fight song
「せんぱ〜い。何の話してるんですか〜?私も混ぜてくださいよ〜」
怠そうな話し方をしているが、その目つきは冷徹に、そして真っ直ぐ吹奏楽部の先輩たちを見ている。
「は?誰あんた。今お取り込み中だからどっか行って」
「うわっ…ゴミの臭いする…ちさと、こんなとこにいたら臭くなっちゃうよ?早く帰ろ?」
「誰のこと言ってんの?」
「聞こえませんでしたか?耳までおかしくなっちゃってるのかな?」
「いい加減にしなよ。調子乗りすぎ」
「結衣、大丈夫だからその辺にして…」
「は?その辺ってなに?ちさとがそれで良かったとしても私は許せないから」
横田は先輩たちを睨みながら言った。俺だって許せないし、美優も梨木も同じ気持ちだ。もし横田ですらどうすることもできなくなりそうなら、俺たちが出て行くしかない。そう思いながらただ黙ってやり取りを見ていた。
「そもそもちさと、何でこんな奴らと部活やってんの?らしくないじゃん」
「それは…」
「は?こっちのセリフなんだけど。まともに練習もしない奴と一緒に部活なんてできないんですけど」
「だから臭いから喋るなって」
その瞬間、今まで我慢していた先輩がキレた。
「いい加減にしろよ!」
パン!!
横田に向かって鞄が投げられた。それでも微動だにしない横田は続けた。
「夏休み入るちょっと前くらいからかな。放課後、部活に行く時間になるたびに辛そうな顔してた。そして昨日もそれは変わらなかった。ちさとって意外と顔に出るタイプだからすぐにわかるよ」
俺たちが気づく前から横田は気づいていたのだ。やはり周りの異変には誰よりも早く気づく横田は、ちさとの異変に気づかないわけがなかった。
「それがこんな幼稚ないじめだったなんてね。さすがに高校生にもなってこんなバカなことやる人いることに驚きだけど…あ、バカだ」
横田は先輩たちを指さして笑いながら言った。そして、今度は別の先輩が我慢できず、また横田に持っていた鞄を投げた。そしてそれは横田の顔に勢いよく当たり、横田の頬が赤く染まった。
「痛った…」
鞄を投げた先輩がやり過ぎたかも…と思った瞬間だった。思いっきり頬を叩く音が周囲に響いて、その先輩はよろめいた。
「痛い…!」
気づけばちさとが思いっきりビンタをしていた。そして、憑き物が取れたかのようにちさとは叫んだ。
「私の友達に何してんだよ!!」
先輩たちはビクッと体を震わせて、普段見たことのないように怒りを露わにするちさとに対して恐怖を感じた。
「私だけならいいよ。我慢して自分がサックス吹ける場所さえあればいいって思ってたから。でももう許せない。もうどうでもいい。なんでお前らのために我慢してなきゃいけないの。広告塔?は?なるわけねーだろ!」
「ぼ、暴力ふるった!先生に言って処分してもらうからね!」
先輩たちはまるで小学生のケンカを見ているようだ。自分たちの立場が悪くなりそうになるとそうやって大人にすがりつく。高校生にもなってなんて情けないのだろうと思いながら、その姿を見ている。
「あー顔が痛いなー。どっちが先に暴力を振るったのかなー。そんなのもわからないのかなー」
「は?私たちが暴力を振るった証拠なんて無いんだから勝手に言ってな。水科、あんたのことは絶対に許さないから」
「あはははは!」
横田が声を高らかに笑った。
「は?何笑ってんのあんた」
「いや、ごめんなさい。本当に先輩たちっておバカさんなんだなって思って。なんか1周してかわいく思えてきました」
「は?どういう意味…」
「これなーんだ?」
そう言って横田はスマホを取り出し、先程までの先輩とちさとの会話、というより一方的ないじめの会話を再生した。
「お前…!今すぐ消せよ!」
先輩たちは慌てて横田に向かったが、横田はすぐさまスマホを前に向けた。
「はーい、録画してまーす。何かあったら証拠として提出するけどさらに罪を重ねるんですか〜?」
勝負ありだ。ちょっとズルい気もするが横田の戦い方は何も間違ってなかった。そして騒ぎを聞きつけた他の生徒がやり取りを見てざわつき始めた。
「やばいかも…ねえ、ちょっと逃げよ!」
そう言って先輩たちは揃って玄関から逃げて行った。逃げたところで証拠は残っているのだから、どうしようもないのに…と去って行く姿を見ながら思った。
「結衣…ごめんね。痛かったよね」
「ちさとの痛みに比べたら何も痛くないよ」
「みんな心配してくれてたんだけどさ、私の問題だから巻き込まないようにしようって思っててさ…でも結局はやっぱりみんなに助けられて…私ダメダメだよね…」
ちさとは泣きながら結衣に訴えた。自分のせいで誰かが傷つくのが耐えられなかった。
「ねえちさと。ちさとは今こんなところで泣いてる場合じゃないよ。やらないといけないことがあるんじゃない?」
横田がちさとにそう言うと、ちさとは涙を拭いて強く頷き音楽室に向かって走っていった。
「あとでLINEする!ごめん!ありがとう!!」
そう言ってちさとは走っていった。もう迷わない。私がいるべき場所はあんなところではない。私の友達を傷つけるような人たちと一緒に音楽なんてやりたくない。
決心のついたちさとはただ真っ直ぐに走った。
その後ろ姿を眺める横田は、『全く、世話が焼けるんだから』といった感じで、去って行くちさとの後ろ姿をただ眺めていた。
「あ、やばい。これひょっとしたら水科ちゃん軽音学部そのまま行く流れになりそう?」
「確かに…」
「あ、ちょっと待って。ちさとの弟くんのこともあるから、今日このまま入部ってなったときのために部室に行くの美優と梨木に任せてもいい?」
「今日だけは許してあげよう。それじゃあそっちは結人に任せるから、あとでLINEするね」
「ありがとう!じゃあお願いします!」
そして梨木と美優も走って部室に向かった。諦めていた学祭にもこれでみんなで出れる。そしてちさともやっと自由になれる。俺はそれが何より嬉しくて、急いで帰ろうと思った。
「こんな感じで大丈夫でしたか?」
横田の声が聞こえた。俺はまだ何かあるのか?と思い、コッソリともう少しだけその一部始終を見ることにした。
「大丈夫だった?ほんと横田さんには助かります。ありがとう」
「友達助けただけなんで全然いいですよ。でも驚きました、いきなりゆづ先生から相談があるって言われてこんなことが起きてて」
「水科さんのことが見てられなかったのよ。あの子はあんなところにいるべき生徒じゃない。もっと輝ける場所があるのに才能を無駄にするのは勿体ないわ」
「それが軽音学部ってことなんですか?」
「それはどうだろう。これからどう音楽と接していくかは水科さん次第にもなっていくだろうけど、私はその可能性を潰すような場所に自らいることが耐えられなかった…だけよ」
「先生、今度昼ごはん奢ってくださいね」
「からあげ弁当何個がいい?」
「う…それは1つもいらないかも…」
「ふふふ…さーて、そこに隠れてる君もそろそろ出てきたらどうかな?」
バレバレだった。このままバレないことを祈っていたが、さすがに先生は全てお見通しってことだ。
「ど、どうも…」
「一ノ瀬…見てたなら早く助けなよ」
「いや…横田姉さんがいれば安心かなって…」
「水科さんのこと、ちゃんと見ててあげてね」
先生が俺に言った。俺は偽りのない真っ直ぐな返事で「はい」と言った。
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