近くのファミレスに行った。
「さて、それではさっそく第一回『チーム美優と愉快な後輩たち』の会議を始めたいと思います」
「美優先輩、なんですかそれ」
「美優先輩って本当に面白いですよね!」
「ちょっとふざけただけなのに!遥香も水科ちゃんも酷い!」
美優が作ってくれるこの空気感は入部したてのちさとの緊張感をほぐしていた。いろんな事情を全て知っているし、過去にはいろいろとあった間柄だが美優は何も気にしてないといった態度だった。
こういうところが大人なんだろうな、と張り切る美優のことを俺は温かい目で見ていた。
「じゃあそろそろ本題に入るか」
「そうだね。じゃあさっそくだけど、コピーする曲は前に話したあの2曲でいいかな?違う曲がやりたいとかあったら遠慮しないで言ってね」
俺も梨木もちさとも前に話した曲で大丈夫と言った。
「よし。じゃあ選考会まで残り3週間ぐらいしかないから、さっそくスタジオ入ろうと思うんだけど1週間後くらいでいいかな?」
「俺は大丈夫」
「私も頑張ります」
「た、たぶん…大丈夫」
自信無さそうに答えたのは梨木だった。今までにやったことのないジャンルをいきなり演奏するのだから、当たり前だ。
「遥香、不安なのはわかるよ。私だって初めてのジャンルだからね。それに水科ちゃんと合わせられるのかも正直心配」
誰も経験したことのないインストバンド。しかもジャズ寄りのため、難易度は今までの比じゃないだろう。俺だって不安な気持ちは少しくらいはある。
「まだいきなり本番ってわけじゃないんだ。少しずつ合わせていくしかないさ。それに、このメンバーで練習できるなんて楽しいのが決まってる」
「遥香。私も足引っ張らないように頑張るから一緒に頑張ろう!」
ちさとが不安そうにしている梨木に声をかけた。
「もう!頑張るよ!それにちさと!私のほうが先輩なんだからね!」
「同じ1年なのに!」
梨木は恐らくまた5月のライブのようになることが怖いのだろう。夏のライブのときはかなり上達していたが、それでも今回は難しいことがわかっているからこその不安なのだ。理解している、ということはそれもまた上達した証なのだろう。
「さて水科ちゃん。水科ちゃんのサックスの実力を詳しく知らないんだけど、本当に大丈夫そう?吹奏楽にいてブランクできたんじゃない?」
「1人で吹いていたことがほとんどだったので大丈夫です。みんなが思っている以上にサックスには触れてました」
「そっか。それなら心配しないよ!それじゃあ明日スタジオは予約しておくから、各自個人練習頑張ろうね!」
「「おー!!」」
次の日、『美優先輩と愉快な仲間たち(仮)』と書かれたエントリーシートを提出して、俺たちの学祭に向けての本格的な練習が始まった。
そしてそれはまた、決して忘れることができない曲の1つになるであろうと感じていた。
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