grow up
怖かった
私はあの楽しかった時間をこれからも過ごせるのかわからず怖かった。
小笠原先輩と一緒に演奏できたことは嬉しかった。入部して数日しか経たないが、いい先輩だなとずっと思っていた。
でも先輩がいなくなることはない。これからも機会があれば一緒に演奏もできる。だけど一ノ瀬は違う。最初に部室で会ったときの反応を見たら入部しないんじゃないかと不安になってしまう。
ねえ、一ノ瀬…気づいてた?
昨日スタジオで演奏していたとき、私が何度も一ノ瀬のことを見ていたことを。楽しそうにドラムを叩くその姿を目に焼き付けていたことを。あなたと刻むビートがいつまでも身体の中に残っていて眠れなかった夜を。
だから…あの瞬間のことは忘れないよ。
私の夢を叶えてくれてありがとう。
俺の家は3LDKの5階建てのマンションの3階だ。
とりあえず家に入ったら居間でくつろいでもらおうなどと思っていた。
「着いたぞ」
「意外と近いんだね。すぐ着いた」
「何もないけど…とりあえず上がって」
「お、おじゃまします…」
「誰もいないからその辺でくつろいでて。いまお菓子とか持ってくるから」
「えっ…だ、誰もいないの?親は共働き?」
「いや、俺さ母親いないんだよね。父親と2人暮らしなんだけど、4月から単身赴任でしばらくいないんだ」
「…ごめん」
「いやいや、謝ることとか何もないから。むしろ気を使わせて悪い」
そう言われて見ると家の中は生活感がほとんどない。決して狭いわけではないマンションだが、かなりスッキリしている。
「じゃあ家のことって…」
「そう。家事全般やったりしないといけないからさ。中々慣れなくて落ち着かないんだよね。だから生活に慣れてから入部しようかなって思ってるんだ」
「そっ…か…。よし!とりあえずお菓子食べよ!お菓子!」
聞きたいことはいろいろあった。でも私はグッと抑えて聞くのを躊躇った。一ノ瀬の家の問題だし、私たちは高校生になったばかりの子供だ。
ただ、どうしても気になってしまったことがある。
家のことに慣れないといけないってことは最近いなくなったってことじゃないの?
こないだまで私たち受験で忙しかったはずなのに大丈夫だったの?
そんなことは聞けるはずもなく、私はコンビニで買ってきた飲み物とお菓子を広げた。
それからお菓子を食べながら少しの無言があった。気まずそうにしてる梨木がいる。この空気が耐えきれなくなった俺は言った。
「梨木って意外と優しいんだな」
「は?なんで…ていうか意外とってなに!」
「ははっ…だってこういうときさ、いろいろ聞いてくるだろ。なんで?どうして?大丈夫?とか。そういうこと聞いてこないのって優しいからなんだなって」
「なにそれ。一ノ瀬に興味ないから聞いてないだけだし」
「はいはい。それで?何で今日はいきなり俺ん家に来ようと思ったの?」
ずっと気になっていることを俺は聞いた。別に昔からの友達ってわけでもないし、学校始まってまだ1週間くらいしか経っていない。クラスでも特に仲良くおしゃべりするってわけでもないのになぜ?がずっと気になっていた。
「…から」
「え?」
「気になったから!一ノ瀬がちゃんと部活入るか気になったから!」
「お、おう…」
焦った。気になったという言葉に変な誤解をするところだった。
「だって今日だってさ、部活行かないって言うし、行けても来週とか言うし、本当に部活入ってくれるのかなって、また一緒にスタジオ入ってくれるのかなって心配だったから!入る気無いなら説得しようって思ってきたの!」
俺はその言葉を聞いてホッとした。特別な感情があるとか言われたらどうしようと思ったのだ。そんなことが当たり前にある訳もなく、杞憂だったことに安心した。…少しだけ残念な気持ちもあったがここでは伏せておこう。
「そっか。ありがとな。正直昨日はさ、部活のこといろいろ聞いて悩んだ。ドラムってさ、やっぱ人口少ないから忙しくなりがちだし。家がこんなだから、あまりにも忙しくなるんだったら部活続けていくのは難しいかなって」
「うん…」
「でもそれで自分のやりたいことを辞めるのは違うなって…教えてもらったから、ちゃんと入部するよ。少し先になるけど待ってて」
「うん。わかった。待ってるから早く来てね」
小さく返事をした梨木の顔は少し頬を赤らめていた。そして演奏していたときと同じキラキラした顔をしていた。また一緒に演奏ができる。あのドラムを聴ける。その喜びに満ち溢れていた。
それから2人は好きなバンドの話や音楽の話、いつから楽器をやってるかなどいろいろ話した。家にあるライブDVDを流したり好きな曲を流したりと楽しい時間を共有した。
そしてあっという間に日も暮れていたことに気づき、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?などと声をかけた。
「あ、本当だもうこんな時間。お腹空いたし、怒られるから帰らないと」
「途中まで送るよ」
「いや、ご飯の準備とかあるしょ?無理しなくていいよ」
「帰りにコンビニでご飯買うからそのついでな」
「女の子を家に送るのをメインにしろ!ご飯買うのをついでにしろ!」
「まさかコンビニ弁当ばかり食べてるとかないよね?」
などと親みたいなことを聞いてきた。
「いや、スーパーの弁当も食べるし」と答えると「同じだから!」などと答えたりして、2人は笑いながらそんな会話を繰り返す。
帰り道、信号待ちをしているときだった。
「ねえ、一ノ瀬。また…遊びに来てもいい?」
「ああ。いつでも来ていいぞ。今度来るときはベース持ってきてくれ」
「わかった!あ、あとスマホ貸して」
「ん?はい」
「ぽちぽちっと…はい、これ私のLINEね。入れといたからよろしく。今度は急に行くって言わないようにしておく」
「そうしてくれたら助かる」
そうして2人は途中で分かれ、梨木は家に帰っていった。
家に着き、「送ってくれてありがとう」と一言LINEをした。そしてキッチンに向かい、母に向かって話した。
「お母さーん、今日から私も料理手伝うから教えてー」と言うと、お母さんは「いったい何があった」などと驚いていた。
別に深い意味はないし。
だってコンビニ弁当ばかりはダメだろって思っただけだから。
今度遊びに行ったときは健康的なものでも食べてほしいって思っただけだから。
ご覧いただきありがとうございました。
もしこれから先も読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークや評価などして頂けるととても嬉しい限りです。
読者の皆様からの応援が執筆活動の励みとなります。
是非ともよろしくお願いいたします。